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苗字ちゃんを船に乗せて1週間がたった。
最初の時に比べると随分と馴染んできたようで、掃除や洗濯をする他のクルーの達と混ざって一生懸命やっているのをよく見る。
随分とおとなしい子らしく、苗字ちゃんはあまり騒いだり喋ったりしない。それは子供の扱い方になれていない俺達にとって手がかからないということなのでありがたいことだが、むしろあまりにも喋らない苗字ちゃんを心配して、こちらからちょっかいをかけてしまっているくらいだ。
マルコや他のクルーの達も可愛がっているようで、時々マルコと手を繋いでペタペタと歩く姿は微笑ましい。
オヤジに挨拶した日に、長すぎるからとマルコが近くにいたハルタとカットした髪の毛は、当初の予定よりも随分と短くなってしまったようで、後ろでどうしようなんて話し合っているマルコとハルタを気遣ってか、スッキリしたと喜ぶ様子を見せていた。
その様子を見て、本人が喜んでいるならとマルコもハルタも胸を撫で下ろしていた。
予定通り次の島に着いた今日は、掃除も洗濯も休んで上陸した島で買い物を済ませ、今は一緒に買い出しにでていた苗字ちゃんとレストランのテラスでお昼を食べている。
どうも肉と魚が好きではないらしく、好きなものを頼みなと言ったにも関わらず、苗字ちゃんが注文したのはフルーツの盛り合わせだった。
一口大にカットされた果物をフォークで口に運ぶ苗字ちゃんを見て思う。好き嫌いは良くない。
ベジタリアンなのかなんなのか知らないが、小さいうちからそれでは栄養が偏るし、体にも良くない。今は元気だが、もし、倒れられでもしたらそれは食事でクルー達の体調管理をしていると言っても過言ではないコックの責任だ。
なんとかその偏食を直そうと色々試みるものの今のところ全て失敗に終わっている。
どうだ美味しそうだろう、とレストランで美味しいと評判らしいステーキ肉を切り分けて小皿に乗せたそれを苗字ちゃんに差し出すと、そのまま押し返されてしまった。
「好き嫌いしてると大きくなれねぇよ?」
フルーツの盛り合わせから俺へ視線を移した苗字ちゃんが首を傾げたあとに頭を左右に振って見せた。
「どうした?」
喋るのを忘れる癖があるらしい苗字ちゃんは、時々こうして首を傾げたり、手が妙な動きをしたりする。そう言うときは大抵が喋ったつもりになっている時なので、今のもそうなんだろうと問えば 「……アレルギーなんです」と短く答えが返ってきた。
「え?」
「お肉やお魚が食べれない体質なんです。言ってませんでしたか?」
「初耳だな」
「そうですか」
それで体に何の影響もないのだろうかと思うものの、世の中には巨人や人魚、小人までいるのだ。そういう一族や体質の人間がいたって何もおかしくはないのかもしれない。
食べ終わってぼんやりと外の景色を眺めている苗字ちゃんを眺めていると、改めて苗字ちゃんについては分からない事が多いなと思う。
良く良く考えてみると船に乗り込んだ理由だってよく分からない。何かの用事があって両親と航海していたが、難破して両親と別れてしまって白ひげの船に乗り込んだらしいのだが、それだってあまり喋らない苗字ちゃんの言葉を繋ぎ合わせて考えた俺達の臆測にすぎない。
そもそもワノ国の出身者なら黒いはずの目も髪の毛も、苗字ちゃんの場合は違う。
髪の毛が白いのは何かそれだけショックな出来事を体験したせいだろうと思うことも出来るが、じゃあ目の色は何故かと問われるとそれも分からない。ハーフという可能性も考えられるが、鎖国状態にあるワノ国に入るには手続きが必要だし、入国出来たとしても外の人間が足を踏み入れる事ができるのはごく一部だ。そう言った理由で外の国の人間が極端に少ないワノ国で、苗字ちゃんがハーフかも知れないという可能は0ではないにしろ低い。
そんなことをつらつらと考えていると、ふと、不穏な空気を纏った視線が自分達に注がれていることに気付いた。
視線は1つではなく、いくつか感じられることから1人ではなく集団のようだ。
他のクルーと一緒の時や1人ならこの視線の相手を確認して、場合によっては伸してしまうこともあるが、丁度お昼時の今は、一緒に下りて買い出しに出たクルー達は各々好きな店で昼食をとっていて、隣には苗字ちゃんがいて、もし人質にでも取られてしまうと圧倒的に不利になる。
おまけにこの島のログはたまるのに4日かかる。島に着いて早々に騒ぎを起こすのは得策ではない。
面倒な事になる前に船に戻った方が良さそうだと思い、さりげなく席を立ち食事の代金をテーブルに置くと、忙しそうな店内に向かって挨拶をして苗字ちゃんと荷物を腕に抱えてそのまま走った。
すると慌てたように建物の影から数人が飛び出して追い掛けてきた。
荷物と苗字ちゃんを抱えて走るのはなかなか体力が必要で、しばらくすると当然のように息が切れ始めた。路地を何度か曲がり物陰に隠れ息を整える。とりあえず撒いたようだが、バタバタと走り回る足音と怒号が聞こえることから見つかるのも時間の問題だろう。
苗字ちゃんを見ると追われる恐怖のせいか青い顔をしている。
苗字ちゃんと荷物を下ろし、ここで大人しくしているように言うと苗字ちゃんは青い顔のままこくりと頷いた。
「大丈夫だ。何にも心配することはねぇよ。あんな奴等ちょちょいっとこのサッチさんが伸してくるから、苗字ちゃんはここに隠れてな。終わったら迎えにくるから」
苗字ちゃんの頭をくしゃりと撫でて、路地から飛び出すと、早速追い掛けて来ていたやつらに見付かった。
おい、いたぞ!
所詮白ひげなんて過去の遺物だ。
クルーもどうせ大したことない。
俺達で伸してやろうぜ。
プツリと俺のなかで何かが切れる音がした。
「おい、手前ぇら、オヤジの悪口を俺の前で言ったってことは白ひげ海賊団に喧嘩売ったってことだぜ。覚悟はできてんだろうな?」
苗字ちゃんへの宣言通りに、喧嘩を売ってきた奴等をボコボコにしてやると、苗字ちゃんを置いて来た路地に向かった。
「苗字ちゃんお待たせー」
そう言いながら顔を覗かせると、なぜか苗字ちゃんの姿はそこにはなく、荷物だけがポツリと取り残されていた。
別の場所に隠れているのかと辺りを探すが姿は見当たらず、さっきの奴等の仲間が他にもいたのかと慌てて引き返してまだ地面に転がっていた奴等に問いただしてみるが、知らないと言われた。
そこでようやく人拐いの可能性に思い至った。白ひげ海賊団に喧嘩を売るようなバカはいるが、治安の良い平和な島にいるとは思わなかったのだ。
急いで船に戻りその事を伝えると、マルコは空から、他のクルー達は島の人達に聞き込みをして探しまわったがどうしてか見つからず、目撃情報も俺といたという物ばかりだ。
白い頭をした子供なんて早々いるわけがないし、何より目立つ。そんな子どもを誰にも見つからず連れ去るなんて相当な手練れに違いない
。
ログがたまるまでの間苗字ちゃんを探しまわったが結局は見つからず、諦めて出港するしかなかった。
これだけ探して見つからないのだ。海賊に子供なんて任せられないと思った親切な人が拐って隠したと思うしかない。というか、そうであってほしい。
ハンガーに掛かった白い服を見てため息をついた。あの日苗字ちゃんに似合いそうだと思って買った白いワンピースだったが無駄になってしまったようだ。
捨てるに捨てられないそれは、俺の部屋のクローゼットに仕舞われることになった。