転生者と美醜逆転世界(後)






その姿を見た時、運命だって思ったんだ。

灰谷竜胆という男はとてつもなく醜かった。それは自分の兄であれ、同僚であれ変わらない。醜い奴の周りには醜い奴が集まるんじゃねぇの、と揶揄ってきた奴がいたことをよく覚えている。無論そんな奴は銃で撃ち殺したが。
小さい頃からその容姿のせいで苦労ばかりしてきた。醜いからと遠巻きにされ、バカにされて指を指される。暴言を吐かれて暴力を振るわれるのはいつものこと。そんなふうな幼少期を過ごせば、まともな人格が出来上がるはずがない。苦労することに疲れて、兄と共に暴力を使って片っ端から叩きのめせば周りは畏怖の目でこちらを見てくる。自分たちの顔をバカにした奴らが頭を下げて道を譲るのを見るのは気分がよかった。自分達を貶すやつも馬鹿にするやつも楯突くやつも、みんな敵だった。
そんなことを繰り返して、繰り返して、繰り返して。気がつけば兄と竜胆は日本で知らぬものはいない梵天という名の新興犯罪組織の幹部にまでなった。
俺たちは醜い。だから、人並みの幸せなんて望めやしない。それを痛感したのは、梵天がある組織に持ちかけた同盟と共に持ち上がった見合い話だった。
敵の多い梵天は、対等盟約を作るために東日本最大の暴力団である極道の蛟龍組に同盟を持ちかけた。あそこの組長は食えない曲者だと聞くが、力をつけてのし上がった自分達との同盟に利益をもたらしたのだろう。スムーズに同盟は締結された。そんな時、向こう側から縁談を持ちかけられたのである。
蛟龍組の組長の長女である女と幹部との縁談。これを呑めばあの組との確固たる繋がりができる。これに飛びつかない理由はない。幹部会で話し合いがあり、結局ジャンケンで負けた竜胆が見合いを受けることになった。しかし、そこで問題が持ち上がる。

「おにーさん、濡れちゃうよ」
赤い番傘をくるくる回しながらこちらに向かってくる少女を、竜胆は半ば夢見心地で見つめた。そんな竜胆に首を傾げながらも少女は傘を傾けた。ふたつに結んだ黒髪をぶら下げる乙女は、特別美しいわけではない。しかし、どことなく幼さの残る顔立ちと戯曲の妖魔のような静かで冷艶な雰囲気が、幻のようにふたりと弾けて消えてしまいそうだった。
濡れ濡れとしてしっとりした艶のある黒髪。その薄い膜の下に血潮が流れていることを感じさせる白桃の柔肌。優しそうに垂れた目元に埋め込まれたトパーズよりも深い金糸の瞳はくりくりしていて、しかし不意に見つめられたら戻ってこれないのではないかと危惧するような不思議な蠱惑がある。それだけならば妖婦のような色香が出るはずなのに、ふにふにした薄紅の唇や瞳を隠すような銀縁の眼鏡、そして何よりほんのり甘い顔立ちが幼い愛らしさを演出していて。天気雨に赤い番傘をさして花を見つめる姿は実はこの屋敷の座敷童か何かなのではないか、珍しい天気の時だけ出てくる精霊なのではないかと思わせるような神聖さがあった。きゅっと小作りで未成熟、それでいて形のいい体を溶けるような黒のセーラーとタイツが包んでいる。その露出の隙間のない姿を暴きたいな、と思った。そんな自分に愕然とする。自分には子供に欲情するような性癖はなかったはず。けれどあったばかりであるのにも関わらず、この少女のためならば命だって捨てられる気がした。
「見ない顔だね。父さんの知り合い?」
こんなところまで迷い込んでくるなんて、珍しいこともあるんだねとくすくす笑う少女が、この世のものとは思えなかった。外見が人懐っこそうで可愛らしいのに、耳朶に入り込む声が思考を鈍らせていく。優しい声だ。こんなに驟雨のように優しくて春風のように甘い声を、竜胆は聞いたことがなかった。この子は自分の、夢の中から出てきたのではなかろうか。そんな馬鹿げた錯覚をしてしまうくらいには、少女はあまりにも【普通】だった。嫌悪も見下しもない琥珀色の瞳がきらりと光って、竜胆を射抜く。それすら夢を見ているようで、呆けたように見つめ返すことしかできなかった。ふにりとした唇が薄く開いて動く瞬間さえ音がしそうなその時間が、誰よりも幸福だと思った。
「もしかして、ほんとに迷っちゃったの?」
困ったように眉を下げる漆黒の乙女にハッとする。そうだ、自分は、この組に見合いをしにきたのだ。けれど顔を見た瞬間に気持ち悪いという雰囲気を隠さず準備があるから、と庭に案内されて、それで。頭がうまく回らない。何を言っても形になる気がしなかった。何も言わずに俯く竜胆に何を思ったか、「父さん呼んでくるね」と走り去ろうとする少女の腕を衝動的に掴む。びくりと竜胆の手が震えた。いつもならばそんな反応をするのは相手の方だというのに。どうしたというのだろう。きょとりとした顔で見つめてくる少女は誰よりも美しく感じられたが、そうではなく。何か、何か言わなければ。こんなふうに竜胆に接してくれる女なんて、もう二度と現れないかもしれない。ここで手を離せば、会えなくなる気がした。それは、嫌だった。
自分が醜いとか、この子が誰なのかとか、そんなことはどうでも良くなっていた。ただただ理由もなく、繋ぎ止めるためだけに、竜胆はとんでもない言葉を口走った。
「俺と、」
「?」
「俺と、結婚してください!」



人はそれを一目惚れという



次回予告

「うちの娘に手ェ出すなんざ100年早い。出直せや三流」

「あー、まぁ。文通からなら?してもいいですよ」

「へー、あの竜胆がねぇ」

「灰谷、それは犯罪だ!」

「犯罪組織が何言ってんだ」

       灰谷竜胆の文通

「おい瑞稀、俺は聞いてないぞ」

「あれ、イザナ。おかえり」

「え?」

「あ、竜胆さん。こちら黒川イザナ。父の右腕で、うちの若頭です」

「どーも、お手柔らかに?灰谷竜胆クン?」

       蛟龍組の若頭


ここまでで力尽きました
このあと何やかんやあってヒロインと竜胆は文通することになるし、ナチュラルに生存していた若頭に睨まれる竜胆はいる。
次回予告なんて銘打ってるけど続きません。ほんとは若頭が出てくるところまで書こうとして失敗したので続かない