切原編
切原編
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痛い。
何が痛いのかと聞かれれば、視線が痛い。
まず、隣の席の切原君からの視線が痛い。
そして、その彼の以上に周りのクラスメート(主に女子)の視線が痛い。
ホスト部もとい、美形揃いのテニス部レギュラーの人気は凄まじく、そんなレギュラーの1人である切原君の人気は当然のことながら凄まじい。
その人気たるや、他のクラス、違う学年の女子達が彼の姿を拝みにやってくる程だ。
そんな人気者の彼の視線を不本意ながらも独占してしまっている私は、彼女達から物凄い勢いで睨まれている。
視線で人を殺せるのならば、きっと私はもう死んでいる。
そう断言できるくらい、彼女達の視線は嫉妬と殺意にまみれている。
仲の良い友達なんかは、触らぬ神に祟りなしといった感じで、遠くからこちらの様子をうかがっているだけだ。
全く、白状な友達だ。
と思うものの、私が彼女達の立場でもきっとそうしてしまうので非難はできない。
そして、私をこんな状況にした彼、切原赤也はと言えば、彼女達の様子を知ってか知らずか、こっちをちらりと見ては頬を赤らめ視線を反らし、またちらりと見たかと思えば、口を開きかけまた頬を赤らめ視線を反らす、という謎の行動を繰り返している。
いったい何なんだ!
言いたいことがあるならはっきりと言いやがれ!
なんてチキンな私が彼に言えるはずもなく、また
何か?
なんて声をかける事すら出来ない。
自慢ではないが、私は昔から男の子と言うものが苦手だ。
無駄に騒がしく、無駄に暴れまわり、虫の死骸やをコレクションとして所有しちゃったりなんかする男の子は未知の生物として私の目に映る。
そんな未知の生物である男子が同じ人間と言うのは、実は何かの冗談だと私は本気で思っている。
無駄に騒がしく、無駄に暴れまわる。という部分にぴったり当てはまる切原君は私の最も苦手とするタイプで、おまけにいつも不機嫌な彼は無駄に周りに睨みをきかせているため、私は非常に彼が恐ろしい。
出来ることなら話しかけたくないと言うのが本音で、結果として私は、彼から私に話しかけてくれるのをただひたすら待つしかないのだ。
「あっ…あの、よ…」
ついにそう声をかけて来た切原君の声は、びっくりするほどいつもの元気がない。
そして私はと言えば、切原君に話しかけられたために周りからの射殺さんばかりの視線が更に厳しくなり、我知らずびくりと体が震えてしまった。
私はぎこちなく顔だけを切原君の方に向けると
何か?
と目線だけで訴えた。
ここで笑顔の1つでも浮かべることができればいいのだが、残念ながら今のこの状況でそんなものを浮かべる余裕は私にはない。
それにそんなことをしようものなら、なに色目使ってるのよ。などとあらぬ勘違いの末に切原君のファンクラブの方々に“お呼び出し"をされ、放課後にはリンチ決定だ。
「その…。窓、開いてるぜ?」
彼から発せられた意味不明の単語。
残念ながら我が立海大付属中学は全教室冷暖房完備のため、教室の窓を開ける子は少なく、しかも今の季節は冬。
わざわざ窓を開ける子なんているわけもなく、当然のことながら教室の窓は開いていない。
そもそも、なぜ私にそんな話をしてくるのだろうか?
そんなに気になるのなら自分で閉めに行けばいいのだ。
私は彼が何を言いたいのか分からず、ひたすら頭に疑問符を浮かべるばかりだ。
そんな私の様子にじれたのか、切原君は私をまたちらりと見ると
「す…スカートのチャックが…その、」
と言ってまた視線をさまよわせた。
私だって、ここまで言われて気づかない程鈍くない。
そっと顔を下に向ければ、開いていた。
スカートのチャックが。
それはもうぱっくりと、全開だ。
そしてスカートのチャックの合間からは私の色気もなにもあったもんじゃない太ももと、緑色のチェックの紐がちらりとのぞいている。
別に何か刺激が欲しかったわけではない。
ただ、昨日のお風呂上がりにたまたま手に取ったのがこの下着だっただけだ。
この下着を買ったのだって、柄とかデザインが可愛かったからで、この下着が紐パンだと気付いたのは買った後だ。
て言うか
私
やっちゃった。
まだ嫁入り前なのに。
彼氏も出来たことないのに。
見られちゃったよ。
パンツ。
私は急いでスカートのチャックを上げると、ちらりと切原君を見た。
すると切原君も私の方を見ていたようで、ばっちりと目があってしまった。
「あ、あー…。その、あれだな。人は見かけによらないって言うけど本当だよな。お、俺今までアンタのこと地味な奴だと思ってたけど、その…ひ、ひ紐っ…。い、意外な一面だよ…な…」
どうやら、切原君は私を追い詰めたいらしい。
彼的にはフォローのつもりだろうが、全くフォローになっていない。
むしろフォローなんていらない。見なかったことにしてそっとしておいて欲しい。
悪気が無いようなのでせめるわけにもいかず、授業がはじまるまでの間、私はクラスメート達からの射殺さんばかり視線と、なぜかしきりにこちらの様子をうかがってくる切原君からの視線に耐え続けねばならなかった。
私は今日、彼のことが苦手から嫌いに変わった。
end