彼女と彼等の昼食
彼女と彼等の昼食
最近変わったこと。
何だろう?
アレだよと言われれば変わったことがあったような気もするけど、言われなければ特にこれと言って変わったことは無いような気もする。
ああ、幸村さんが私のことを名前と呼ぶようになった。
自分の呼び名にそれほど執着があるわけでもないので、特に気にも止めずにいる。
後はー…。
切原さんに懐かれた。
理由はよく分からないが、私の姿を見る度に満面の笑みでやってくる彼は大変可愛い。
それくらいだろうか?
…うん、それくらいだろう。
そこで、問題だ。
なぜ私はテニス部の彼等と食堂で昼食を共にしているのか。
その内の私と生田さんを含めた4名はお弁当持参だ。
営業妨害も良いところだろう。
4時間目の体育の授業が終わり、今日もいつものように生田さんと一緒に教室でお弁当を食べるつもりだった私は、制服に着替え終わり、更衣室から教室へ戻りながら、ああ今日も天気がいいなー。何て考えながらのんびりと歩いていた。
後もう少しで教室に着くというとき、私のカバンと自分のお弁当を持った生田さんが現れ「名前、今日は食堂で食べるぞ」と言って、私が登ったばかりの階段を下りて行った。
面倒だなー。と思いつつも、私のお昼ご飯は生田さんの持って行ったカバンの中に入っているので、仕方なく着いて行けば、見目麗しきテニス部の方々がテーブルを囲んで昼食を取っていた。
なぜか幸村さんと丸井さん間に私のカバンが置いてあったので取りに行けば「名前はここにすわりなよ」と言って幸村さんは自分の隣の椅子をポンポンと叩いた。
どうしょうかと考えていると幸村さんが「座れよ」と妙に凄みのある笑顔で言った。
「あ、はい」
隣の丸井さんに「隣、失礼しますね」と言って座れば「お、おう」と丸井さんがどもりながら言った。
「さーて、今日の名前のお弁当はなっにかなー」
と言って私のカバンを開け始めた幸村さん。
一緒にお弁当を食べる時は大概いつもなので、もう注意するのも面倒で放っておくことにしている。
「初めまして、苗字です。」
そう言って隣の丸井さん頭を下げれば、「お、おう!俺は丸井ブン太。シクヨロ」と言って丸井さんがウインクをした。
凄く可愛いが、私には丸井さんのノリに着いていけそうにない。
「あ、卵焼きがある」
その声に振り向けば、幸村さんが私のお弁当の蓋を開けていた。
「わざわざ蓋まで開けていただいてありがとうございます。
あー。でも、食べないでくださいねー」
そう言って幸村さんからお弁当を取り上げれば、「俺の卵焼きがー」と名残惜し気に私の卵焼きを見つめながら言った。
そんな幸村さんを無視して「いただきます」と言ってお弁当を食べ始めたのだが、やっぱりなぜこの人達と一緒にお昼を食べることになったのかよく分からない。
「あの、なぜ私はあなた達と一緒にお昼ご飯を食べる事になったのでしょうか?」
「なんじゃ、生田からなんも聞いてなかったんか?」
そう言ったのは私の前に座って焼き肉定食を黙々と食べていた仁王さんだ。
そう言われてちらりとジャッカルさんの隣にいる生田さんを見れば「わり」と全然申し訳なさそうな様子もなく謝ってきた。
「名前が卵焼きくれるんなら教えてあげるよ」
お前、私の卵焼きにどんだけ執着心持ってるんだよ。
と思ったが、私は幸村さんほど卵焼きに執着があるわけでもないので、幸村さんにあげることにした。
「どうぞ」
そう言って幸村さんに卵焼きを差し出せば、幸村さんは「ありがとう。じゃあ俺はたくあんをあげるよ」と言って、自分のたのんだ昼食に付いていたのだろう、そのたくあんを私のお弁当箱の卵焼きが詰まっていた場所に入れた。
まあ、彩り的に言えば元通りだ。
「ありがとうございます」
とりあえずそうお礼を言えば「ううん。遠慮しないで」と幸村さんは言って、もう1つの卵焼きも食べてしまった。
「あ、ブン太が名前に惚れちゃったんだって。だから名前をもっと知りたいって言うブン太のために、名前をお昼に誘ったんだ」
そう思い出したかのように言った幸村さんは、丸井さんに「ね、ブン太」と言った。
それで丸井さんの方を見れば、丸井さんはこれでもかというほど顔を赤くさせていた。
うん、丸井さんもお年頃だ。たとえそれが事実で無くとも、本人を目の前にしてそんなことを言われるのは大変恥ずかしいだろう。
しかし、分からないのは真田さんだ。
彼は持っていた箸を落とし、それは酷く狼狽えた様子で「それは本当か、丸井」と言った。
話題にされた当人が狼狽えたりするのなら分かるが、話題にすら上がっていない彼がなぜ狼狽えるのか。
まあ、彼らしいと言えばそれまでだが、ここは「たるんどる」の一言でも言ってこそ彼らしいのではないか。
でもまあ、別にどうでも良いやと思い直し、何となくテーブルの下を覗けば、真田さんの箸が転がっていた。
「んなわけねーだろぃ!
幸村君もいつまでそのネタ引っ張ってるんだよぃ!」
恥ずかし気にそう言った丸井さんの相手はテニス部の方に任せて、テーブルの下に落ちた箸を拾うためにテーブルの下に潜れば、「どうしたんじゃ?」と仁王さんが身を屈めて、テーブルの下を覗き見ながら言った。
「箸です」
そう言って仁王さんに見える用に差し出せば、興味を無くしたのか「ふぅん」と言ってまた元に戻った。
明るい所に真田さんの箸を持って出れば、彼の箸には埃が付いていて、ちらりと真田さんのお弁当を見れば、まだずいぶんと残っている。
この箸で残りのお弁当を食べるわけにもいかないだろと思い、一旦真田さんの箸をテーブルに置き、カバンの中を探せば、あった。
それは、箸を忘れた時用にとカバンの中に常備している、ケース入りのフォークだ。
イチゴ柄のそれは真田さんに恐ろしく似合わない一品だが、わざわざ食堂の箸を取りに行くのも面倒で、それを真田さんの箸と一緒に「良かったら使いますか?」と言って差し出した。
やはり彼も流石にこれを使うのにはためらいがあるらしく、私とそのフォークを見比べた後「有り難く使わせてもらおう」と言って箸とフォークを受け取った。
「…ぶっ」
その音に横を向けば、今度は別の意味で顔を赤くさせた丸井さんが肩を揺らして笑っていた。
「おっ…お前それはねーだろぃ」
「でも、埃の付いた箸を使わせるわけにもいきませんし」
「だからって…」
丸井さんはそこまで言うと、真田さんをちらりと見て、また噴き出した。
まあ、確かに柄がピンク色の小さなフォークを使ってお弁当を食べる真田さんは、似合っていないが、そんな吹き出すほどのものでもない。
やはり10代のノリには着いていけないな。と思いつつ、残りのお弁当を食べ始めれば、柳さんと目が合った。
普段目を瞑っていて、なおかつ糸目の彼と目が合うと言うのもなかなか奇妙で、気のせいと言うことにして、昨日の晩御飯の残りのほうれん草の胡麻和えを口に入れた。
「苗字の弁当は誰が作っているのだ?その量で足りるのか?なぜフォークを持っていた」
どうやら目が合ったと思ったのは気のせいではなかったらしい。
矢継ぎ早にされた質問にどれから答えようかと考えていると、「苗字さん、マジでそれだけで足りるんッスか?」と丸井さんの隣に座っていた切原さんが、こちらに身を乗り出すようにしてそう尋ねた。
そう尋ねられて私のお弁当箱を見たが、大きさも量もいたって普通だ。まあ、育ち盛りの男の子で、運動部である彼らからしてみれば当然の疑問かも知れない。
「足りますよ」
私がそう言えば「でも、いっぱい食べないとデカくなれないッスよ」と切原さんが言った。
「そうだよ名前。いっぱい食べないと大きくなれないよ」
人のお弁当をいつも勝手に食べるあなたが言いますか。
そう幸村さんにツッコミを入れそうになったのを何とか抑え、「別に大きくなれなくても良いですよ」と答えれば、「そうじゃのう。女の子は小さい方が可愛いぜよ」と仁王さんは言い、私の頭をポンポンと叩いた。
普通ならここは喜ぶところなのだろう。
その証拠に周りで超音波にも似た「キャー」と言う叫び声が上がった。
しかし私は何だか微妙な気分だ。
何せ私は精神的に言えば、彼より10歳近く年が上なのだ。
そんな私が10歳近くも年下の彼に頭を撫でられるのは、屈辱的であり、嬉しくもあり、少し気恥ずかしい。
取りあえず「そうですか」と言って軽く流せば、仁王さんが「つれんのう」と言ってむくれて見せた。
他の中学生達に比べれば大人っぽい仁王さんだが、そのむくれた表情は中学生らしく凄く可愛いくてその頭を撫でくり回したくなった。
「可愛いですね」
と思わず漏らせば、仁王さんは一瞬驚いた表情になり「そんなん言われても嬉しくなか」と言ってそっぽを向いた。
こう言った言葉を流せなずムキになる辺り、ああ、彼もお年頃なんだなー。と思うと、微笑ましい気持ちになった。
「それで苗字、俺の質問なんだが」
そう言った柳さんをみれば、私のデータを取ってどうするつもりなのか、もう食べ終わったらしいお弁当をテーブルの端に置き、ノートを広げ書く準備は万端だ。
「ああ、すみません。
えーっと、フォークは箸を忘れた時用のものです。お弁当は自分で作ってます」
その答えに素早く食いついたのが隣に座っていた丸井さんと、丸井さんの隣に座っている切原さんだ。
柳さんはさっき私が言ったことをノートに書き上げたのか、大変満足そうだ。
「苗字さん、料理とかできたんッスね」
「だな。なんか料理とかあんま出来なさそうな感じなのにな」
私はそんなに不器用そうに見えるのだろか。
「2人共失礼ですね。
私だってそれなりのものなら作れますよ」
「そっかー。名前は自分でお弁当作るのかぁ」
そう感心したように言った幸村さんは「俺のも作って」とにこやかな笑みを浮かべて言った。
私はそれに笑顔で「お断りします」と答え、幸村さんのくれたたくあんを口に放り込んだ。