ジャッカルと彼女の微妙な関係
ジャッカルと彼女の微妙な関係
今日から中学生だなんて考えると自然と浮き立つ心を必死で押さえて入った教室には、見慣れた顔がちらほらとあり「また同じ学校だなー」なんて言って友達と笑い合った。
どうやらブン太とは別のクラスになったらしく、無駄にたかられることも罪をなすりつけられることも減るだろうと思うとホッとした。
「あれ、誰か分かるか?」
そう言ったのは生田龍一と言う名前の友達で俺の愚痴とかを聞いてくれるなかなか良い奴だ。
龍一が視線を送った先には、1人黙々と本を読み続ける女子がいた。
見た目は普通なのに、あまにりも綺麗な姿勢で本を読むものだから、みんな気後れを感じてそいつに話しかけられないでいるみたいだった。
「いや、知らねえ」
俺がそう答えると、「やっぱりお前もかー」と龍一は言って椅子の背にもたれた。
「何だよ。惚れたか?」
と俺が茶化しながら聞くと龍一は真面目な顔で「いや、まだそこまでは行ってない」と言って今度は机にもたれた。
“まだ”と言うことはこれからそうなる可能性がある。と言うことか。
俺がちらりとそいつを見ると、相変わらず綺麗な姿勢で本を読んでいた。
本の世界に入り込んでいるそいつは、俺達の視線なんか全く気付く様子もない。
気付いていないのを良いことにそいつをジロジロと眺めたけど、やっぱりどう見ても普通の奴にしか見えなくて、龍一がそいつのどこがそんなに気になるのか理解出来そうになかった。
しばらくして教室に入って来た先生は“熊男”というあだ名ががよく似合う雰囲気の先生で、髭のはえた顔なんかはすっげえ熊に似ていた。
先生は俺達を出席番号順に座らせると自己紹介を始めた。
「えー…俺の名前は出雲千早、今日から1年間お前達の担任を勤めることになった。担当教科は科学だから何かわからない事があれば聞きに来ると良い。
それじゃあ、これから点呼を取るので、名前を呼ばれた人は自己紹介をしていけ」
先生はクラスが少しどよめいたのを気にした様子もなく、生徒の名前を呼び始めた。
自己紹介は、先ずは自分の名前を名乗り、次にどこの小学校から来かのか、後は好きなものとか事を言えば良いだけだ。
喋る内容は大したことじゃないのに、やっぱり人前でものを喋るのは緊張しちまって、心臓がすっげえドキドキして口から心臓が飛び出ちまうかと思った程だ。
だからようやく俺の番が回ってきた時には、頭に血が上って何を喋ったかなんて全然覚えてなかった。
俺の自己紹介が終わってしばらくして、ようやくそいつの番が回って来た。
「次ー、苗字名前」
「はい」
初めて聞いたそいつの声はやっぱり普通で、そんなことよりも俺の隣で食い入るように苗字を見ている龍一が気持ち悪くて仕方がなかった。
「苗字名前です。好きなことは……あー…はい、以上です」
そう言って椅子に座った苗字。
イヤイヤ待てよ。
コイツ自己紹介で名前しか言ってねーんだけど!
先生は先生で何で気にした様子もなく進めてるんだよ!
とりあえず、この時アイツについてわかった事は名前と変な奴だってことくらいだ。
やっぱりっつうか、なんつうか。あんなわけのわかんねぇ自己紹介をした苗字に話しかける奴なんているはずもなく、苗字も苗字でそれをとくに気にした様子もなく、相変わらず綺麗な姿勢で本を読み続けている。
かと言っていっつも1人でいるのかと言えばそうでもなくて、クラスの奴らに話しかけられれば普通に受け答えをしてる。
なぜか敬語だけどな。
同い年の奴に敬語で話しかけてる奴なんか他にいねえから、取っつきにくいイメージを持たれっちまってるみたいだった。
それから苗字を龍一から紹介されたのはその数日後で「初めまして」って挨拶されたのには驚いた。
「いや、同じクラスだから毎日会ってるよな」って俺が言えばしばらくの間の後「ああ、そうなんですか?」なんて苗字はすっとぼけた事を言うし、隣では龍一が爆笑していた。
「あーまあ、俺のことはジャッカルって呼んでくれよ。他の奴もそう呼んでるしよ」
俺が半分呆れながら言えば苗字は「はい」と返事をした。
なのに俺の事を苗字は名字で呼んでる。
あれ?俺名前で呼んでくれって言ったよな?
別に呼び方にそれ程こだわりがあるわけじゃねぇから別に気にしねぇけど、“桑原さん”なんて呼ばれるのにあんまり慣れてない俺は、苗字に名前を呼ばれるのがなんかむず痒い。
それ以来、俺の愚痴を聞いてくれるのは苗字と龍一の2人になった。
別に苗字に俺の愚痴を聞かせるつもりはないんだけど、龍一が苗字の隣りにいることが多くて自然とそうなっちまううんだ。
でも、相変わらず本を読んでばっかりの苗字は俺の愚痴なんて全然聞いてないみたいだった。
たまに話しかけても「大変ですね」とか「そうですね」とかすっげぇ適当な返事が返ってくるだけだ。
その日の昼休みは部活の奴らとじゃなく、龍一と苗字と俺の3人で昼飯を食っていた。
丁度弁当も食い終わり、龍一と苗字は俺の存在なんてそっちのけで、何かの本の感想をお互いに言い合っていた。
俺はそんな2人を眺めながら、弁当だけじゃ物足りないと訴える腹に仕方なく、購買にパンでも買いに行こうか考えていたときだった。
「あ、これどうぞ」
苗字が思い出したようにそう言って俺の机の上に置いたのは、1つのマフィン。
それは透明なビニール袋に無造作に入っていて、袋の口は解けやすい様に結んであった。
俺がそのマフィンと苗字を見比べながら頭に疑問符を浮かべていると苗字は「いつもお菓子を取られると言っていたので食べるかと思って持って来たんです」と言った。
苗字は俺の愚痴なんて聞き流していたと思っていたのに、実はちゃんと聞いていて、しかも俺のためにマフィンを用意してくれている。
そのことが嬉しくて、でもびっくりして、ただそのマフィンを見つめていると苗字は「いらないんですか?なら私が食べます」そう言って俺の机の上に置いたマフィンに手をのばした。
苗字の横では龍一が「あ、俺も欲しい」なんて言いながら俺のマフィンに手を伸ばしている。
俺は慌ててマフィンを手に取ると「いや、食べる。苗字ありがとう」と言って袋を開けた。
「晴海さんの作るお菓子は美味しいので味わって食べてくださいね」
マフィンから目を離さずにそう言った苗字の顔がすっげえ名残惜しそうだったけど、気づいていないフリをして一口食べた。
「…あ、美味い」
お世辞とかではなく、本当に美味い。
「はい、晴海さんの作るお菓子は世界1美味しいんです」
そう言って無邪気に笑った苗字に不覚にもときめいてしまい、その後俺は、俺の好きなタイプはグラマーで色白の女だ。と必死に自分に言い聞かせた。
おかげでマフィンの味がわかったのなんて最初だけで、後はただガツガツと食べるので精一杯だった。