彼女と跡部のファーストコンタクト


彼女と僕等の日常
彼女と跡部のファーストコンタクト




どうやらあの時の忠告がずいぶん効いたらしく、あの一件以来特にこれといってなにもされることなく平和な学園生活を送っている。

時々赤也さんからメールが来たり、幸村さんから電話がかかってきたり、丸井さんからケーキバイキングのお誘いがあったりした以外はおおむね平和な生活を送れているのではないかと思う。

学生らしく海原際に向けての準備を進めたりしてなかなかの青春っぷりではないだろうか?

しかし7月半ばの今は夏休みに突入したためその青春活動もしばし休息中だ。

去年の自堕落な夏休みにとは違い、今年は学校の美術室に通いお絵描きにいそしんでいる。

たまたま高校の美術部にお邪魔したときに、先輩方が描いているのを見て面白そうだと思って挑戦してみたら、予想外に楽しくてうっかり 油絵にハマってしまったのだ。

しかし、油絵の道具は絵の具だけでもなかなかよろしいお値段のするものばかりで、加えてオイルやら筆を洗う液やらが凄く臭いのだ。家で描いてれば匂いで聖也さんから苦情が来ることは必須である。

もともと油絵の道具も持っていなかったため、ちょうどいいやと思い、学校の備品を使って描かせてもらっている状態だ。

ミンミンと鳴く蝉の声と部活のかけ声の合間にパコンパコンとテニスで球を打ち合う音や野球部が球を打つ音、他の運動部が使っているのだろう笛の音に混じって、ドコンバコンと時々重低音が混ざっている。

以前いた世界ではまず聞くことのなかったその音を聞いて、あ、今日もテニス部は元気だなと思う。

空調設備が完備された校舎ではあるが、節電のため、と言う理由で冷房を入れさせてもらえないので、開け放った美術室の窓から入ってくる風が肌に気持ちいい。

一段落した絵を少し離れた場所から見てバランスを見てみる。なかなかいい感じに仕上がってきていると自画自賛し一息入れることにした。





喉の渇きを潤すため、持参してきたお茶を飲むがアイスが無性に食べたくなり、大学側にある購買に買いにくことにした。

中学と高校の校舎の側にある購買は校舎内にあるため、基本的に夏休みにや春休みなど学校が休みだと同じように休みになるのだ。

一応美術室の鍵を閉め、上履きから外靴に履き替え日傘をさして購買に向かう。じりじりと照る夏の日差しを避け、なるべく日陰を歩いていると、今日は他校生の姿がちらほらと目につくことに気付いた。

設備が何かと整っている学校なので、他の学校が練習試合に来てるんだろう。
それくらいに考えて大学側にある購買でアイスを買い、美術室に戻る途中で早速買ったばかりのアイスを口にくわえ、冷たさとその甘味を堪能していると、なんだかあまり目に入れたくない後ろ姿が見えて思わず歩みが止まる。

後ろ姿だし。
他校だし。
会ったことないし。
見間違いかもしれないし。

なんとかその可能性を否定しようとするが、その後ろ姿からもわかるほど溢れるブルジョアなオーラ、横にはフェアリーと名高い図体のデカイ少年が1人。

よし、ここは近付かない、視界に入らないに限る。

そう思った私はくるりと向きを変え、少し遠回りになる道を行くことにした。

「おい、そこのメス猫」

誰かが彼に呼び止められていた。メス猫と例えられるほど可愛くないと自負しているため、これは私に話しかけられたのではないと判断して、そのまま歩き続けることにする。

心の中で声をかけられた女生徒にエールを送っていると、パチンと背後から高らかな音が鳴り響き、次いで「ウス」と短く低い声が聞こえたかと思うと、目の前に壁が現れた。

「この俺様を無視するとはいい度胸じゃねーか。アーン?」

目の前に見える見慣れない制服に、まさかそんなことがあるはずかないと自分に言い聞かせ、日傘で隠れてしまっている部分を見るために傘をずらし見上げれば、青い空をバックに無感動な顔が私を見下ろしていて。
最早確信に変わった嫌な予感だが、それでももしかしたらという可能性を信じて振り向けば、綺麗なお顔をした人物が優雅にこちらに向かって歩いてきていた。

どうやら声をかけられた女生徒は私だったらしい。




優雅に私に近づいてきた彼は前髪をかきあげ、風下にいた私にフローラルの香りをふりまいてくださった。

「俺様は、氷帝学園中等部2年、テニス部部長の跡部景吾。氷帝のキングだ」

「はあ、そうですか」

突然自己紹介を始め、自らをキングと表した彼に、だからなんだと言いたいのを何とかおさえ気のない返事を返せば、彼は満足気な笑みを浮かべて私を見下ろした。

「俺様の美しさに声も出ねーってか?アーン?


あ、この子ビックリするくらいポジティブだ。

「お前の後ろにいるのが樺地崇弘。氷帝学園中等部1年、テニス部だ」

聞いてもいないことを話す彼をぼんやりと見ていると「で?」と短く問われた。

「は?」

「おいおい、相手が名乗ったら自分も名乗る。常識じゃねーの」

「ウス」

人を小馬鹿にした態度でそう言った彼に少し苛つきながらも、確かにそうだと思った。
たとえそれが自ら望んだ場合じゃなくても。
その相手が、出来れば今後かかわり合いになりたくない人物であったとしても、だ。

「……苗字です」

必要最低限の情報を彼に与えれば、納得してないのか不服そうに鼻から息を吐き出すと、まあ、いい。と小さく呟いた。

「ところで、お前に聞きたいんだが、中学テニス部関東大会の抽選会場の場合を知らねーか?」

どうやら、氷帝のキングは立海で迷子のようだ。
正直ここでそんなことが行われていると知らなかった私が、その会場を知るはずもないが、とりあえず知ったかぶりを決め込むことにする。

早く美術室に帰りたかったし、ブルジョアな空気を惜し気もなく振り撒く彼の側は矢張り一般人の私なんてどうしたって気疲れを起こしてしまうし、かかわり合いになりたくないし、何より暑い。

さっき買ったアイスは2つ分けて食べれるタイプで、1つはもう食べてしまったがもう1つは美術室に戻ってから食べるつもりで残してあるのだ。

溶けてジュースになる前に美術室に戻って残りを食べたい。





その抽選会場がどこなのかさっぱりわからないが、こういうことは大抵体育館でやるのが一般的なはずである。

「そこの道を真っ直ぐ行って、右に行けば着きますよ」

間違ってたらごめんね、と心の中で密かに謝りながら体育館までの道のりを口頭で案内する。

「悪いな助かった」

そう言った彼に対して良心が僅かに痛んだが、たとえ間違えても私の他にも生徒はいるので、その生徒に聞けば問題ないだろう。と思うことにしてやり過ごした。

「いえいえ、こちらこそ最初は無視してしまって申し訳ありませんでした。お役にたてたようで何よりです。それでは、私は急ぎの用があるので失礼します」

「そりゃあ、引き止めちまって悪かったな」

「いえ、気にしないでください」

私は頭を下げると、なるべく気づかれないように早足でその場を立ち去った。

美術室に戻ると残りのアイスを口にくわえ、窓を開け放ち短時間で上がった室内の熱気を外に逃がしていると、窓の外側から顔を覗かせた赤也さんが声をかけてきた。

「休憩ですか?」

「ッス!今日は関東大会の抽選会が視聴覚室であるんすよ」

「どんな強豪校と当たるか楽しみッス。ま、勝つのはウチっすけどね」と嬉しそうに続ける赤也さんの言葉にさっき体育館までの道のりを案内した彼の姿が目に浮かんだ。

案内してしまったものは仕方ないし、最早彼がどこにいるかもわからないので、途中で他の生徒に教えられるか聞くかをしてちゃんと目的の場所に向かっていることを祈るしかない。

遅刻とかしてませんように。

今の私に出来ることと言えば、そう祈ることだけである。




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