僕らの関係
○○○○
苗字と俺との関係を一言で表すのはなかなか難しい。
友達?
違う
親友?
違う
兄弟?
違う
恋人同士?
益々違う。
じゃあ、どんな言葉がぴったりなのか。
そうだな
主従関係
かな?
それが1番しっくりくる。
でも、それを人に理解してもらうのはなかなか難しい。
でもそうとしか言いようがないのだ。
彼女が彼女であるように、俺が俺であるように、彼女は俺の主人で、俺は彼女の下僕なのだ。
言葉にしたことも確認しあった事もないけど、彼女が主人で俺は下僕。
別にそのことを不満に思ったこともないし、疑問を感じたこともない。
とにかく、気付いた時には俺と彼女の関係はそれ以外有り得なかった。
一度冗談で『付き合ってみる?』と言ったら、心底嫌そうな顔で『は?』と聞き返された。
あの顔はちょっと興奮した…。
とにかく、彼女と俺の関係は主人と下僕なのだ。
別に最初からそう言う関係だと意識していた訳ではなく、ちゃんときっかけもあったりする。
中学2年の時、俺にも彼女がちゃんといた。
別に彼女の事を前から知っていたわけでもないし、好きと言う感情も特別なかった。
俺だって男だ。
自分の事を好きだと言われて悪い気はしないし、俺の事を好きだと言って頬を赤く染めた女子はみんな可愛く見えてしまうものだ。
ちょうど断り続けるのにも疲れていたから、軽い気持ちでOKしたら、その子は顔を更に赤くさせ「ありがとう」そう言って涙を流しながら笑った。
その彼女の姿に少なからず胸がツキンと痛んだ。
それから付き合うようになったんだけど、あれを付き合っていると言って良いのか今でもよく分からない。
必要以上に腕に絡み付く彼女に俺はタジタジで、そんな俺にお構いなしに胸を押し付けてくる彼女。
彼女は案外胸が大きいのだ。
部活中にテニスコートまで押しかけてきたのには驚いた。
おまけに「佐伯くーんっ!キャー!」なんて叫んでいるる姿を見よくやるもんだと更に驚いた。
そんな俺たちは手を繋ぐのも、キスをするのも、ハグをするのも彼女が求めて来たときだけだったりする。
俺からは求めたりとかは無く、それらの行為を求めるのはいつも彼女だった。
それは明らかに彼女の一方通行な想いで、それを寂しいとは思わないのだろうか?と思うのだが、彼女の要求に応えれば彼女は決まって嬉しそうに「へへへ」と笑っていたのでそうでもないようだった。
そのことを苗字に話せば「へえ、トラも大変だね」とまるで他人事だとでも言わんばかりの適当な返事が返って来た。
「全く…。苗字は冷たいなぁ」
俺がそう呟いて机に突っ伏すると苗字は「そんなの今更でしょ」と言い、煎餅をゴリゴリと音を立てて食べ始めた。
ちなみにこの煎餅は「醤油の曲がり煎餅が食べたい」と突然言い出した苗字のために俺が買って来た物で、勿論俺の奢りだ。
ちらりと苗字の方を見れば、幸せそうに煎餅と一緒に買って来たペットボトルのお茶を飲んでいた。
「お煎餅にはやっぱり緑茶だよね。トラでかした」
なんて言って俺を褒めるものだから、嬉しくて思わず顔がにやけてしまった。
「さーえーきー君」
数日で随分と耳に馴染んだ声と共に背中にずしりと重みを感じた。
「えへへぇ」
そう笑って彼女は俺の首にするりと腕を巻きつけてきた。
「休み時間まで来るなんて珍しいね」
「うん、廊下を歩いてたら教室の窓から佐伯君が見えたから」
そう言われて廊下側の窓を見れば確かに開いてああ、本当だ。なんて思いながら、そのまま流れる様にして苗字の方を見れば、興味津々と言った様子で俺と彼女を凝視していた。
その視線に気付いた彼女が少し刺のある言い方で「何?」と言った。
その彼女の態度に思わず腹が立ったが、当の苗字はと言えば特に気にした風もなく「別に。お煎餅食べる?」と彼女に差し出していた。
「いらない。アタシお煎餅って古臭い感じがして嫌いなの」
そう言ってそっぽを向いた彼女に俺は更に腹が立った。
「ふぅん。トラいる?」
が、矢張り気にした様子のない彼女に拍子抜けし、おまけに俺に煎餅をくれると言う。
普段ならまずないこの台詞。
嬉しくて顔がにやけてしまうのが自分でも分かった。
その様子を見て、まあ、当然と言えば当然、彼女はよく思わない訳で、俺の首に回された腕に少し力がこもった。
「アタシも佐伯君のことトラって呼んじゃおっかなぁー」
「駄目」
頭で考えるより先に言っていた。
この呼び方は苗字だけの特別な呼び方で、苗字以外の人が俺をこの呼び方で呼ぶなんて絶対に嫌だ。
だけど、あぁ…、もっとこれでもかって位にオブラートに包んで断れば良かったかも知れない。
なんて思っても、もう後の祭りと言うやつで、俺からバッと離れた彼女は「なんで?!」と叫び苗字を凄い形相で睨んだ。
彼女のその叫び声にクラス中が一瞬にして静まり返った。
みんな何があったのだろう?という表情でこちらの様子をうかがっている。
しかし、そんなクラスの様子に気付いた様子もなく彼女はヒステリックに喋りだした。
「なんで、この子は良くてアタシは駄目なの?アタシ、佐伯君の彼女だよね?」
「うん、そうだね」
「じゃあ…、じゃあ、なんでいつもこの子を優先するの?
普通彼女のアタシを優先させるものでしょう?」
俺にとって彼女の命令は何を置いても優先させるべきことで、俺の中ではそれが当たり前で、むしろ無意識のうちの行動と思考で、彼女に言われて初めて、ああ、そう言えばそうだったかなあ…。と頭の隅でぼんやりと思った。
「それに佐伯君もこの子に何かお願いされれば嬉しそうに言うこと聞いちゃって、…まるでこの子の下僕みたい。変だよ!」
歯を食いしばり悔しそうに言う彼女をぼんやりと見つめながら、妙にしっくりきたその“下僕”と言う言葉に驚いていた。
「それに、あんた。苗字さんだっけ?あんた佐伯君の何?
だいたいさぁ、隣にいて恥ずかしくないの?
佐伯君と全然釣り合いがとれてないよ?」
「遠野さん。別れよう」
突然そう言った俺に彼女は目を見開き、なぜ?とすがるような視線を送って来た。
「…そろそろ授業が始まるから自分のクラスに帰りなよ」
彼女はその目に涙を溜め、顔を赤くさせると俺と苗字を睨みつけバタバタと教室を出て行った。
ちらりと苗字の方を見れば「罪作りな男め」と言ってニヤリと悪戯っぽく笑い、さっき俺に差し出したはずの煎餅を食べ始めた。
俺は“あれ?”なんて思いながらそんな苗字の姿を苦笑い交じりに眺めていた。
しばらくすると次の授業の先生が教室に入って来て、それに気付いた苗字は残りの煎餅をカバンに仕舞い急いで前を向いた。
「……下僕、かぁ…」
ぽつりと呟いたその言葉は、誰の耳にも届くことなく、俺の中にゆっくりと響いていった。
ああ、うん。
確かに俺は苗字の下僕っぽいな。
むしろ下僕だ。
そう認めてしまうと、なぜかすっきりした気持ちになった。
俺は前の席の苗字を呼び「これからもよろしく」と言って手を差し出した。
「え?…うん」
振り向いた苗字はなんだこいつ、みたいな視線を俺に投げかけるとそう返事をし、俺が差し出した手を見事にスルーしてまた前を向いた。
よろしく
俺のご主人様。
なんちゃって。
end