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真っ暗だ。
ルルさんの口内に納められてからどれくらい時間がたったのだろうか。 随分と長い間こうして大人しくルルさんの口内にいる気がする。
なかなか外に出してくれないところを見ると、偶然船の近くを通りかかって助けてくれたと言うわけでは無さそうだ。
ルルさんが口を閉じた状態では外の音も聞こえないし、真っ暗で何も見えないので、今自分がどんな状況にいるのか分からないが、気圧の変化で耳が詰まる感覚を何度か体験したので、海の中を上がったりさがったりしているのかもしれない。
(あの、ルルさん?)
一体いつまでこの状態が続くのかと思い、いい加減焦れてしまって声をかけてみるが、ルルさんから返事はなく、何だか怒っているような気がする。
何か怒られるようなことをしたかと思い、思い当たる節はないかと考えてみるが、ルルさんに怒られるような原因は何も出てこなかった。
(あの、ルルさん?そろそろ外に出してもらえませんか?)
思い当たる節がないのなら、ルルさんが怒っている気がするのは気のせいだろうと思い話しかければ、しばらくの間の後、ゆっくりと口が開かれた。
まず最初に目に飛び込んできた光景は、月の明かりに照らされた海面で、空には星が瞬いていた。
いつの間にか夜になっていることに驚きつつルルさんの口の中から出て辺りを見回すが、モビーは見当たらず、ルルさんの口の中に閉じ込められてしまう前の喧騒が嘘のように静まり返った海は、月の光を反射しながら静かに波打っている。
とりあえず皆の無事を確認するため気配を探れば、随分と遠い場所に皆の気配を感じたが、ちゃんと元気そうで胸を撫で下ろした。
(王、トーマスの所を出るときなんと言って出たか覚えてる?)
今まで黙っていたルルさんに突然そう問われて、怪訝に思いながらもなんと言ってトーマスさんの所を出たのか思い出して、ルルさんが怒っている原因がわかった。
(えっと……行ってきます。とだけ……)
(ええ、そうね。それしか言わずにトーマスの所を出たものだから、トーマスはとても心配するし、王に会いにトーマスの所に行けば、王の姿が見えないものだから私だって心配したのよ。
どこにいるのかも分からないし、もしかしたら人に捕まったのかと思っていれば、デリカからもらった伝言!ちょっと長めの散歩?なんですかそれは!私達がどれだけ心配したかわかってるの?それに散歩なら帰って来るものでしょう?それを王ときたら帰ってくる素振りすら見せない。いい加減我慢の限界です!)
ルルさんはそこまで一気に言うと、じろりとこちらを見ると(で?何か言うことは?)と続けた。
(ごめんなさい)
久々にこんなに怒られたのと、その剣幕にびっくりしたのと、そんなに心配かけていたのかという申し訳なさで涙が溢れて視界がぼやけた。
(ああ、泣かないで。私も言い過ぎたわ。王が元気なようで安心して言い過ぎてしまったかも知れないけど、本当にとても心配したのよ?)
慌ててそう言ったルルさんにまたごめんなさいと言えば、ルルさんは(わかってもらえたならいいの)と言って優しく笑った。
(あ、それとね、王を連れ戻したのにはもうひとつ理由があるの)
(もうひとつ?)
(ええ。実はね。王がトーマスの所にいると鳥たちの話で聞いたフータと言う名前の鹿が、トーマスの元に来たのだけれど、今は王はいないと言ったのに、どこかに隠しているんだろう!自分の様な化け物には会わないつもりか!って怒って暴れて手がつけられないの)
え?明らかに本題それですよね?
なんて言わない。
そして、ルルさんやトーマスさんの背中にいる子達はマルコ隊長やパパに比べるとあれだが、結構強かったと記憶してる。その子達が手がつけられないの程暴れるって、その鹿、風太さんですか?強いですよね?私にどうにか出来る自信なんかないんですけど、どうすればいいですかね?
青くなる私をよそに、ルルさんは明るく大丈夫よと言った。
(私達獣は王に絶対服従ですもの。王が一言フータに命令すれば収まるわ)
(……そう言うものですかね?)
自信なくそう問う私にルルさんは頷くと、鼻で私の背中を押してトーマスさんの所に行くように促した。
前を向けば遠くに懐かしい形の島が見えた。しかし、近づくにつれて見えてきたのは生い茂っていた木々が所々薙ぎ倒された無惨な有り様で、今も木がゆっくりと倒れてドシンと大きな音がした。木に止まって休んでいたらしい鳥達が驚いて飛び立っている。
(また、暴れているようね)
呆れた様にそういったルルさんは(急いでフータを止めてください。このままではトーマスの背中に住む動物達の命に関わりますよ)と言っていたが、それを全部聞き終わる前に急いでその風太さんのところまで飛んだ。

急いで駆けつけた先には確かに鹿がいた。
鹿は鹿でも白い鹿でちょっと親近感が沸いた。まだ若い鹿なのか少し小柄だ。
そして、注目したいのが、 その子の周りだけ風が巻き上がっていることだ。
その風は鋭く見えない刃物になって木を傷付けている。
動物達が止めろと言って風太さんに体当たりするが、体をすり抜けてしまっていて全く攻撃が効いていない。
もしかしなくても、風太さんは悪魔の実の能力者のようだ。そしてやっぱり強い。
『ふん、生きているのにまるで死んでしまったような体になってしまったオレにそんな攻撃が効くわけがないだろう?もう、いい加減オレに王と会わせろ』
(あ、はい。どうもお待たせしました)
また破壊活動をしようとしていた風太さんの前に姿を現せば、風太さんは行動を中止し、私の姿を認めるとうやうやしく頭を下げた。
『これはこれは、我らが王。ようやく私の前に姿を現してくれましたね』
(すみません。せっかく私に会いに来てくれたのに外に出てて遅くなってしまいました)
さっき動物達に話しかけていたしゃべり方と随分違うことに戸惑いつつそう言えば、『おや、では、熊や狼の言っていたことは本当のことだったのですね?』となんだか白々しい言葉が返ってきた。
(あの、それで私に何か用があったのでは?)
私がいなかったことに相当腹をたてていたくらいだから、何か私に用事があって来たのだろうと尋ねてみれば、風太さんは驚いた表情でこちらを見つめた。
(お怒りにならないのですか?)
一体何を怒る事があるのだろうかと首をかしげて見せれば(だって、私は王のモノを壊してしまったんですよ?おまけに、仲間を傷付けた。王が姿を表さないことに腹をたてていたとはいえ、さすがにやり過ぎたと思ってるんだ。こんなことをしたオレ自身がやり過ぎたと思ってるんだ、王はオレ以上にやりすぎだと思って怒っているはずだろう?)と風太さんは言った。
だんだん言葉遣いが変わってきている風太さんを面白いなと思いつつ、どうやら風太さんは思ったよりも優しい子らしいと判断した。
確かに木は薙ぎ倒されていて、ひどい有り様だし、動物たちは怪我を負ってはいるがかすり傷程度ですんでいる。
なぎ倒された木は本数が多いが私が頑張って成長させればいいし、怪我をした動物達には薬草を与えて湿布しておけば自然治癒してしまうだろう。ついでに言えば、ここは私のモノではない。あくまでもトーマスさんの背中に間借りしてみんなで仲良く暮らしているだけだ。だから風太さんが気に病む必要はない。
(大丈夫ですよ。どうにかなります)
(でも、こんな化け物じみた力は恐ろしいだろ?)
そう言った風太さんは自分の周りに風を巻き起こして、自身の体を宙に浮かせた。
(私にも出来ますよ。それ)
そう言って私も体を宙に浮かせて風太さんに近付くと、そっとその体に触れてみた。艶々としたさわり心地で癖になりそうだ。
(それに風太さんのその能力は悪魔の実のを食べたからですよね?悪魔の実を食べた人間を何人か知ってますけど全然怖くないですよ。それに風太さんの能力って風ですよね?格好いいじゃないですか)
私がそこまで言うと、風太さんの目にぶわりと涙が溢れた。いったいどうしたのかと驚いていると、風太さんはゆっくりと地面に降りると私から一歩下がってまたうやうやしく頭を下げた。
(とても勝手な願いだとは思うが、オレに居場所をくれないだろうか)
それはトーマスさんの背中に住みたいということだろうか。そう思って(それはトーマスさんの意見を聞いてみないと……)と答えれば『違う』と言われてしまった。
(今までオレはこの毛色のせいで仲間から除け者にされてきた。おまけにこの妙な能力を得たせいで気味悪がられてしまって、ついには群れから追い出されてしまった。行くあてもなく居場所を求めて色々な島を転々としていたが、どこに行ってもオレは除け者で、ずっと1人だった。
オレのことを珍しがった人間に追いかけ回されたのなんて1度や2度じゃない。
だから、鳥達の話で聞いた獣の王に会いに行けばどうにかしてくれると思った。だけど実際は姿を見ることもできなくて、拒絶したと勘違いしたオレは王の住み処や仲間を傷付けた。
でも、王はそんなオレを受け入れようとしてくれている。オレを受け入れようとしてくれるような、こんなことは初めてなんだ。どうするのが良いのか分からないが、オレは王の側にいたい。オレは強いから王の身に危険が及べば命をかけて王を守る。だから、王がオレの居場所になってくれないだろうか)
それはつまり、私が風太さんの心の拠り所になればいいのだろうか?受け入れるとかそんな大層なことをしようとしている意識のなかった私はちょっと腰が引きぎみだが、風太さんにそれを気にした様子はない。
そして私の側にいたいということはやっぱり、風太さんはトーマスさんの背中に住むことになりそうだ。
私の1人の意見で決められる事ではないし、トーマスさんにどうするか聞きたいが、きっとこの時間はもう眠っているだろう。わざわざ起こすのも気が引ける。
(王が良いのなら私はとくに反対はいたしませんよ)
そう言ったのはトーマスさんで、起きていたのかと驚いている間に、トーマスさんの意見に続くように他の動物達からも意見をいただいた。
その意見をざっくりまとめると、もし私に何かあっても力の弱い自分達は私を助ける事が出来ないので、力の強い風太さんが護衛の意味も込めて私の側にいるのは良い事ではないだろうか。と言うことだった。
自分がこの子の心の拠り所になれるだろうかと不安になって、こんなときパパならどうするかと考えたら、パパならきっと一言「いいぜ」と言って受け入れてしまうんだろうなと思った。
(いいですよ。私が風太さんの居場所になります。私じゃあ力不足の部分も出てくるかもしれませんが、その時はここにいる子達を頼ってくだい。だってほら、もう仲間ですから)
私のその言葉に周りの動物達が嬉しそうに鳴いて、風太さんに挨拶を送った。


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