幸村と彼女の関わり
 
 
 
彼女と僕等の日常
幸村と彼女の関わり





初めて彼女を知ったのは生田とジャッカルの会話からだった。

「苗字のくれたマフィンがマジで美味くってよ」なんて話している生田とジャッカルの会話が耳に入ったけど、その時は誰がジャッカルにマフィンをプレゼントしたかって言うのよりも、ジャッカルがプレゼントを貰ったって言うのが気になった。

だってジャッカルだよ?
ジャッカルのくせにプレゼントを貰うなんて生意気だよね。

うん、だから変わりに俺がジャッカルの残りのマフィンを食べてやろうかと思ったのに、1個しか貰ってなかったんだって。

なんかちょっとイラっときたから、その日のジャッカルの練習メニューは3倍にしてやった。

それから数ヶ月たって、関東大を優勝した日に柳が生田に「苗字の連絡先を教えて欲しい」と言っているのを聞いた。

苗字…?なんか聞いたことある名前だなー、柳の友達かな?って思う程度でやっぱり気にも止めず、俺は部のみんなに「それじゃあまた明日学校でね」なんて言ってそのまま家に帰ったんだ。

それで夏休みが開けて直ぐ、真田が部活以外でもあの帽子を被るようになった。

何があったのか真田に聞いても教えてくれないから、柳に聞けば「ああ、ちょっとな」と言って苦笑いを浮かべるだけで、何が真田をああさせたのかちっとも教えてくれなかった。

真田が帽子をずっと被るのを止めた理由を聞いてもやっぱりごまかすような言い方でしか答えてくれなくて、結構わからないままだった。

まあ、そのあと生田に聞いたから理由なんて直ぐにわかったけどさ。

とにかく、それで初めて、俺は苗字名前っていう人物を意識するようになったんだ。





 
 

それからというもの自然と名前を目で追う日が続いた。

真田と柳と生田とジャッカルが友達で、見た感じだとその4人以外に友達はいないようだった。
時々図書室で見かけた本を読む姿が凄く綺麗で、でもそれ以外には特に変わった所なんて何もない名前はちょっと大人びた雰囲気をしている。

あの老け顔の真田が名前の前だと年相応に見えるくらいだから、ちょっとどころではないのかも知れない。

柳と生田とジャッカルが女の子と仲良くしているのはそんなに珍しい光景ではないけど、真田が女の子と仲良くしている光景はなかなか珍しい。

そう言った意味でなかなか目の離せない子で、いつか話しかけようと思っていたんだけど、結局話しかけるタイミングがつかめず俺達は2年になった。


昇降口に張り出されたクラス変えの紙を見て、俺と同じクラスに名前の名前を見つけた時には思わず小さくガッツポーズをしてしまった。

これで名前に話しかけるきっかけが出来た。そう思うと嬉しくなった。

でもまぁ、現実はそんなに甘く無いわけで、生田のガードの硬さとあまり人と関わりを持とうとしない名前にどうやって話しかければ良いのか分からないでいた。

そしてそれに拍車をかけるように彼女の自己紹介の適当さと言ったら驚きだ。

だって自己紹介なのに名前だけ言って席に着いちゃうんだよ?

俺なんて女の子達からの文字通り浴びるほどの質問にも、一個一個丁寧に答えたって言うのに。

最終的に先生が止めにはいるまで俺への質問は続いた。

そして、そんな適当にも程がある自己紹介をした名前は案の定先生から「もっと他に言う事はないのか?」って怒られていた。

「はい、特にこれといって」

いっそ清々しいまでにそう言い切った名前に生田は吹き出し、先生は額に青筋を浮かべていた。




 
 
でも、そんな俺にも名前と関わるチャンスが出来た。

それは昼休みの出来事だった。

1年の3学期から急に増え始めた女の子達からの告白。
その日もその告白を受けていたんだけど、今はテニスが恋人の俺には、そういった類のものは受ける気はなく、断る気でいるのだけど、いつも何と言って断れば彼女達が傷つかないでいられるのか分からない。

それが集団で来られると尚更で、おまけに今目の前にいるこの子はもう3回目も俺に告白していて、3回とも俺は断ったはずなのに今またこうして俺を好きだと言ってくる。

その根性には敬服するけど、いい加減鬱陶しいと思っているのも事実で、しかも今回は友達を引き連れての告白。

彼女達は俺を取り囲んで、その子の良いところをペラペラと喋っていて、だけど断る気でいる俺にはそんなこと全く興味もなく、早く教室に戻りたくてたまらない俺は断るタイミングを見計らっていた。

「すみません。そこ、通りたいんですけど」

なんて空気の読めない奴何だろう。なんて考えながら視線を声のした方に向ければ、俺達の立っている階段の数段下にノートを重たそうに抱えた名前がいた。

確かに階段を塞ぐ形で立っている俺達は名前の通行の妨げになっていて、それに気付いて素早く動いたのが俺に告白してきていた子だった。

俺は動く気なんて全くないから相変わらず階段の手すり側で、名前の声に気付い動いた彼女達は階段の壁側。

なんていうか、うん。
いくら空気の読めない名前でも、この間は通り辛いんじゃないかと思う。

そう思って名前の方を見れば、ノートを持ち直してもう階段を登り始めていて、その姿はこの間を通る気満々だった。



 
 
俺の目の前を通り過ぎようとする名前を見ている間に、このしつこい子から逃れる良い案が浮かんだ。

思い立ったが吉日。と言うことで、通り過ぎていく名前の腕を掴めば、彼女が腕に抱えていたノートがバサバサと音を立てて階段の踊場の方まで落ちていった。

あーあ。
なんて思いながら名前を見れば、名前と目が合い、別に悪いなんてこれっぽっちも思っていなかったけど、そんな意味を込めて彼女ににっこり微笑みかけた。

するとどうだろう?
普通女の子ならここで顔を赤らめたり、俯いたりするのに名前は眉間にシワを寄せただけだ。

しかも、もう興味は無いと言わんばかりに、踊場のノートの方に視線を移すとそのノートを拾いに階段を下りようとしている。

慌てて掴んでいた腕を引っ張れば、大した抵抗もなく名前の体は俺の方に倒れ込み、その小さな体は俺の腕の中にすっぽりと収まった。

その時名前の腕に残っていた数冊のノートが落ちていったけど、見なかったふりをして「ごめん。俺、この子と付き合ってるんだ」と彼女達に言った。

「苗字さん、本当なの?」

そう尋ねたのは同じクラスの合田さんで、なぜか俺に告白してきた女子よりもその表情は険しい。

「いいえ」

短く簡潔にそう答えた名前に一瞬目が点になり、去年同じクラスだった中島さんが「本当に?」と名前に尋ねていた。

「はい」
間を置かずにそう答えた名前の肩に置いた手に思わず力が入った。

「ふふふ。
やだなー、名前ったら照れるなよ」
よくカップルがやる「こいつぅー」みたいな感じのを意識しながら、名前の頬をぐりぐりと押して「俺達、ラブラブだよな」と言えば、名前は往生際悪くも「え、あー…」と言ってまた否定しようとしていた。





 
 
空気を読め。俺を助けろ。
そんな意味を込めて、肩に置いた手に力を入れ「ね?」と言って微笑めば、いかにも渋々といった雰囲気で「じゃあ…、はい」と答えた。

“じゃあ”というのが何だか気にくわないけどまあ良しとしよう。

「だからごめん。諦めてくれるかな?」

と俺が言えば、彼女は「…そっか。じゃあ、仕方ないね。でもアタシ諦めないから!」と言って立ち去って行った。

いやいや、諦めて欲しいのになんで更にやる気出してるの?
本当に意味が分からない。

まあとりあえず助かったのは事実だったからお礼を言って名前を解放すれば、名前は短く「いえ」と答えただけでノートを集め出した。

「ねえ」と俺が声をかければ、名前は顔をあげもせずに「何でしょう?」と答えた。

生田や柳と話している所を見ていると、結構愛想の良い子のイメージがあったんだけど違うみたいだ。

つい名前と呼びそうになるのをなんとか押さえて「苗字さんって変わってるね」と言えば、ようやく顔を上げた名前が困ったように笑い「よく言われます」と言った。

普通なら否定するはずの言葉も、彼女とってはよく言われることのようで、気づけば「うん、やっぱり変わってる」と彼女に言っていた。

その言葉に対して、名前は眉間に皺を寄せただけで、とくに何を言うわけでもなく、またノートを集め始めた。

「うわっ!
名前…っと幸村?」

その声に後ろを振り返れば生田が驚いた表情で俺と名前を見比べていた。

「なかなか帰ってこないから何をしてるのかと思えば。手伝ってやるよ。」

苦笑い混じりにそう言った生田に俺はなぜかイラついた。
て言うか、あれ?
何で俺は今苛ついたんだろう?

「幸村もそんな所で突っ立ってないで手伝えよ」

少し混乱していた俺は柄にもなく素直に「ん」と答えてノートを集め始めた。




 
 
「それにしても、派手にぶちまけたな」
生田が感心したようにそう言うと名前は「ああ、ちょっと不慮の事故にあいまして」と曖昧に答えた。

俺が腕を掴んだからだとか、告白の現場に居合わせて巻き込まれたからだとかの原因を言うつもりはどうやら名前にはないらしい。

恐らく名前のこんな解答はいつものことなのだろう。
慣れた様子で「なんだそりゃ」と言って笑った生田が少し羨ましかった。

「よし、これで全部か?」

早々にノートを集め終わった生田が立ち上がってそう言うと「はい、多分」と答えた。

名前が辺りを見回しながらゆっくり立ち上がれば「持ってやるよ。また落とすだろ?」と言って生田は名前の持っていたノートを取り上げた。

「……ありがとうございます」

その2人の姿になぜだか胸がもやもやして、俺が完全に蚊帳の外なのが酷く気にくわない。

「え?俺のも持ってくれるって?悪いね、ありがとう生田。それじゃあ、次の授業に遅れるから」

俺は生田に無理やりノートを押し付け、急いで教室に戻った。

ちゃんと笑えていただろうか?

変に思われなかっただろうか?

教室に戻る間、俺の頭の中はそればかりで。

ああ、本当に一体何だっていうんだろう。




2人は結局、授業に遅れて先生に怒られていた。
仲良さげに教室に入ってきた2人になぜかまた苛立つ自分がいて余計わけが分からなくなった。





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