* * *

 ドキドキしながらテーブルの上に置かれてる封筒を見つめる。この状態を10分以上も続けているため、正直正座している足は少しずつ痺れてきた。
 ど、どうか、お願いします。

 震える手で封筒をゆっくり、慎重に破れてしまわないように気をつけながら開けていく。正直封筒を開けるだけでこんなに緊張することは今までで一度もない。
 封筒の中に入っている、三つ折りされた白い紙を中から取り出してから意を決して開いてみる。ギュッと閉じていた目をゆっくりと開いていくと、『内定通知書』という文字が大きく真ん中で私の視界を出迎えてくれた。

 それこそ声にならない喜びで私は床に寝転がる。ようやく、ようやく内定が取れた…!

 正直もう心が折れそうなほどたくさんの会社を受けては落ちるという一連を繰り返してきた。「君とは是非、一緒に仕事がしたいよ。」と言ってくれた先輩方の言葉が全部お世辞や建前でしかなかったので、実のところ人間不信にもなりそうになっていたのだ。仕方がない、これが社会だと分かっていてもやはり辛い。

 けど今回受けたところは違った。確かな手応えがあったのだ。
 自分のやりたいことをきちんと言えたし、面接官が聞いてきた質問も全て完璧に答えれたと思う。おまけに名前も覚えてくれた。

 とりあえず内定承諾書を書かなくては、と意気込んで拝啓から始まり、季節の挨拶をほどよい長さで終えてからこの度は内定の通知を頂き、誠にありがとうございます…と書いていく。とりあえず失礼の無いようにお手本が載っている本を参考にしながらつらつらと書いていくと、ふと私は手を止めながらテーブルに置いてる携帯に目を向けた。

 彼がウチに来たあの日から暫く、逢坂くんとの連絡はまたもや途絶えてしまった。

 というのは私が就活で忙しいだけでなく、彼もまたアイドルとしての仕事が増えてお互いに連絡をとる時間がなくなってしまったのだ。内定も取れたし、彼に連絡をしようかな、と思って携帯に手を伸ばしたが、途端にまた手が止まる。
 彼が忙しいなら連絡を取らない方がいいのではないか。

 正直、今やIDOLiSH7、MEZZO"は知らない人の方が少ないといった人気グループになった。
 彼はセンターではないものの、他のメンバーよりも一足早くにデビューしたためか知名度は高い。街を歩けばIDOLiSH7の他に逢坂壮五と彼の名前も頻繁に聞くようになったのだ。それほど彼は遠い人となった。

 確かに私は彼の活動を応援しているファンだ。CDやDVDだって買ってるし、彼らの番組も毎回欠かさずに録画している。
 でも、あくまでファンとして応援しているのだ。

 世の中には逢坂壮五と近づきたいファンなんてごまんといるだろう。SNSを立ち上げてみれば彼らのライブはもちろんイベントにも毎回駆けつけて参加している人がいる。そんな人たちでも逢坂壮五と連絡を取っている人は恐らくいないだろう。

 それなのに私のような一般人が彼と連絡を取ってもいいのか分からなくて、途端に戸惑いを感じてしまったのだ。

 もう一度ゆっくりと携帯に手を伸ばして、逢坂くんとのメッセージのやり取りを見つめる。最後に彼とやり取りしたのはもう一ヶ月ほど前のこと。彼の方から、夜は冷えるようになってきたからスーツのジャケットだけでも冬物に変えたほうがいいとか、出来るなら他のコートとか羽織るものも、とこちらの体調を心配する声が届いていた。季節はもう10月半ばだ、正直最近はコート一枚じゃ足りなくなってきている。
 けど一ヶ月前の私はまだ就活と大学生活に追われてて、ありがとうとしか返事できなかった。彼からは、君の元にいい結果が届きますように、と届いている。

 結果を送らなきゃ、失礼になるよね。

 少し申し訳なさを感じながらも、私は内定承諾書よりも先に、彼への返事を書く事にした。

 *

 「環くん、次はバス移動だから急いで。」
 「急いでるって!そーちゃん、そんなに引っ張ると服が伸びる。」
 「あと10分で出発するんだ、急がないと間に合わない。」

 少し文句を言いながらも急いで準備をしてくれた環くんと共に、スタジオの地下にある駐車場へと向かう。今日はスタジオでMEZZO"の撮影を終えたあとに、IDOLiSH7の冠番組での収録がある。正直ユニットを掛け持ちすることがこんなにも忙しいとは思いもしなかった。なんとかなると思っていたデビュー前の自分が懐かしい。
 なんとかギリギリにバスに乗り、ここから30分ほどの移動を終えたらまた収録で忙しなく走りまわることになるだろう。
 小型のバスには自分たちの他にも同じくスタジオに向かうスタッフたちが乗り込んでいた。

 席についてから軽く息をつく。環くんは隣で携帯を取り出しながら誰かにメッセージを送っているようだ。聞いてみると相手は三月さんらしい。

 「そーちゃんって今日、何時まで仕事だっけ。」
 「え?ええっと、確かこの後の収録終えたら違うところで打ち合わせをするから…午後9時ぐらいかな。」
 「ふーん…。じゃあご飯はどうする?ってさ。」
 「ああ、そっか。今日は三月さんが料理担当だったんだ。」

 どうしようか、と迷っていると、ふと頭の中であの子の姿がぼんやりと浮かんだ。

 「…今日は外で済ませてくるよ。ちょっと離れたところだから、帰った頃にはもう遅くになってるし。」
 「分かった。みっきーにそう伝える。」

 ありがとう、と環くんに礼を伝え、それから窓の外をふと見た。
 外は空一面鈍色で、今にも雨が降り出しそうな様子だ。そういえば寮を出る前に今日は雨が降りますよ、と陸くんに教えてもらったな。折りたたみ傘もきちんとカバンの中に入っている。

 …彼女は大丈夫なんだろうか。

 この頃は残暑が終わりを告げるのと共に、一気に空気が冷え込んできた。数日前、季節の変わり目は風邪を引きやすいからと一織くんが厚着をするようにと自分を含めた全メンバーに伝えていた。それよりも1か月前に彼女には寒さ対策をするようにとメッセージを送ったが、果たしてちゃんと聞いてくれたのだろうか。いや、彼女はいま就活で忙しいからきっと携帯なんて見る暇がないのだろう。

 こんな時に、もし自分がまだ彼女のクラスメイトだったら、なんて考える。

 でもそれはもう叶わない願いなのだ。以前のように日中は彼女と一緒に行動を取ることがなくなった。ちらりと隣にいる環くんを見ると、彼は携帯を握りしめながら目を閉じている。最近は撮影や収録、それに新曲の練習と忙しいのだ、彼も疲れているのだろう。彼を気遣って自分の着ているカーディガンをかけると、環くんは直ぐに目を覚ましてそれを返してきた。
 「そーちゃんが風邪引くだろ。」
 優しい彼の気遣いに少し笑みを浮かべるも、僕は自分のカーディガンを抱きながら、彼女のことをまた少し思い浮かべるのだ。

 会いたい。

暗涙