柳と真田と彼女の関係


彼女と僕等の日常
柳と真田と彼女の関係





それはいつもの様に昼休みに教室でデータの整理をしているときだった。

図書室に行ってくる。と言う弦一郎に後20分で昼休みが終わることを告げたのが10分前。

その弦一郎が今、なぜが顔を赤くさせ俺の机の横に立っていた。
もう、本を借りて来たのかと思い手元を見るがそこには何もなく、固く握り締められた拳があるだけだ。

「本を借りに行ったんじゃなかったのか?」と俺が問えば、弦一郎は「むっ…!いや、それが…その…」と言うばかりで、その言葉はどうも歯切れが悪い。
おまけに何を思い出しているのか、顔が更に赤くなりだした。

とりあえず、開いていたノートを閉じ、弦一郎の話を聞く体制に入れば「お…俺がおかしい!」と突然わけのわからない事を言い出した。

「今更だろう。とりあえず落ち着け」

俺がそう言えば、弦一郎は分かったと言い深呼吸をした。

そして話し出した弦一郎の話をまとめるとこういう事だった。

図書室に着いた弦一郎がふとカウンターの方を見ると、たいそう綺麗な姿勢で本を読む1人の女子生徒が目に入ったらしい。
その女子生徒を見た途端に弦一郎の心臓は跳ね上がり、そのままその女子生徒を見続けていると鼓動は治まるどころか更に激しくなり、どうして良いか分からずそのまま走って教室まで戻って来たということだ。

どうやらこの友人は恋に落ちてしまったらしい。

こう言った事にとことん疎い弦一郎は、何かの病だろうかと本気で心配している。



否定するのも面倒で「ああ、そうかも知れないな」と俺が答えれば「やっぱりか!」と弦一郎は言って、今度はどこの病院に行こうか悩んでいた。

そんな馬鹿な弦一郎は放っておき、今日の図書当番は誰だったかと思い出して見れば、同じテニス部のジャッカルとそのジャッカルと同じクラスの苗字の顔が浮かんだ。

今日の図書当番はこの2人だけなので、弦一郎が惚れた相手と言うのは苗字のことだろう。

苗字とは同じ図書委員と言う理由でジャッカルから仲良くしてやるようにと言われたのだが、苗字にはそんな気はさらさら無いらしく、俺から話しかけなければ俺と苗字との間に会話は生まれない。

俺も俺で彼女と会話をする気はあまりなく、たまにする会話と言えば委員での話し合いの時ぐらいだ。
その会話も二言三言交わすだけで、会話とすら呼べない様なものばかりだ。

ただ、彼女の周りに流れるゆっくりとした時間の流れや雰囲気は居心地がいい。

未だにどこの病院に行こうか悩んでいる弦一郎が鬱陶しくなり「病は病でも、弦一郎のそれは恋の病だ」と俺が言えば、弦一郎はそんなまさか…。と呟いた後に「たるんどる!」と言って自分の席に戻ってしまった。

自分の席に座り顔を赤くし、体を強ばらせ机をじっと見つめる弦一郎の姿は、正直に言って不気味だ。

きっと弦一郎なりにその感情を受け入れようとしているのだろう。
何事に対しても鬱陶しいくらいに一本気の弦一郎は、その感情を受け入れた次の日には苗字に告白をしに行くのだろう。
いや、もしかしたら色々な段階をすっ飛ばして求婚するかも知れない。

むしろ可能性としてはそちらの方が高い。

そして苗字が断るのも目に見えている。



基本的に言葉をオブラートに包むと言うことが苦手なうえに、弦一郎に並ぶ程鈍い苗字が弦一郎に求婚された場合、まず疑問を投げかけるだろう。

なぜ?と。

それで弦一郎が苗字の事が好きだからだとか何とか答えれば、特に興味の無さそうな返事が返って来た後に散々な言葉を言ってよこすのだろう。

苗字とはそう言う奴だ。

結局答えは貰えずうやむやにされ、とりあえず断られたらしいという事実だけが残り、弦一郎の初恋は儚くも砕け散ってしまうのだ。

鈍感な弦一郎にはそれくらいがちょうど良いかも知れないが、おそらく初恋であろう相手にそこまで言われるのは流石に哀れだと思う。

それに俺も弦一郎程ではないが、苗字は気になる存在でもある。

このままの関係も良いかも知れないが、矢張り俺もジャッカルや生田のように苗字と会話をしたいとも思う。

ここは、弦一郎を利用して苗字との関係を深めておくのも良いかも知れない。

そこで俺は弦一郎の席まで行くと「求婚はするな。先ずは友達から始めろ」と言っておいた。




その翌日には弦一郎が「苗字と友達になるにはどうしたらいいだろうか」と真剣な顔で聞いてきた。
その目の下には隈が出来ていて、一晩中考えていたのだろうと思うと可笑しくて笑いがこみ上げてきてしまった。

何が可笑しいのかと訝しがる弦一郎を無理やり納得させ、とりあえず今週はジャッカルと苗字が図書当番なので、また今日の昼休みにでも苗字に話しかけてみたらどうだろうかと提案しておいた。

すると弦一郎は顔を赤くし「そ…それは少し急すぎはしないだろうか」と言ってきた。

少なくとも、いきなり求婚するよりはましだと思うのだが、異性の友達がいない弦一郎には急すぎたらしい。

「しかし、それでは苗字との関係の発展は到底望めないぞ」

そう俺が言えば弦一郎は、そうかと短く応え自分の席に戻ってしまった。





そして昼休みになり、苗字に話しかけた弦一郎に俺は頭を抱えるしかなかった。

まず声のかけ方が悪い。
「戦国時代の本はどこにある」

あまりにもアバウトすぎて、これでは何の本を紹介すればいいのか分からないではないか。

案の定、苗字は「えーっと」と言って困った表情で弦一郎をみている。

おまけに弦一郎の顔がこれでもかと言うほど赤い。
どう見たって弦一郎が苗字に好意を持っているのがバレてしまう。しかし、流石と言うべきか矢張りと言うべきか、苗字が弦一郎の顔の赤さに気づいた様子はない。

このままでは拉致が開かないので、弦一郎の襟首を引っ張って本棚の影になっているところまで連れて行けば、なぜか得意顔の弦一郎。

「どうだ。なかなか上手く話しかけられただろう」

どこがだ?と聞きたくなったのを必死に押さえ、とりあえず適当に本を探して来いと言って苗字のいるところまで戻れば、苗字はたいそう綺麗な姿勢で本を読んでいた。

彼女のその周りだけ空気がピンと張り詰め、それでいてどこか緩やかな時の流れは、普段の慌ただしさを忘れてしまう心地よさがあった。

それを見て、ああ成る程と妙に納得してしまった。
弦一郎は苗字のこの姿を好きになったのか、と。

「苗字」

と俺が声をかければ、苗字は本から顔を上げ「ああ、柳さん。どうかされましたか?」と言ってへにゃりと笑った。

「弦一郎が迷惑をかけたな」

「はい」特に何も考えていなかったのだろう。苗字は笑顔のままそう答え、しばらく間を開け「あっ!いえ、決して迷惑なんかでは無いですよ。」と慌てた様子でそう言った。

先ほどの神秘的なまでの雰囲気に包まれた苗字も良いが、矢張り俺は、こちらの少し間の抜けた苗字の方が良い。



その後、本を抱えてやってきた弦一郎を苗字に紹介したのだが、矢張り顔を赤くする弦一郎には頭を抱えるしかなかった。

「で、どうだった?実際に苗字と話してみて」

図書室から出てからしばらくして弦一郎にそう尋ねれば「うむ、そうだな。イメージしていたのとは少し違ったが、あれはあれで親しみやすくて良いと思うぞ」と弦一郎は嬉しそうに応えた。





それからと言うもの苗字を見かける度に声をかけるようになり、夏休みが始まる頃には苗字からも俺達に話しかけるようになった。

まあ、話しかけるようになったと言っても挨拶程度だが、以前はそれすらなかったのだから、大した進歩と言えよう。

しかし、苗字の事ばかり考えいられるはずもなく、テニスに励む日々が続き、県大会、関東大会と勝利を納めたのは流石は立海と言うべき所だ。

俺や弦一郎、幸村がいるのだから勝って当然と言えばそれまでだが、矢張り勝つのは嬉しい。
試合に勝つ度に苗字に知らせたいと思うのだが、生憎と俺も弦一郎も苗字の連絡先を知らない。

同じテニス部の生田なら知っているかとも思ったのだが、どうやら生田も知らないらしく報告はいつも試合のあった次の日になっていた。

おめでとうございますと嬉しそうに言う苗字を見る度に、次の試合はいつも気合いが入る。

「そう言えば昨日、生田さんに電話で教えていただいていたんですけど、優勝されたんですよね?おめでとうございます」と言った。

ちょっと待て。
生田は苗字の連絡先を知らないと言ってはいなかっただろうか?
なのに、俺達が勝利を果たしたのを苗字は生田から電話で聞いたと言う。

「生田と連絡を取っていたのか?」

俺がそう苗字に尋ねれば、苗字は「はい、私、携帯を持っていないので、ほとんど家の電話ですけど、試合が終わった後は必ず連絡をくれるんですよ」と答えた。

その日の部活で生田の練習メニューを普段の倍にしたのは言うまでもないだろう。





そして夏休みに入った訳だが、夏休みの間に行われた全国大会では、矢張り当然のごとく勝利を納め、結局苗字には一度も会う事なく夏休みは終わった

夏休みが終わってから4日程たっち、1学期以来姿を見なかった苗字に久しぶりだなと声をかければ、困惑した表情で「どちら様ですか?」と聞いてきた。

クラスメイト達にも最初誰か分からなかったと言われたが、まさか苗字もそうなのだろうか?
まさか存在を忘れられたのだろうか?
苗字なら有り得ない話しでも無いと思える辺りが空恐ろしい。

不安になりながら「柳だ」と俺が答えれば、弦一郎はなぜか帽子を被りながら「真田だ」と答えた。

「えっ!
あ!…すみません!お2人共ほんの1ヶ月ちょっとの間に随分と成長されていらっしゃったので全然分かりませんでした」

そう言った苗字に忘れられていなかったようだとホッと胸をなで下ろした。







そして、その日以来なぜか弦一郎がずっと帽子を被るようになってしまった。
授業中も被り続けているのには呆れるしかない。

なぜだ?と聞いてみても弦一郎は何も答えないが、察するに、苗字に自分だと気付いてもらえなかったのがよほどショックだったのだろう。

いくら鈍い弦一郎でも矢張り10代。傷つきやすく多感なお年頃、というやつなのだ。

弦一郎がずっと帽子を被り続けていることを苗字に言えば「そんなに長時間被っていると、頭が蒸れて直ぐにハゲになりますよ」とけろりとした表情で苗字は言い、驚き固まっている俺と弦一郎を気にした風もなく「それに、真田さんは髪の毛がとても綺麗なので、それが帽子で隠れて見れなくなってしまうのは残念です」と更に言った。

「実は私、髪フェチなんです」とぼそりと苗字が呟いたのは聞こえないフリをした。




そこで、ちらりと弦一郎の方を見れば、これでもかと言うほど顔が赤い。
元々弦一郎は苗字と話す時には顔を赤くさせるが、それでもほんのりと色づく程度だ。
だが、今はその比ではないほどに顔を真っ赤にさせている。

これには流石の苗字も気付いたのか「真田さん、顔が赤いようですが大丈夫ですか?」と聞いて来た。

我にかえった弦一郎は一言「けしからん!」と叫ぶと足早に教室の方に戻って行った。

その時に、帽子を取った弦一郎を見て、何て単純な奴だろうと思ったのは言うまでもない。

苗字と言えば、きょとんとした表情で弦一郎の背中を見つめ「風邪でしょうか?」と呟いた。

ああ、矢張り苗字は鈍い。





それから海原際、体育祭と続き、苗字との関係は相変わらずのまま気付けば1年が終わり、俺達は2年になった。

苗字と同じクラスになれるだろうかという淡い期待も見事裏切られ、またもや弦一郎と同じクラスになってしまった。

幸村が苗字と同じクラスになり、その1週間後に幸村から「面白い子を見つけたんだ」と言われ、頭に苗字の姿が浮かんだ。

が、それを直ぐに打ち消し「そうか」と俺が答えれば、幸村は「うん」と嬉しそうに言った。


それから数日後だった。



幸村と苗字が付き合っているという噂が流れたのは。





- 7 -
*前次#
ページ:
うぇるかむ