逃がした魚は大きい(後)
「・・・・・・そんな感じだけど、何か質問ある?」
禪院甚爾は笑い出したい気分だった。呪術師のことを宗教やってるやばい奴と称する女なんて、この女くらいだろう。しかも、元々はその血筋であったにもかかわらず、全くの興味も知識欲もない。「宗教のことを下手に知るよりは知らない方が幸福に生きていけるよ」とお茶を啜る女・・・・・・伏黒花鹿は確実に元いた家をカルト宗教家か何かだと思っていそうだが、それは間違いだ。
天雷家。呪術師御三家の【禪院】の【落ちこぼれ】であった自分でさえ知っている五条の分家。禪院家に負けず劣らずの血筋と呪力至上主義で「呪力がない非術師はクソ」と見下しており、上層部の上役を兼ねる家柄。確か術式は高度で五条の分家と言われるのも納得できる代物だったが、呪術師としてはよくても人間としてはてんでクズの集まり。呪術師殺しとしてあそこの家の人間は何度か殺したことがあるが、その時の顔と言ったら!非術師に殺されることを恥じて真っ赤になった憤怒の形相。正直言って、目の前にいるちゃらんぽらんがあの血筋であると信じることが出来ない。
それも、出来損ないと罵られていたときた!
くつくつと堪えきれない笑みを大きくするとぴょんと跳ねた白雪の髪が揺れる。大きな黒い瞳はどうして笑い出したのだろうと考えているのか節目がちでゆらゆら揺らいでいた。迷子の子供のような様子に笑いながら髪を撫でつける。きょときょとと視線を右往左往しせ、やがてふにゃりと笑みをこぼす。容姿にしてはずいぶんと稚いその仕草に唇を緩ませた。心なしか、空気が吸いやすくなった気がする。「また」だな。視界の端で光が柔く弾けていたことを甚爾は見逃さなかった。
(相変わらずすげぇな。これ)
天雷家は呪術師としての才能ばかりに固執して、呪力を持たない花鹿を手放したようだが、それは間違いであったろう。たしかに呪力はもったいない。そう、呪力「は」。
天雷家はたしかに五条の分家だ。だがしかし、元を辿ればまたもう一つの血筋が出てくる。それを知った時には流石の甚爾も目を見開いた。また、何故この少女に今までの生活を捨ててまで乳母がついてきたのか納得もした。その血筋があるからこそ、彼女には呪力がないのだ。いや、厳密にいうとするなら、その血筋が呪力を【弾き飛ばしている】。先祖返りという奴なのか、その【弾き飛ばす】時に空気を一掃している。澱んだ空気、息苦しさ、負の感情すらも。おそらく自分たちには見えない呪霊も、知らない間に祓われている。このきらきらと光るものは本人にこそ見えていないが、ぱちぱちと弾ける音は聞こえているのか静電気かなぁと不思議そうにしている。弾き飛ばしている力が呪力でないからか、自分には見えるというのに。あぁ、おかしな話だ。
こんなに金のなる木を自ら手放すなんて、耄碌していると思う。もしこの女のことをよく知る前だったら、どこかの家柄にでも売り飛ばしていたかもしれない。
「とーじ、もっとして」
「ああ、はいはい」
それをしないくらいには、この女に絆されてしまっているらしい。なんとなくムカついたのでわしゃわしゃ髪を撫でるとこらーと間の抜けた言葉が返ってくる。可愛いなくそ。なんで間の抜けた時まで可愛いんだお前は。自分の気の済むまで髪をぐしゃぐしゃにしていればむぅと頬を膨らませる。その様にまた笑みが溢れた。こんなに可愛い女を捨ててくれてありがとうなんて、見たこともない義理の両親に感謝すらしたくなる。
「そういえば、なんでそんなこと聞いたの?」
ふと疑問に思ったようにむくれるのをやめた花鹿に甚爾は手を伸ばす。ん?と首を傾げるその小さな体をきつく抱きしめた。抗議の声が聞こえるが、知ったことか。こんな女々しいこと言えるわけもない。
(お前がどうしようもなくいとしいから、知りたいと思った)
なんて、この阿保面には言ってやらない。
花鹿様、ただいま戻りました。母さんただいまという声を聞きながら、甚爾は笑った。
別に、ただの気まぐれだよ
余談ではあるが
呪術界では、伏黒花鹿を天雷花鹿に戻そうと画策していたらしい。
けれど何度も何度も彼女の乳母に阻まれていたらしい。
「あの方に手を出すのであれば、【我々】を敵に回すことをお忘れなく」
忍ぶように嗤うその乳母の名を、【鹿白】という。
その後ろにはうっそりと嗤う神々しく美しい男がいたとか、いないとか
全て幸せに暮らす一家には、関係のないことである。
***
主人公は呪力はない一般人。呪力「は」。でももう一つの血筋の先祖返りなので霊的なものはチート。呪霊が近づくだけで雷が弾けて霧散する。そういえば乳母がいない時に必ず白い鹿が伏黒一家を見守っているのだとか。もしかしたらこの時空では娘は寝たきりにならないし、息子は呪術師にならないかもね。
さて、雷と鹿で思い浮かぶ神といえば?