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ずっと逢坂くんが近くにいないことに寂しさを感じていた。
教室でもカフェでも、大学にいると常に逢坂くんの姿を探してしまう私がいる。
もしこれが恋だと自覚する前であればこんなに辛くなかったはずだ。ただの友人として彼のことを心配していた程度で済んだのだろう。
それに、こんなに情けない姿も彼の前で晒すことはなかった。
うう、と泣き声を我慢するあまり、変な声が口から漏れ出る。必死に押し殺してから「…ごめんなさい」と小さく呟けば、逢坂くんはまた私の目から溢れてくる涙を優しく指で拭き取ってくれるのだ。
「…ナマエさんは自分のこといい人じゃないだなんて言うけど、僕からしたら本当にそんなことないよ。君は高校のときからずっと優しくて僕の憧れの子だ。」
「ッ…そんなこと…、だって私、取り柄もなにも…」
「あるよ。だって君はきちんと“自分”を持っている。君は就活に有利だからってこの大学を選んだって言っていた。でも僕は親に言われたからこの大学に進学したんだ。」
そう言われて思い出した。確か高校時代、彼との何気ない会話でそういった話をしていたな、と。
あの時の彼もまた、今と同じ辛そうな顔を浮かべていた。何となく彼の家の事情があるんだろうなとは思っていたが、どうやら間違っていなかったようだ。
「君の口から僕と会えなくて寂しかったって聞けて、申し訳なさもあるけどやっぱり嬉しいな。君の中で僕はそれなりの存在になっていたんだね。」
それなりどころではない。でも、いま声を出したらまた情けない声が出てしまうんじゃないかと思って私は黙り込んだ。
「僕もずっとナマエさんに会いたかった。ナマエさんに会って、胸を張って夢を叶えたって言いたかったんだ。だから今日まで頑張ってこれたし、これからも頑張り続けるよ。」
「……逢坂くん…。」
「あの時の君の言葉が、僕の背中を押してくれたんだ。」
決意のキッカケが私の言葉であれ、それでも実際に踏み出したのは彼自身だ。でも彼はそれをあくまで私のおかげだと言う。大学を決めた動機でさえ、ただ単に就活に有利という在り来りな理由でも彼はそれを“自分”を持っていると褒めてくれた。
あの時の私の言葉が彼の背中を押したって、本当はそんなに凄いことでもないし、私もその言葉の裏に本音を隠したというのに。
ああ、そっか。私はきっと彼のこういう一面にも惚れたんだな。
いつも何処か悲観的で物事を悪い方にしか捉えない私を彼は違った目で見てくれている。そしてそれを直接言葉で教えてくれる。それに対して私もまた、自分とは違う意見を持つ彼に少しずつ違った感情を抱くようになったのだろう。
今までぼんやりとしか分からなかった自分の感情がようやくはっきりと分かったこともあって、私は少しずつ零している涙の意味が変わっていくことに気づいた。
「…逢坂くん、あのね。」
「うん?」
優しい、というよりやや猫なで声で返事をしてきた彼に思わず胸が締め付けられて、言葉が途切れてしまった。「その…」と言いながら泳がせていた目線を彼に再び向け、それから私は自分の両手を軽く握り締める。
「逢坂くんのこと、これからも応援し続けるね。逢坂くんはもう夢を叶えたけど、私はこれから先ファンとして…友達として応援するよ。」
「ナマエさん…」
「私、見ての通りまだ内定取れてないのは自分のやりたいことが見つからなかったからなんだ。でも、逢坂くんと会って話をして、私も自分の夢を探さないとって改めて思った。」
きっと私が見つける夢は彼のようにキラキラとしたものじゃない。彼のような才能と行動力、決断力を私は持っていないからだ。
彼に「夢を探さないと」とは言ったけど、もしかしたらそれは見つからないのかもしれない。
でも、少しだけでも私は自分に対する考え方や見方を変えてみようと思ったのだ。
だからこれはきっと、私にとって大きな一歩となっただろう。
話を聞いてくれた彼はそれから直ぐに優しい笑みを浮かべ、「ナマエさんならきっと出来るよ。」と今度は彼が私の背中を押してくれたのだ。