跡部とテニスの抽選会
跡部とテニスの抽選会
「どうやらここで間違いないようだな」
「ウッス」
さっきここの女生徒に道を聞いたとき、妙な様子だったため、もしかしたら騙されているのかも知れないと思ったが、初対面の人間にそんな嫌がらせを受ける理由もないため、そのまま案内されたとおりに行けば、『海友会館』と書かれたプレートが貼り付けられた建物の下に『中学男子テニス部関東大会抽選会会場』と書かれた看板が立て掛けられていた。
別に嘘は付いていないようだと、自分の後ろにある体育館で、バスケ部がドリブルをする音を聞きながら思った。
妙と言えば服装も妙だった。
運動教育に熱心なこの学校には珍しく、油絵の具で汚れたエプロンをしていた。
別に他の科目に力を注いでいないというわけではないだろうが、この立海大付属中学校に入学する生徒の多くは、進学時に運動推薦を狙っているため当然のように運動部に所属し、少しでもいい成績を残そうと青春を捧げている。
運動部ではないのならますます自分と女子生徒の間には接点がないが、やはりどう考えてもあの女子生徒の俺様への対応は妙としか言いようがなかった。
氷帝の女生徒であれば俺様が話しかけただけで頬を赤らめ、少しでも俺様の美しい顔を視界に入れようと見つめ、少しでも俺様の印象に残ろうとだらだらと実のない話をして引き止めようとするのが常だ。
しかしその女子生徒は、俺様と目を合わせようとしなかった。会話も手短に切り上げようとしていた節がある。加えて何故か迷惑そうな表情をしていたような気がする。
最初は俺様と話すことに照れているのかと思っていたが、離れてその時の女生徒のことを思い出してみると違和感ばかりが残った。
「フ……フハハハ!」
妙な奴だが面白い。
妙な高揚感に包まれて込み上げてくる笑いを押さえられず抽選会場の扉を開ければ、各校のテニス部部長が揃ってこちらに視線を注いできた。
「よう、愚民共、待たせたな。アーン」
「遅刻だよ」
俺様の圧倒的かつカッコイイ登場の仕方に大多数の人間が呆然とするなか、とそう言ったのは立海大付属中学テニス部部長の幸村精市だ。
「主役は遅れてくるもんだろ?」
"迷子になっていた"と言うのが恥ずかしくてそう言えば、幸村はとくに興味も無さそうに「ふぅん」と返事をしただけだった。
「ま、そんなことはどうでも良いからさ、早く引いてよ。丁度氷帝の番だし、待ってる時間が無駄だから。早く部活に戻りたいんだよね」
「はっ!テメーも相当テニスが好きみてーだな。まぁ、そんなに急かすなよ。真の王者とはゆっくりと気品を漂わせて行動するモンだぜ?」
にっこりと微笑む幸村の笑顔に何故か背中に悪寒が走ったが、それに負けじと口を開けば舌打ちをされた。
自分の言葉通りゆっくりと優雅に壇上に上がりくじを引き、それを係員にあずけ適当に空いていた席に腰をかけた。
ぐるりと辺りを見回して出場校の面々を確認していく。
抽選会会場になっている立海大は今年も幸村が部長を勤めるらしく、準決勝まで勝ち進むことは想像に容易い。
青学はまだ手塚の野郎を部長にすえていないらしく、この会場にその姿は見えない。去年の大和とか言う野郎なら少しは歯応えがありそうだったが、今年の青学の部長は骨のなさそうな人物で、年功序列とうるさくやたらと威張り散らすような奴だ。青学はマークするなら来年だろう。
六角は部長が去年副部長を勤めていた人物が今年は部長を努めているようだ。副部長には佐伯という奴がついている。"オジイ"という人物が特殊なラケットを作っているということだが、それを使いこなしているのは副部長の佐伯の学年だという情報だ。やはりマークするなら来年だろう。
他にも緑山、不動峰、山吹、銀華、糸車、香澄第四、掟、大南、教陽、名士狩学園、城成湘南、相原第一、大口南と順番に目を通して行くが、手応えのありそうな学校は見当たらず、強いて言えば関東大会の常連校の大口南と毎年後一歩のところで全国大会入りを逃す掟くらいだ。
あとは堅実なダブルスで名を馳せる山吹くらいだろう。
しかしそれも氷帝のダブルスに敵うとは思えない。
「はっ!どいつもこいつも骨のなさそうな奴等ばっかりだと思わねーか?なあ、幸村よ」
「さあ、どうだろうね?どんな相手でもウチは全力で当たるだけだから」
「骨が無いとはつまり、うちの部員達が弱いと?」
そう言って席を立ち上がったのは相原第一テニス部服部長の原田泰だ。
「誰もそんなこと言っちゃいねーよ。
まあ、自覚があるんなら、せいぜい練習に励むんだな」
俺がそう言うと、そいつの視線は前に掲示されているトーナメント表に移動した。
つられてそちらを見れば、ちょうど1回戦が相原第一とあたることになっていた。
「丁度良い。今回のこの試合で君のその高い鼻をへし折ってやろう」
「できるもんならやってみろよ。アーン?」
「ふん!初戦から負けて吠え面かくようなことにならなければ良いな」
ニヤリと笑みを作り更に言い返そうと口を開きかけた時
「そこ、問題を起こすようなら出場停止にしますよ」
と係員に釘をさされた。
「だとよ。テメーも早く席についた方がいいんじゃねーの?」
原田はまだ言い足りないとでも言いたげに悔しそうにしていたが、隣にいた副部長の菊地になだめられ席についた。
関東大会のトーナメント表が全て埋まり、それをプリントアウトした紙を渡された後に解散となった。
腕時計を見れば、丁度昼の12時をさしており、ついでにこの近くのレストランで何か食べてから帰ろうと思案していると、開け放たれた出入り口からどさりと何かが倒れる音が聞こえた。
暑さで誰かが倒れたのかと思い様子を伺いに行けば、案の定男子生徒の誰かが誰かを押し倒すような格好で倒れていて、少し離れた所に、さっき道案内をしてくれた女子生徒がさしていた日傘が転がっていた。
「……おい」
大丈夫か。そう声をかけようとしたタイミングで、倒れていた男子生徒が突然体を起こした。
体を起こしたことで倒れた人物が六角の佐伯だとわかり首を傾げた。もうすでに切られてはいるが、抽選会場になっていたこの建物はさっきまで冷房が効いていていたのだ。
暑さで倒れるのは少し考えづらい。
では、倒れそうになった生徒を庇おうとして一緒にたおれたのだろうかとも思ったが、どう見ても押し倒したようにしか見えず、益々首を傾げた。
「……あれ?名前?」
倒れたときに打ち付けたのか、腰の部分を押さえながら起き上がった生徒の顔を見た幸村がそう呟くのが聞こえた。
「名前でしょ?苗字名前、でしょ?」
確信に満ちた声で佐伯はそう言うと同時にその生徒の肩を掴んだ。お互いの顔の距離が随分近いが佐伯にそれを気にした様子はない。
「ええ、そうです。
あの、重いし、暑いし、近いし、爽やかがまぶしいので離れていただけると嬉しいのですが」
最後のは意味がわからなかったが、苗字名前と呼ばれた生徒が佐伯の顔を迷惑そうに押し退けたことで、押し倒された生徒の顔を確認することができた。
「……テメーはさっきの」
佐伯に押し倒され迫られていた生徒は、先ほど道案内してくれた女子生徒のようだ。
県も学校も違う、ましてや部活での共通点もなさそうな二人に一体どんな共通点があるのかと考えていると、女子生徒と目が合い、明らかにその表情が歪んだ。
おい、俺様の美しい顔を見て表情を歪めるとはどういうことだ。
「あれ?もしかして覚えてない?俺だよ。佐伯虎次郎。短い間だったけどさ、六年生の時同じクラスで仲良くしてただろ?」
「あ、佐伯さんでしたか。通りでどこかで見たことある顔だと思いました。お久しぶりです、元気にしていたようですね。いい加減私の上から退いてもらえますか?」
「二人とも知り合いなの?」
「おい、俺様の顔を見て表情を歪めるとは、もしかして目が腐ってんじゃねーのか?」
「貴様ら!!講習の面前でな…に…を……!苗字!何をしている!」
恐らく幸村を呼びに来たのであろう真田が、佐伯が押し倒している人物を確認すると、突然慌てた様子になりそう叫び、後ろには何故かニヤニヤと笑みを浮かべた仁王と丸井がいて、その横では興味深そうに柳が二人を見ていた。
後から来たジャッカルと柳生に助け起こされた苗字という人物は、べったりと引っ付いて離れない佐伯を相変わらず迷惑そうな表情で押し退けている。
何故か誰も言葉を発しようとせず、ミンミンと蝉の鳴き声が耳に響くこと数秒。
突然幸村が音を立てて手を合わせた。
「とりあえず、お昼にしよっか。俺、お腹空いちゃった」
そう言った幸村はなぜかイライラしているように見えた。