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目を、見開いた。
それは、男にとってあり得てはならないものであった。男の目線の先には映像でんでん虫。それに映された小さな少女に、男が誰よりも焦がれ慕わしく呪わしいと、そして魅せられた男の姿が重なったからだ。
きっとこの世界の誰もが、彼の言葉を忌諱し、彼の言葉を笑い、そして彼の言葉に夢を見た。あの男との冒険で、何度も何度も窮地をひっくり返されたことはある。しかし死に際の一言で、この世全てをひっくり返すような男は、きっとしばらくは現れないだろう。
あの男が作った時代の流れも、それから芽吹く新時代も、きっと面白い事になる。そう思っているのは嘘ではない。嘘ではないが、全てが真実ではない。何より鮮烈で誰より自分勝手、無茶ばかりする大馬鹿者で子供じみた笑みが抜けない、太陽と海の似合う自由な男。あれがいない世界というのは、どこか郷愁と未練がつきまとう。最期まであの馬鹿にいうことなく終わった情けなくも燻る炎は、風化して消えるどころか歳を増すごとに燃え上がり、男の心に鎮座している。最近では、自分と関係を持って長い女に「忘れられない女がいるのね」と言われる始末で、苦笑するしかなかった。女好きであれにすら「女ならなんでも食う。悪食。女の敵」なんて顔を歪められる自分の女好きは絶えることはないものの、結局一番心に火傷跡を残しているのはあの馬鹿だった。正確には、男が老体になろうと忘れることなく刻み込んでいる相手は女ではなく同じ性別でなおかつ、世界で一番疎まれただろう船長であったが。
その、未だに過去の中で生き続けていると錯覚してしまうほど色のついた記憶の中にいる男が、今にも殺されそうになっていた火拳のエースとそれに庇われている麦わら帽子の似合う新しい時代の芽、ルフィを庇いながらも海軍大将である赤犬を追い詰めている少女の姿と重なっていく。まさか、と息を詰めた。そんな荒唐無稽な話があるわけがない。けれど否定するには、その剣筋も、戦い方も、操っているだろう覇気の効果も、見覚えのあるものばかりだ。
まるで睨むようにその画面を凝視した男に気が付いたかのようなタイミングで、少女が振り向いた。そんなわけはなく向こうで何かあったのだろうが、そう信じてしまうようなタイミングだった。
少女が、笑う。誰よりも自由であるのに一人で何もかもを背負いこむような、男が大嫌いだった笑みで叫ぶのだ。
「あいつらを追いかけたきゃまず俺にかかってこい!全員まとめて俺が相手してやる!」
俺を殺したいなら、それくらいして見せろよ海軍。
ロジャー、と。酩酊したように呟いた自分に驚いた。あまりにも無謀。あまりにも無策。どれだけ男が自由奔放な彼がする無茶を嫌っただろう。どれだけ、心を砕いただろう。ああ、でもそうだな。お前はそういうやつだ。自分の息子が世界に殺されようとしていて黙っているような男では、ない。
しかし、それを見た男の胸に宿るのは、懐かしさでも嬉しさでも愛しさでもなく、あそこで一人海軍の猛攻をいなしている存在への怒りだけだった。
「一人で突っ走っていくなと、あれほど言ったろうが。あの馬鹿め」
そう、低くつぶやいた男は、レイリーは、それでも笑っていた。