幸村と生田の昼休み
幸村と生田の昼休み
昼休みに図書室によく行く名前は、いつもなら授業開始のチャイムが鳴る本当にギリギリに教室に戻るのに、今日は5分前のチャイムで教室に戻って来た。
生田が「早かったな」なんて言うと苗字は「はい」と応えて生田ににっこりと笑みを浮かべた。
その名前の笑顔はいつもの名前の笑顔と違っていて、なんだかちょっと威圧感がある。
それに生田も気付いたようで、名前に笑顔を向けられた生田は頭に疑問を浮かべながらも、苗字ににっこりと笑みを返した。
「で?生田さん。私に何か言うことはありませんか?」
「言うこと?あ、あー…。美術館の無料招待券を親父からもらったんだけど、今週の日曜日に一緒に行かねえか?」
「行きます。でも、私の言いたい事はそうではありません」
しばらく苗字と生田との間で笑顔で無言のやりとりをしていたかと思うと、名前が突然そう切り出した。
しかし、生田の答えは名前の求めていたものとは違うらしく、名前は更に笑みを深くしてそう言った。
ちなみにに今週の日曜日は部活だ。生田は部活をサボるつもりだろうか?
「名前に何かしたの?」
生田に近づき、こっそりとそう尋ねれば、生田は困惑した様子で「いや、分かんねえ」と答えた。
すると名前は生田の頬を摘むと「口は災いの元と言いますが、あまりお喋りが過ぎるとその口を縫いつけますよ」と言った。
顔は相変わらず笑顔のままで、多分そんなに怒っていないんだろうけど、表情とさらりと言った言葉のギャップが怖い。
「名前…、生田が痛そうだから放してあげなよ。ね?」
「ひょうだ。はなへ」
名前は相変わらずの笑顔のまま「幸村さんの頼みなら仕方がありません。放してあげますよ」と言って、生田の頬から手を放した。
名前の俺の頼みならって言う台詞に嬉しくなって、思わず顔がにやけそうになった。
「で?何なんだよ」
「柳生さんから聞いたんですけど」
そこで、俺と生田の頭に疑問が浮かんだ。
確か名前と柳生は知り合いですらなかったはずだ。
その名前が柳生から話を聞いたと言う。
いつの間に仲良くなったんだろうか。
「お前柳生とも友達だったけ?」
「さっき、知り合いになりました。そんな事より、昨日の私の醜態を部活中に大声で言いふらしていたそうですね」
名前がにっこりと笑みを浮かべてそう言うと、生田は明らかにばつの悪そうな表情をした。
確かに昨日の部活中に生田は大声で名前が階段を踏み外して転けてスネを打ったのを大声で大笑いしながら話していた。
ついでに言えばそれはジェスチャー付きで、そのジェスチャーがあまりにもその時の名前にそっくりで、思わず俺まで笑ってしまったのは話さないでいよう。
生田は辺りに彷徨わせていた視線をまた名前に向けると、「え、あー…ワリ」と言ってへらりと笑ってみせた。
それは全然悪いと思っているふうには見えない。
これは生田の癖のようなもので、どんなに申し訳ないと思って謝っても、このへらりと笑いながら謝る癖のせいで、ちゃんと謝っているように受け取ってもらえないことが多い。
なかなか損な癖だと思う。
名前も生田の癖を知っているらしく、ため息を1つつくと「分かればいいんです」と言った。
「そう言えば、その手の中にある本は?」
俺がそう尋ねれば、名前は手に持っている本に目をやり「ああ、これですか?」と言った。
名前は本を机の上に置き、「血塗られた世界地図です」と言った。
「へぇ。面白そうだね」
「お前、また変な本を…」
俺達はそう言うと、名前が机の上に置いた本をパラパラとめくった。
名前は特に読む本にこだわりはないらしく、とりあえず気になったタイトルの本を読んでいる。
前に一度、その本は面白いかと聞いたら、『面白くはありません。でも、決して面白くないと言うわけでもありません』となんだかよく分からない答えが返ってきた。
パラパラとめくってみたけど、特にこれといって残酷なイラストは無いようだった。
ちょっと残念だ。
「そう言えば生田。今度の日曜日は部活だけど、サボるつもりじゃないよね?」
俺が興味をなくした本を自分の方に引き寄せ、その本を読み出した生田にそう言えば、生田はあからさまに肩をびくりと震わせ、読んでいた本から目だけを覗かせた。
女の子がすれば可愛いその動作も、男がやるとちっとも可愛くない。
「そうなんですか?それは残念ですね」
名前はそう言うと生田に手を差し出した。
生田はその手を見て名前に本を返したのだが、どうやら名前の言いたい事は違うらしく、返ってきた本を机の脇に移動させると、また手を差し出した。
「え、うん。何この手」
生田は名前の差し出した手の意味が分からず、そう尋ねながら自分の手を名前の差し出した手に乗せようとしていた。
だけどその手を名前はすっと避けると、「いえ、生田さんは美術館に行けない様なので、変わりに美術部の後輩を誘って一緒に行こうかと思いまして」と言った
「お前なぁ」
生田はそう言って俯いたかと思うと、ガバリと頭を上げ、名前の頬を摘まんだ。
「ふざけるのもたいがいにしろよ?」
「すひはへん。冗談です」
「冗談?半分本気だっただろ?」
「……まあ、はい」
「いい加減に放してやりなよ。じゃないと生田の部活の練習メニューだけ10倍にするよ」
俺がそう言うと、生田は名前の頬からぱっと手を離すと「10倍!?俺を殺す気か!」と言って顔を青くさせた。
テニス部の練習メニューは、各々の体力の限界ギリギリまでいくように組まれているため、10倍なんてやったら、もしかしたら本当に死んでしうかも知れないのだ。
だけどそれを知らない名前には、ただ生田が大袈裟に言っているようにしか見えないため「死ぬなんて大袈裟ですね」と呆れた様に言うだけだ。
「お前は知らねえからそんなことが言えるんだよ!
毎日毎日、体力の限界までテニスの練習するんだぜ?それの10倍って言ったらもう…」
生田がそう言って頭を抱えてみせたが、名前は全く興味がないらしく「へぇ」と答えただけだった。
ちょうどその時、教室のドアが開き、次の授業の教科担任が入って来たために、結局美術館の話はどうなったのかよくわからないまま打ち切られてしまった。