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朝、昨晩の嵐が嘘かと思うほど晴れ渡った空を見て「昨日の夜は凄い嵐だったな」と言いながらハルタと甲板に出れば、 甲板の端に白い何かが転がっていた。
まるでごみか何かのようなそれを、一体なんだろうと思い近付いてみれば、それはぐったりとして動かないサッチで、慌てて抱き起こせば、額の右側には殴られたかどこかで打ち付けたかのような痣と、左の頬には擦りむいた傷があり、昨夜の嵐の雨で随分と流されてはいるようだが、白い服に茶色く変色している部分があった。まるで血の染みのようなそれに、慌てて服を捲り上げれば、特にケガをした様子もない 。
いったいこの染みは何の染みだろうかと思いながら、サッチの頬を軽く叩き名前を呼べば、唸り声をあげながらゆっくりとそのまぶたが開かれた。
「……エース……ハルタ……?」
「おい、大丈夫か?」
意識を取り戻したばかりで 、ぼんやりとしていたサッチの表情が徐々にはっきりとしてきて、何かを思い出したかのように体を勢いよく起き上がらせた。
「ティーチはッ!苗字ちゃんはッ!」
そう言えば今朝はまだティーチの姿を見ていないなと思いながら、「さあ、今日はまだ見てねぇな。どうせ書庫にでも篭ってんじゃねェのか?」と本が好きだと言っていたティーチの姿を思い浮かべながら答えれば、サッチは急いで立ち上がり、そのまま船内に駆け込もうとするが、直ぐにバランスを崩して倒れてしまった。
隣で立っていたハルタがサッチを受けとめ、あらためて顔色を伺えば、随分とその色は悪い。
「おい、サッチ。そんなに慌ててどうしたんだよ。それに苗字ってどういうことだ?」
ハルタの問にサッチは「あの野郎!家族を裏切りやがったんだ!」と悔しそうな表情で答えた。
「苗字ちゃんは生きてて、でも俺を庇ったせいでケガをして………!ティーチの野郎……!くそッ!アイツ!」
どうやら頭が混乱しているらしく、要領を得ないサッチの言葉からティーチが裏切ったことと、ずいぶん前にサッチと話した事がある苗字という少女が生きているということだけは把握した。
とりあえず、サッチの怪我の手当てを船医させるために医務室に連れて行き、 落ち着くまでの間にオヤジと他の隊の隊長達を呼びに行き、落ち着いたのを見計らって話を聞き出すことにした。
サッチは昨日の夜、手に入れた悪魔の実がなんの実か教えてもらうために言われた通り甲板に行き、あまりよく見てなかったから確信が持てない、と言うティーチに悪魔の実を差し出し見せれば、ティーチに突然切りつけられ、その刃が体を傷付ける寸前のところで現れた苗字に押し倒され助かったのだが、苗字が自分の変わりに怪我を負い、逃げるティーチにさらわれて行ってしまったということだった。
「じゃあ、なにか?ティーチはずっと俺達を裏切るつもりだったのか?」
野心がない、と言っていたティーチの姿が頭に浮かんだが、あのときのあの言葉は嘘だったと言うことか。
いったいその野望がどんなものかは知らないが、己の目的のためになら親友と呼んでいたサッチを傷付け、オヤジを裏切るほど、己の欲望のためには手段を選ばないような貪欲な奴だったと言うのに、なんで俺はそれを見抜けなかったのか。
「エース、ティーチの事は気にするなよい。長年一緒にいた俺達でも気付けなかったんだ。お前が気づけなくても仕方がないよい」
「だけど、ティーチは俺の隊に所属してたんだ。いちばん注意して見てなきゃいけなかったはずだ」
「いいや、それを言うなら、自分の息子をちゃんと見てやれていなかった俺の責任だ。だから、エース、手前ェは気にするな。サッチも辛ェだろう?親友って呼んでて信頼してた奴に裏切られたんだ」
オヤジはベッドの上で座るサッチにそう話しかけ、サッチはゆっくりと視線を自分の拳に持っていくと、頭を左右に振った。
「……俺は、俺の事はいいんだ。ただ、ティーチにさらわれた苗字ちゃんが心配だ。俺よりも酷ェ怪我を負ってるはずなんだ……」
頭を抱えて項垂れるサッチを見て、俺はくるりと向きを変えて医務室の出口に向かった。
「エース、どこにいくつもりだ」
イゾウのその言葉に、「ティーチのところだ」と答えれば
「エース……いいんだ、今回だけは。
妙な胸騒ぎがしてなァ……。
それに話を聞けば、ティーチは苗字を利用価値があると思ってさらったみてぇじゃねェか。だったらみすみす死なせるようなこともしねぇだろうさ。それに苗字だってもう小さいガキじゃねぇ。折を見て逃げ出すってこともできるだろう。
だから、今回は特例でティーチを追うような事はするな。いいな?」
「いいはずがねぇ!なんのために今までずっとあの部屋を綺麗にしてきてたんだよ!その生きてるか死んでるか分かんなかった苗字って奴のためだろ?
ようやく生きてるって分かったのに、諦めるのか?生きてるのに家族のところに帰って来なかった苗字にどんな事情かあったかは知らねぇが、アイツはここに帰って来るべきなんだよ。待ってる家族がここには大勢いるんだ!
それにティーチは、あいつは何十年もあんたの世話になっといて、仲間を傷付けて裏切ったんだ……。
オヤジの顔に泥を塗るようなことをされて黙ってられるかよ!!
これは、あいつの隊長だった俺がけじめをつける……ッ!」
俺はそう答えると、皆が止めるのも聞かずに船を飛び出した。




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