* * *
「わ、私と会えるかもって…?」
彼から飛び出た言葉の意味を確かめたくて、そう質問を返すと彼は少し間を空けてから頷いた。
「…本当は、もっと早くに会いたかったんだけど、どうしても時間が取れなくて。」
「ああ…うん、お仕事忙しそうだもんね。」
「先に携帯で連絡を取ろうとも思ったけど、連絡先が変わっていたらどうしようって不安もあって。それで…って、違う。」
突然、彼は自分で言葉を切ってからまた真っ直ぐな目で私を見てきた。違う、と自分で言った彼はどちらかといえば可愛らしかったというのに、目の前にいる彼はゾクゾクするぐらい男らしさというものを感じる。どうして目つきひとつでこうも印象を変えられるのだろう。
「どうしてもナマエさんにお礼を言いたかったんだ。」
「お礼?」
「そう。覚えているかな…僕が君に音楽の道に進みたいって打ち明けたの。」
忘れているはずなんてない。忘れられない。
それを口にすることはないが、私は「うん」と答える。
「正直、僕がいまこうしてテレビとかで出て名前を知られるようになったのは、やっぱり楽な道じゃなかったんだ。」
逢坂くんが言うには、彼は私に自分の夢を打ち明けたあの日、家に帰るなり両親に改めて自分の夢を、自分の進みたい道を打ち明けたらしい。けどそれに対して両親は予想通り猛反対。特に父親は「出て行け」と怒鳴ったらしい。
自分の夢だけならず、自分の尊敬する叔父のことまで否定された逢坂くんも意地になって、今後の計画もきちんと立てないまま私物だけ持って家を飛び出した。そのため住む家に困り、友人のところでお世話になったり、時にはお店や公園といった場所でも過ごしていたとのこと。
「そんな、言ってくれれば私も逢坂くんの力になったのに。」
「それは出来なかったんだ。…君にだけは、頼れない。」
「確かに私も親のすねをかじってる身だけど…。」
頼ってもらえないのが、悲しい。それも少しどころじゃないぐらい。
逢坂くんは私の気持ちに気づいたのか、それとも私が気づかないうちに口に出してしまったのか、「違うんだ」と否定してきた。
「ナマエさんを頼れなかったのは、…僕の夢を応援してくれた初めての人だったから。君が応援してくれたこの夢をきちんと叶えたいと思ったから、だからナマエさんに連絡が取れなかった。」
「…逢坂くん…。」
「僕は変に頑固なところがあってね。デビュー前から応援してくれてるファンだけでなく、ナマエさんにも僕のことをテレビとかで見てくれてるぐらい有名にならなきゃって思ってたんだ。それぐらい有名にならないと、君に胸張って夢叶えました、なんて言えないって思って。」
彼からその言葉を聞いた途端。私の目元に熱が集まり始まる。
別にいま、彼は眩しいステージの上にいる訳でもないのに何故か目を合わせられなくて、私は思わず俯いた。ポロポロと落ちてくるそれ。
「逢坂くんはもう凄い人になってるよ。本当に…上手く言葉で言い表せないけど…。」
「あはは…本当?」
「うん。私がIDOLiSH7を含めMEZZO"というユニットで逢坂くんが活動していると知ったのは最近だけど、自分の夢をきちんと叶えた逢坂くんのファンになったんだ。友達なのにファンってちょっと変な感じだけど、それでも私は…」
だめだ、声が震えて上手く伝えられない。
ナマエさん、と私の名前を呼ぶ彼の声が少し不安げに揺らいだ。私は慌てて涙を指で拭き取りながら「ごめんね、なんか急に…」と笑いながら誤魔化そうとする。どうしよう、変な人に思われたかな。ファンになったとか言って突然泣き出すなんて、これじゃ変人どころかただの迷惑な人だ。
「……ナマエさん。」
「わたし、ッ…」
逢坂くん、私は嬉しいんだよ。大好きな君が夢を叶えて、本当にうれしい。
そう言おうと思っていた言葉は私の喉から出てくることはなかった。目の前にいる彼が、私の頭に手をのせて撫でている。それに思わず顔を上げると彼はそのまま手を私の顔へと移動させ、柔らかな親指の腹で優しく拭き取る。あまりにも暖かくて、それこそ私が流している涙よりも暖かいそれに一瞬だけ自分が泣いていることを忘れてしまった。
「本当はわかってた。君の部屋に来て、お茶をいれてくれてる君を待っていたとき、テレビの近くに僕たちのCDやDVDがあるの見えてしまったんだ。」
そういえば、確か昨日も結局は虚しくなるの分かっていながらも彼の出ている場面を繰り返し見ていた。泣いていることよりもそのことが急に恥ずかしくなって私の顔にもまた熱が集まったが、逢坂くんは優しく微笑んだ。
その優しい顔を見ていたら、何だか言わなきゃいけないような気がして。
「…本当は、私は逢坂くんが思っているようないい人じゃないんだ。」
本当はずっとずっと言えない言葉を喉のそのまた奥に押し込んでいた。友人の私がそんな事を言い出すなんて彼の迷惑だ、彼に嫌われないように、良い友人として常に言葉の選別をしてきた。
「逢坂くんと会えなくて、ずっと寂しかったんです。」
それが限界値を超えてしまったから、今日のこの瞬間。私は初めて彼の前でずっと抱え込んできた想いを口から漏らしてしまったのだ。