彼女と彼等と立海
彼女と僕等の日常
彼女と彼等と立海







本当は立海に通うつもりはなかったのだが、私がどこかの公立の中学にでも通おうと呑気に構えていると、こちらの世界のお兄様である聖也さんが立海を受験して受かれ。と突然言い出した。
しかも、受からなければ晴海さんの作るお菓子は全部自分が食べるとまで言い出したのだ。

晴海さんの作るお菓子は非常に美味しい。
その晴海さんの作るお菓子はいつも私達兄妹のおやつになるのだが、うっかり晴海さんが奇数個お菓子を作ってしまえば、食べる側である私達兄妹の間でじゃんけんと言う熾烈な戦いが繰り広げられる。

譲り合いの精神も自分の方が精神的に年上と言う事実もこのときばかりはどこかに置き忘れてしまうのだ。

それくらい晴海さんの作るお菓子は美味しい。
そのお菓子を食べられなくなってしまうのは一大事だ。と言うことで私はいまだかつてこんなにやる気に溢れた事があっただろうか?と言うくらい勉強にいそしんだ。

そして無事合格でき聖也さんのおやつの独占を阻止できたわけだが、よくよく考えてみれば私の実年齢は22才で中学1年生くらいの問題なら楽々と解けてしまう。
ついでに言えば、晴海さんがおやつの独占を許すはずがないのだ。

そんな事に気付いたのは入試を終えた後で、ああ、しまった!まんまと聖也さんにはめられた!なんて思った頃には、聖也さんが私を小馬鹿にした様なしてやったりみたいなよく分からない顔をしていた。





入学してから数日後に、興味本位で訪れたテニスコートには当然のことながら幸村さんや真田さん、柳さんなど将来立海のテニス部を背負う面々がいて、矢張り当然のことながらテニスに打ち込んでいた。

練習の合間に見られる笑顔や少し拗ねた表情など、そのあまりの可愛らしさに私のハートは見事鷲掴みにされた。

矢張り彼等も昔はエンジェルだった。

どんな会話をしているのだろうかと私の妄想は膨らみまくりだ。

しかし同時に将来の彼等の姿を思い出してしまい、六角の時と同様に私は目頭を熱くさせた。

特に真田さんは残念すぎる。
あのやんちゃ系少年が後1年もすれば、大人顔負けの威厳と風格をたたえ、もう直ぐ40代に手が届こうかという見た目に変貌をとげてしまうのだ。
本当に残念だ。

テニスコートを木の影から眺めて1人百面相をしている私を不振に思わない人などいないはずもなく、うっかりテニス部の人に見つかってしまったわけだが、その時に声をかけてきたのが唯一の友人である生田さんだ。

何でも、休憩中に水飲み場で水を飲んだ帰りに、変で不信な後ろ姿が見えたから声をかけたのだそうだ。

変な上に不信な後ろ姿とは、随分な言いようだ。

まあ、それで声をかけたら同じクラスの女子だったと言うわけだが、残念ながら私の方は生田さんを全く覚えていなかったために「初めまして」と挨拶をしてしまったのだ。

それから2、3言葉を交わし、意外と馬が合うことが分かり、生田さんと私は友達になった。
立海で初めての友達が出来た瞬間だった。

他のテニス部の奴等にも紹介してやるよ。なんて言う生田さんの申し出を私は丁重に断ったのだが、次の日に同じクラスだからと言う理由で桑原さんを紹介された。

彼は1年の時からもう既に丸坊主で後ろ姿が煮卵のようだった。

それを生田さんに言うと彼は腹を抱えて笑った後に桑原さんに報告しに行こうとするものだから、本気で焦った。


桑原さんは1年の時から既に苦労人だったようで、事ある毎に私や生田さんに、丸井さんにまたお菓子を奪われただの、仁王さんの悪戯の巻き添えを食って真田さんからビンタをされただの、色々な愚痴を聞かされた。

主に桑原さんの愚痴の原因となるのは丸井さんと仁王さんの2人だけがだが、将来的にはもう1人加わり彼は今よりもっと理不尽な目を味わうことになるだ。

彼の胃に穴が開くのもそう遠くない未来かも知れない。

そう考えるとちょっとしょっぱい気持ちになった。

その桑原さんと私は同じ図書委員になり、2度目の委員会で「同じテニス部で仲が良いから」と言う理由で柳さんを紹介された。

この頃の柳さんは本当に可愛い。
おかっぱなのも糸目なのも全部が可愛く、言わなければ女の子かと思う程だ。

ただ、私が何か言おうとする度に「〜と苗字は言うだろう」と私がこれから喋ろうとする事を予測して言うのはイラっとした。

今度はその柳さんの繋がりで、たまたま図書室に訪れた真田さんを紹介された。

ちなみに彼の私への第一声は「戦国時代の本はどこにある」だ。

この日図書当番だった私と桑原さんは、カウンターに座って本の貸し出しと返却を受け付けていたのだが、出入り口から真っ直ぐに歩いて来た真田さんはなぜか知り合いの桑原さんにではなく私にそう声をかけてきたのだ。


戦国時代からある本を探しているのか、戦国時代を描いた小説を探しているのか、戦国時代を重点的に調べ上げた資料集を探しているのか、はたまた論文を探しているのか…。

この色々な意味で受け取る事の出来る言葉に私が困っていると、真田さんの後ろからひょっこりと姿を表した柳さんが「弦一郎、お前の探している本はこっちだ」と言って真田さんの襟首を掴んで行ってしまった。

しばらくして戻って来た柳さんは「弦一郎が迷惑をかけたな」と言って謝ってくるものだから私はつい「はい」と答えてしまい、慌ててそんなこと無いですよと言った。


それから柳さんとも、真田さんとも、ちょくちょく話す間柄になった。

なんだ、生田さん以外にも友達がいるじゃないか。
と思うかも知れないが、私にとって、桑原さんは生田さんの友達、柳さんは同じ委員会の人、真田さんは柳さんの友達という認識している上に、テニスの王子様のキャラクターとして見ている部分があるので、友達と言うカテゴリーに分類するのはなかなか難しいのだ。

例えるなら、職場の人間とは友達になれない感じかも知れない。
私だけかも知れないが、どんなに職場の人と仲良くなろうとも一線引いてしまい、心から笑い合う事の出来ない関係。
大人になってから友達を作るのは難しいとよく聞くのはそのせいかも知れない。




いつの間にか始まって、いつの間にか終わっていた夏休みは、朝から晩までほぼ毎日図書に通い詰めて終わった。

いや、ちゃんと家族旅行とかにも行った。場所はなんと沖縄!
海が凄く綺麗だった。

後は、和樹さんと2人で祖父母と両親のお墓参りに広島に行った。
1年目は色々と忙しくて行くことが出来なかったのだ。

そのお墓を見たとき、今まで少し浮ついていた気持ちが沈んでいき、トリップしたなんて言う非現実的な現実を受け入れてきたつもりでいたけど、実は全然受け入れられていなくて、私ってなんなんだろう?なんて思春期の青少年のような事を考えてしまった。

和樹さんが「泣いても良いんだよ」なんて言いながら私を自分の方に引き寄せて頭を撫でてくれた。

その頭を撫でる手付きがあまりにも優しくて、泣くつもりなんてなかったのに気が付けば頬を涙が伝っていた。
私はそのまま和樹さんの腕の中で声を殺して泣いた。


まあ、次の日には、私は私で他の何者でもないと言うありきたりな結論にいたり、トリップしたと言う事実は少しずつ受け入れていこうと言うことになった。

元々深く考えるのは苦手なのだ。





夏休みが終わってからしばらくして、柳さんと真田さんに廊下で声をかけられたのだが、一夏のうちに一体何があったんだろうか?
と思う程彼等の風貌は様変わりしていた。

時の流れとは本当に残酷だ。
とこの時程思った事はなく、彼等の風貌はそれ程までに変わっていたのだ。
柳さんは脱おかっぱをしており、2人共身長が160p台に突入したと言う。
真田さんはもう既に10代の少年と見るにはなかなか難しい顔立ちになってしまい、どこか風格のようなものまでまとい始めていた。

いくら成長期と言えど、この2人の成長は早すぎると思う。

そんな著しいにもほどがあるだろうと言うほど成長した2人を私が分かる筈もなく、ついうっかり「どちら様ですか?」と聞いてしまった程だ。

私は記憶力があまり良くないため、原作での2人の顔なんて2年も経てば薄ぼんやりとしか思い出せない。

いつもは涼しい顔の柳さんが一瞬目を開き何とも煮え切らない表情で「柳だ」と応え、真田さんは「むっ」と言うとどこから取り出したのか、トレードマークの帽子を被り「真田だ」と答えた。

今はもうそうでもないが、それ以来、真田さんは部活以外でもその帽子を被るようになってしまった。
同じクラスの柳さん曰わく授業中も被っていたらしい。

「先生方がいくら注意しても一向に帽子を被る事を止めないんだ」

と柳さんが言うので「そんなに長時間被っていると、頭が蒸れて直ぐにハゲになりますよ」とついうっかり思った事を口に出してしまい、真田さんに「けしからん!」と怒られてしまった。

その隣では、開眼気味の柳さんがノートに何かを書き込んでいた。

しかしなぜ“けしからん”なのだろうか?
他にも2、3何かを言った気がするのだが、何を言ったのか覚えていないため真田さんが“けしからん”と言った理由は未だによくわからない。

とにかく、それ以降部活と登下校以外で帽子を被る事は少なくなったと柳さんが言っていたので、まあ、良しとしようと思う。



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