仁王と彼女と子猫
 
彼女と僕等の日常
仁王と彼女と子猫





ゴールデンウイークも間近にせまり、家族が今年はどこに行こうかと話しちょる。

こういったことの決定権は基本的に姉貴にあり、俺の意見が通らんことなんかしょっちゅうある。

そして今年は、その姉貴が沖縄に行きたいと言い出した。

当然、暑いのが嫌いな俺はそれに反対したんじゃが、やっぱり俺の意見なんか通るはずもなく、今年のゴールデンウイークは沖縄に行くことになった。

「沖縄には行かんぜよ」

そう言った俺に対する家族の反応はずいぶんあっさりしたもんで、「じゃあ雅治は留守番ね」と言って3日分の食事代を置いて2泊3日の沖縄旅行に出かけた。

まあ、少し寂しい気もしたんじゃが、ゴールデンウイークだっちゅうのにどこにも連れて行ってもらえんかった奴らと一緒に遊びまわったりと、なかなか充実した2日間が過ごせた。

そして今日は特に用事もなく、家のリビングにあるソファーに横になってだらだらとしてすごしちょった。

こんな日は時間が経つのが妙に早いもんで、気づけば時計はもう昼の3時をさしちょる。

おやつの時間じゃ。

そう思って、俺は動かすのも億劫な体をゆっくりとソファーから起きあがらせ、台所からリビング、自分の部屋を回ってみたんじゃが、どこにもお菓子は見当たらんで、変わりに冷蔵庫から干からびた野菜を発見した。

テーブルにばらまかれた食費用にと貰った小銭を数えれば130円。





 
 
まあ、130円あればアイスくらい買えるじゃろうと言うことで、アイスを買いに近くのコンビニまで出かけることにした。

外は今にも雨が降りそうな嫌な天気じゃったが、まあ直ぐに帰るし大丈夫じゃろう。そう思って傘を持たずに出たのが間違いだったナリ。

入ったコンビニで、たまたま目に入った気になる表紙の雑誌を流し読みし、満足したところで本来の目的じゃったアイスを買った。

そしてコンビニを出ようと外を見れば、ざあざあと音を立てて雨が降っちょった。

暑いのも嫌いじゃが、雨に濡れるのも嫌いな俺はただ呆然とするしかない。

傘を買おうにも買える程の小銭は持ち合わせとらんし、誰か傘を忘れとらんじゃろうかと、傘立てをちらりと見たんじゃが、破れていたり錆びている傘ばかりでどれも雨をしのげそうにはない。

とりあえずコンビニを出て、雨をしのげる場所でその雨を眺めていると、直ぐ横の出入り口が開いた。

何となくそっちを見れば、それは最近、幸村と噂になっちょった苗字名前とか言う名前の女子じゃった。

苗字の手を見れば、苗字は傘を持っちょる。

俺の視線に気付いたのか、苗字は俺の方を見るとそのまま何事もなかった様にすっと視線を反らし、空を見上げ「雨が凄いなー」と明らかな棒読みで言った。

「ちょっと待ちんしゃい」

そう言って苗字の肩に手を置けば、苗字は肩に置かれた俺の手を見て、そして俺の顔を見ると一瞬じゃったが明らかに嫌そうな顔をして「何でしょうか?」と言った。

何か苗字に嫌われる様なことをしたじゃろうか?
そう思ってしばらく考えてみたんじゃが、どう考えても俺と苗字は今日が初対面じゃ。
と言うことは嫌われるっちゅうこともまずないわけで、さっきの顔はきっと見間違いじゃったんじゃろうと1人自己完結させた。




 
 
「お前さん、家はこの近くなんか?」

そう俺が尋ねれば、苗字はきょとんとした顔で「はい、まあ」と答えた。

「傘がないんじゃ家まで送って欲しいナリ」

苗字は眉間にシワを寄せると、ちらりとコンビニの方に目をやり「傘ならコンビニで買えば良いと思うのですが」と言った。

手に持っていたアイスを苗字に見せ「アイスを買ったらなくなったぜよ」と言えば、苗字の眉間に更にシワがよった。

苗字は1つため息をつくと「……どうぞ雨にうたれて惨めな気持ちを味わいながら帰ってください」と言ってそれはもう丁寧に頭を下げた。

幸村と一緒におるところを見る限りでは、普通の良い奴そうだと思っとったんじゃったが、とんだ勘違いだったぜよ。
俺に雨に濡れて帰れと言うだけじゃ飽きたらず、惨めな気分を味わえとまで言ってきた。

こいつ、案外冷たい奴じゃ。

「ひどい奴ナリ。
明日学校で苗字は冷たい奴じゃって、言いふらしてやるぜよ」

俺がそう言ってさめざめと泣くフリをすれば苗字はふっと鼻で笑い、「そのアイスを半分くれるなら良いですよ」と言って俺の手に握られているアイスを指差した。

そのアイスは丁度2つに分けて食べられるタイプのアイスで、外は相変わらずざあざあと雨が止む気配も見せずに降り続いちょる。

俺は苗字と雨をしばらく交互に見て「仕方がないぜよ」と言ってアイスの袋を開けた。

「ありがとうございます」

そう言った苗字の顔はしかめっ面からパッと笑顔に変わり、更には「君はとても良い人ですねー」とまで言い出した。

食べ物をあげただけでこの態度の変わりよう。

なんじゃ、苗字は丸井みたいな奴じゃのう。
 
 
「それじゃあ行きましょうか」

そう言って苗字が開いた傘の内側には青空が広がっていた。

「どんな日でも晴れなんですよ」

そう言って振り向いた苗字の笑顔で、雨の降りしきる灰色の景色が色付いた気がした。

「ええ傘じゃのう」

「はい、私のお気に入りです」

アイスを半分に割り、苗字に「ほれ」と言って差し出せば、苗字は相変わらずのニコニコした表情で「いただきます」と言ってアイスを受け取った。

そして、一緒にアイスを食べながら家まで送ってもらっとるんじゃが、傘の枝の部分がさっきからたまに頭に当たって痛いぜよ。

わざとかとも思ったんじゃが、苗字はアイスを食べるのに夢中になっとって、そのことにはどうも気付いた様子がない。

最初は俺の身長に合わせて持っていた傘も気付けば下に下がり、今では屈みながらじゃないとよう歩けんくなった。

「傘は俺が持つナリ」

そう言って苗字の持っていた傘を取ると、驚いた表情で俺を見た苗字はそのままの表情で「ありがとうございます」と言った。

またアイスを食べるのに集中し始めた苗字との間に会話はなく、俺はただぼんやりと前を向いて歩きながら、頭の中では苗字との会話のネタを探し回っちょった。

こういったことを考えるんは大概が一緒におる女子の方で、俺はその女子の言葉に素っ気なく返事したり、優しく返事したりするんじゃ。
そうすれば、彼女達は必死になって俺との会話を繋ごうとする。

俺はそんな女子の姿を見るのが好きなんじゃが、苗字の場合だとそうにもいかん。




 
 
アイスを食べ終った苗字は俺に興味などないとでも言うかのようただ前を見て歩いている。

ちゅうか、何で俺はこんなにも苗字の事を気にしとるんじゃろうか。

ふと、そう疑問に思うも、いつもと逆のそれはなかなか新鮮で楽しい。

「…あ」

突然、声を出した苗字は立ち止まり、何かを探す様に辺りを見回した。

「どうしたんじゃ?」と苗字に声をかければ「今、猫の鳴き声がしたんですけど…、聞こえませんでした?」と聞いてきた。

そう言われて改めて耳を済ましてみたが、雨が傘を打つ音ばかりが耳に入り、猫の鳴き声は聞こえんかった。

「いや、俺には聞こえんかったぜよ」

「そうですか」

そう言ってまた歩き出した苗字は、相変わらず辺りを見回していた。

俺も釣られて辺りを見回すと、どこからか微かに猫の鳴き声が聞こえた。

「お、聞こえたのう」

そう言って、ふと見た道路脇の草影に小さな段ボールを見つけた。

苗字はまだ気付いていないようで、相変わらず辺りを見回しちょった。

「ちょっと持っとってくれんか」

そう言って俺は苗字に傘を渡すと、その段ボールに近付いて行った。

蓋の閉じられていた段ボールをそっと開けると、中には白と黒の牛柄の子猫が俺を見上げちょった。

その段ボールの中には決して清潔とは言えんタオルと、小皿が子猫と一緒に入っとって、どこかの子供が親に内緒で世話でもしとったんじゃろうと言うことがうかがえた。

「子猫じゃ。可愛いのう」

俺がそう言って子猫を抱き上げると、少し屈んだ苗字が「本当ですね」と言った。



 
 
子猫の喉を撫でてやれば、気持ちよさそうに目を細めぐるぐると喉を鳴らした。

「お前さんも触ってみんしゃい」

そう言って苗字の方に子猫を差し出せば、苗字は小さく首を左右に振って「いえ、いいです」と言った。

普通の女子ならここは「キャー、カワイー」とか言って喜んで触るんじゃが、どうやら苗字は違うらしい。

猫とかの動物が嫌いなんかと一瞬思ったが、苗字はさっき子猫を見て可愛いと言っとったぜよ。

「アレルギーか何かなんか」

「いえ。どうしてですか?」

「普通の女子ならこんなに可愛い子猫を見たらキャーカワイーとか言って喜んで触ると思うんじゃが、お前さんは触ろうとせん。
それでぜよ」

俺がそう言うと苗字は「ああ」と言って苦笑いを浮かべた。

「触ると情が移るので」

情が移るからどうなのか。
苗字の言いたいことがよく分からず、頭に疑問符を浮かべていると、苗字がその事に気付いたのかまた苦笑いを浮かべるとゆっくりと話し出した。

「えーっと。情が移ると飼いたくなるじゃないですか。でも私の兄は動物が嫌いなので、家では飼えないんです。
それが分かっているので触らないんです。
別れる時、余計寂しいですからね」

そう言って子猫を見つめる苗字の目は、ひどく愛おしそうで、触らんでももう既に子猫に情が移っとるんは明白じゃった。

「そうか」

俺はそう言って子猫を元の段ボールに戻すと「行くぜよ」と言って、苗字の持っていた傘を取り家に向かって歩いて行った。

その間、当然のことながら苗字と俺との間に会話はなかった。





 
 
「すまんの。助かったぜよ」

「いえ」

家についた俺は苗字にそう礼を言うと、ポケットから家の鍵を取り出し、門から玄関までの残り数メートルの距離をなるべく雨に濡れんように走って行った。

鍵を開け、家に入ろうと思ったところで何となく後ろを振り向けば、苗字が俺を見ちょった。

それに少し驚きつつもバイバイと手を振れば、苗字も手を振り返し軽く頭を下げた。

苗字が頭を上げるのを確認して家に入ると、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべた姉貴と弟がおった。

「彼女?」

相変わらずの顔でそう聞いてくる2人に「違うぜよ」と素っ気なく返せば、「ふぅーん」とまだ疑っているような答えが返って来た。

「そんなことより、私の土産話を聞きなさい!」

そう言った姉貴に無理矢理リビングまで引っ張られ、そこで自分がいかに男達にモテたかと言う自慢話を聞かされ、弟からは沖縄の食べ物がどれだけ美味しかったかを話された。

土産話が男と食いもんの話しだけってどうなんじゃ。

「のう姉貴。
姉貴は猫は好きじゃったかのう?」

「猫?まぁ、好きな方だけど。何で?」

「俺は好き!」

「そうか」

俺はそう言ってソファーから立ち上がると「ちょっと出て来るナリ」と言って子猫を見つけた場所に向かった。

家に帰ってから、どうしても離れんあの子猫の姿と、その子猫を愛おしそうに見つめる苗字の目。

もし、俺が子猫を拾ったと知ったら苗字は喜ぶじゃろうか?

自然とそう考えている自分に驚き、苦笑いが浮かんだ。

そしてたどり着いた場所にはもう子猫の姿はなく、空っぽになった段ボールだけが置き去りにされていた。

「仕方ないぜよ」

俺は、自分に言い聞かせるようにそう呟くと、来た道を戻って行った。






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