転生者と美醜逆転世界(前)






突拍子もないことを告白するが、私こと大野瑞稀おおのみずきは転生者である。
転生というと最近流行りのアニメや漫画、ラノベでよく知られた言葉だ。サブカルチャーにより生まれた言葉だと思われがちだが、仏教には輪廻転生という教えがあるし日本なら平安時代まで遡れば菅原孝標女の「浜松中納言物語」なんかもその系統であろう。物語の中ならやるべき使命があったり決められた運命に抗ったり、時には人間じゃなかったり。そんな感じのSFを想像していたのだが、自分がなってしまうと拍子抜けだ。なんせ生まれ変わったのは平成で、しかも私が生まれた平成よりももっと前の年号である。時間は違うがバリバリ日本だ。それなら特殊能力でも持って生まれたか?と思っていたがそんなわけはなく。前世通り普通のスペックのままで産まれてきた。ま、現実なんてのはこんなもんだろう。むしろ世界基準で見たらそれなりに平和な国に五体満足で生まれてこれた事を感謝すべきだと思う。前世の記憶もセットなのでその思いはひとしおだ。平凡万歳!
心残りがあるとするなら、それは前世で置いてきてしまった家族のことだけだ。「これからちゃんと親孝行しなきゃなぁ」と思っていた時にトラックで跳ねられて死んだので、親孝行も何もなくなってしまった。それどころかとんでもない親不孝者である。呆れられてはいたけれどちゃんと愛してくれていたから、きっと泣いているだろう。こんな厄介者をちゃんと育ててくれた両親に、「私は元気です」と一筆かけるものなら書きたい。迷惑はたくさんかけてきたけれど、大事な家族だったのだから。
・・・・・・なんだかしんみりしてしまった。私らしくもない。過去の回想はこのくらいにしよう。
ところで、そろそろ転生先のこの世界の話をしたいと思う。この世界は、ある一点を除けばただの日本だ。そう、ある一点を除けば。
どうやら、前世で美形と持て囃されていた男性が今世の不細工で、前世で不細工と言われていた男性が今世の美形なようなのだ。今世の人々にとってはこれは普通のことなのだが、前世を持つ私にとっては男の美醜感覚の逆転ということである。これには流石に目を剥いた。顔の良し悪しなんてそれぞれの好みなのでそこまで気にしたことはなかったが、この世界は違う。みんな一様にして低身長で肥満気味で脂ぎった肌をした衛生的に汚い(と私が思う)人々を熱狂的に祭り上げているのだ。例えば芸能人や俳優にモデル、「この世の最も美しい顔ランキング」みたいなのに載る人々なんかはとんでもなく衛生的に汚くて、逆にホームレスや浮浪者、虐められたり差別される人々なんかはとんでもなく美しかったり可愛かったりかっこよかったり。この差が逆転することはない。表の華やかな部分に前世の醜いとされる人々が、裏の闇が溢れる部分に前世の美しいとされる人々がいる。つまり、前世であまりよろしくないとされていた人々が今世ではとことんちやほやされ、前世でこれが理想とされていた人々が今世ではとことん蔑まれる。まるで昔西洋で行われたという魔女狩りのように。
なんだかなぁと思ってしまう。だって、顔や体型の良し悪しでやれることが決まってくるなんてそんなのおかしいと思う。いつかは終わる人生なのに、やりたいことができないなんてそんなの世界の損失だ。差別されている人々がまだ見ぬ才能の原石かもしれない。そういうふうに考えたりはしないんだろうか。しないからこうなんだろうなぁ。と、そんなふうに思うからか、前世で親の付き合いで見ていたけれどそれなりに好きだった本や漫画、アニメを見る気も失せてしまい。ドラマや映画、テレビなんかも生活から遠ざかっていって。そうなってくるとやることがなくなったのでこれはかなり恨んでいる。神様このやろー、余計な事しやがってとは思うが、そもそも前世の記憶なんてもってる私がこの世界にとってはイレギュラーなのだ。いちいち目くじら立てていればキリがない。そう言い聞かせて考えないようにしている。
そんなふうに自分の感情に折り合いをつけた頃、私はまた前世とのギャップにスペキャ顔をすることになる。なんと今世、私はアンダーグラウンドな家に生まれた。ただのアンダーグラウンドではない。泣く子も黙る東日本の怪物・極道の蛟龍組の組長である父が囲い込んだ愛妾の母の命と引き換えに生まれた実子だ。
いやなんで?と思った。こういうのって普通の家柄に生まれるもんじゃないのかと首を捻ったのをよく覚えている。しかも正妻との子供じゃなく愛妾って・・・・・・。女を何人囲っても許されるヤクザって怖いな、と他人事のように思った。そのつもりではなかったとはいえ、母親を殺してしまったという罪悪感から逃げるためでもあったかもしれない。
それだけならまだよかったものの、父は今は亡き母に似た容姿をした私のことを気に入っているのかよく呼び出し、そばに置いた。酒の席であろうと普段の執務の時であろうと、そして別の組との会合の時であってもとにかく暇があればにこやかに笑って手招きして、膝に乗せられていた。正妻の子供たちを差し置いてこの溺愛っぷり。最初は「囲っていた愛妾の娘だからな」と笑っていたものたちも、その溺愛が半年も続けば顔色が変わってくる。幹部たちが「これはまずいのではないか」「これではどちらが後継者なのかわからぬ」「いっそ瑞稀お嬢様に継いで頂くのは?」「馬鹿者、確かにお嬢に素質はあるが女当主など聞いたことがない」と頭を悩ませているのを聞いたことがあるくらいだ。自分も少し、これは体裁的に大丈夫かな?とは思っているけれど。
それでも周りの言葉が見えなくなるくらい父は母のことを愛していたのだろうな、とは思う。そして同じくらい、自分のことも大切にしようとしてくれている。それは充分伝わる。特別この世界の美人というわけでも不細工というわけでもない母と私を、それでも必要としたのだ。人の幸福を組の未来のために踏み躙る地獄の鬼の様な人の、唯一残った人間らしさ。それをわかっているから、周りも私もあまり強く諌められないでいる。
けれど、そんな状況に面白くないと思う者たちがいた。正妻とその子供たちだ。一応私から見ると異母兄異母姉に当たる彼らはそれはそれはイケメン(※この世界基準)と美女ってやつで、周囲から甘やかされ蝶よ花よと育てられている。正妻も西洋の血が入っている混血で、肉感的でエロティックな美女。下っ端が見惚れているのをよく見るものだ。しかし、それが通用しないのが我らが父である。父はこの世界では珍しいくらいの実力至上主義で、この世界の美人であろうが使えなければ容赦なく切り捨てるし、この世界の醜男であっても使えるならば重用する。そんな父からすれば容姿にあぐらを掻いている正妻たちが好きではないのだろう。正妻であっても血のつながった子供であっても容赦のなく睨みつける様子に、「オヤジは血が凍っているんだ」とまで言われていた。そんな父が唯一感情を見せるのが、愛妾の忘れ形見である私だった。
この家で一番の権力を持つ「鬼」と恐れられる組長の父から溺愛される愛妾の子供、しかも美人でも不細工でもなく所謂「少女漫画にでてくるモブ」程度の顔面をした私。
そりゃ正妻たちは面白くないだろう。屋敷で会うたびによく嫌味を言われたりいびられたりした。顔を真っ赤にしてキーキー騒ぐ声がうざいなとは思ったが、それを口にすればどうなるか分かりきったことだったので何も言わずに立ち去るのが日常風景。正直なんでこんな目にと思わなくもないが、これで私が男として産まれていたら暗殺でもされていたのではないか。そう思うと今の状況でもマシな方かもしれぬ。
そこまで考えて、私はようやくこの美醜逆転世界の極道に転生したことを受け入れた。
それが、齢8歳の時の話。
そして今現在、私は花の女子高生として人生を送っている。

転生者と美醜逆転世界


雨が好きだ。ただの雨じゃない。天気雨ってやつ。どこまでも広く澄み渡る青空から降り続ける命の雫が虹になる瞬間とか、さあさあと音を立てて透明な霧が纏わりつくとか。雨独特のしっとりした匂いも、実は結構好きだったりする。なんて、ちょっとカッコつけすぎだろうか。
縁側から立ち上がり、学校から帰って脱いでいないセーラー服を揺らして番傘を差す。2010年代にそれは古くないか?と友人から言われたが、手に馴染んだこれが一番使いやすい。幼い頃、瀕死の状態で父に拾われてから今の蛟龍組若頭まで登り詰めた男から貰った番傘は物持ちが良く、今でも私のお供だ。しかし、セーラー服で番傘。うぅん、自分でもちょっと時代錯誤な気はする。そうしてると女学生みたい・・・・・・と言われた時は笑ってしまったけれど。
仮にもヤクザの組長の娘である私は、基本一人で外に出ることは許されていない。ただ、広い家の中の庭を一人で歩くくらいは認められている。庭先で傘を差してぼんやり空を見上げる私が雨が好きなのを知っているので、組員たちも特別声をかけてくることはない。こういう時間が好きだった。一人でいるというのが前世よりも格段に減った今世の生活の中で、何も考えず番傘をクルクル回しながら庭先の花を眺めるのは気持ちが安らぐ。
そんなことを思いつつも、今日は静かだなと頭を回す。極道であるうちの家が落ち着いていることなどあまりないのだが、今日はしんとしている気がした。柔らかな花びらに露が宿って滑り落ちるのを眺めながら、まあ仕方ないかと思った。
何せ今日は、うちの姉君のお見合いだ。
四つ上の姉は、それはそれは美女だった。西洋人のハーフである正妻の血が入っているから当たり前といえば当たり前なのだが、姉は本当に美しかった。だがしかし、この容姿至上主義の世界で傾国の美女と言わんばかりの少女が金があって権力もある家に生まれたらどうなるか。甘やかされ、傅かれ、何をしても褒めちぎらられる生活を送ってきたら、人は誰しもつけあがるものだ。結果姉は、見事に癇癪持ちのヒステリック我儘娘に育った。しかも面食い。不細工()をみれば泣き叫んで喚き散らし、イケメン()をみればすぐに猫撫で声で手を出す。家の中でなら百歩譲ってマシなものだが、外ですらそれなのだから我が異母姉ながらドン引きである。
そんな異母姉がお見合いすることになったのは、なんということはない。蛟龍組に同盟を持ちかけてきた組織があったのだ。
梵天。
何年くらいか前、急速に力を伸ばしてきた犯罪組織だ。今ではこの日本で起こる犯罪の何かしらに、この梵天が関わっていると言われている。「何かしら対処をしないといけない」と父が冷たく笑っていたのをよく覚えていた。新興犯罪組織と古くからある極道はあまり相性が良くなかったらしい。それがどうして同盟を組むことになったのかといえば、向こう側から持ちかけてきた話なのだとか。下手に断れば角が立つ。それに相性とこれから得られる利益を天秤にかけて利益を取った結果だと父は言っていた。こういう利益主義なところがこの人を組長に押し上げたのだろうな。まあ、そこまでは良かった。
しかしそうは問屋が卸さない。
父に代わり余計なことをしてくれたのがうちの古参の幹部である。裏切らないと約束させるために、裏を返せば梵天を掌握する鍵にするために、その足がかりとして異母姉とお見合いをさせることをちゃっかり梵天に伝えていたのである。梵天の方には「一度会ってみませんか?」というニュアンスで送ったらしいが、同盟を強固に結ぶことができる結婚はお互いに損はないし、おそらく確定だろう。いや馬鹿なの?と思った。平安時代の外戚関係じゃあるまいに。父も若頭も言っていたが、梵天にはおそらく相当のやり手がいる。そうでなければこんな急成長はできないだろう。その相手がいる組織にそんなことを言い出せば、不味いことくらいわかっているだろうに。
だがもう梵天側に伝わってしまったものは仕方ない。結果、異母姉を梵天の幹部クラスとお見合いをさせることになった。しかし、それが問題なのである。
どんなに甘やかされていてもヤクザの娘。いつかは嫁がなければならないことはわかっていたのだろう。異母姉は割とすんなりお見合いに頷いた。送られてきた幹部クラスの写真を見るまでは。
聞いた話では梵天の幹部クラス、殆どが姉の嫌う不細工()。それもこの世で類を見ない様な醜悪な顔()で気持ちの悪い体格()らしい。それ知ってる、私からするとめちゃくちゃイケメンな奴じゃんと思ったが、面倒なことになりそうなので言わなかった。
閑話休題、それを見た姉は凄かった。
父の執務室に殴り込み泣き叫んで駄々をこね、手当たり次第に物を壊すわ書類を破るわ。うちの組員が取り押さえてもぎゃんぎゃん喚いていうことを聞かなかった。
結局、正妻が「結婚しても愛人を作ればいいから」というニュアンスの慰め方をしたらしい。正妻の説得により少し落ち着いた様に見えた異母姉は、それでも写真を見ると吐きそうになっていたし、幹部たちもまさかここまでの不細工()だとは思っていなかったのかとても同情的だった。
今日は、姉にとって最悪なお見合いの日である。梵天の要人が来るからかうちは厳戒態勢だし、姉がいつ体調不良を起こしてもいい様に使用人は総出で対応に当たっている。そりゃ、張り詰めて静かなわけだな。
にしても、今日は雨が止まない。通り雨ではないのだろうか。本降りになるのかと空を見上げるが、吸い込まれそうなほどの青だけがそこにある。清々しいほどの快晴だった。もう少し、散歩するかなと歩き出す。

ガサ、と音が聞こえた。

なんだと思って足を止める。今日はお見合いに厳戒態勢を敷いているから、こちらには誰も来ないはずなのだけれど。もしかして、何かあったんだろうか。それとも外回りに行っている若頭が帰ってきた?それなら、おかえりって言わないとな。そう、セーラー服のスカートを揺らしてゆっくり振り返る。
呆然とした質の良さそうなスーツを身に纏う青年が立っていた。わぁ、イケメンだ。もちろん、私の認識での話だけど。ウルフヘアにマッシュが混ざった様な髪は絹糸のように艶やかでサラサラしている。髪色は、ブルーブラックから薄いパープルに変わりそしてブルーブラックに戻る鮮やかなグラデーション。垂れがちの瞳なのに高貴なアメジストのような煌めきのある紫と吊り上がった眉が意志の強そうな印象を抱かせる。喉元に花札の刺青があるから恐らくアンダーグラウンド側。というかあの時計、めっちゃ高いけど評判いいとこのやつじゃん。いい男はつけてるものから違うんだなぁとぼんやり思う。こんなイケメン見たことないなと疑問に思いつつも、傘もささずに呆然と立っている男の人にそっと番傘を差し出した。
「おにーさん、濡れちゃうよ」