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背中の傷がズキリと痛む感覚で目が覚めた。
どうやら眠っている間に仰向けになっていたために、背中の傷が圧迫されてしまっていたらしい。
ドフラミンゴさんのところで治療を始めてから数日がたつが、怪我は相変わらずよくならない。
いくら悪魔の実の能力者とはいえ、怪我の治癒スピードまでどうにかなるわけではないので、仕方がないことと言えばそれまでだが、ズキズキと疼くようなこの痛み、どうにかしたい。
傷を直す方法なんてトーマスさんから教えてもらってなかったが、よく少年漫画やファンタジー小説等で見るような感じでどうにか出来ないだろうかと思案してみる。
こう、悪魔の実の力を私の力で覆って封じるような要領で、怪我を治すのにそれを応用させて、私の力を傷に集中させて細胞を活性化させて治す。みたいな感じで。
背中の傷に意識を集中してどうにかできないかとやってみるが、よく考えてみれば、自分の背中なんて自分で見ることが出来ないので、傷がどんな状態なのか確認する術もないので、こんなことをやったって傷が治ったか分からない。おまけにしばらくすると、なんだか物凄く疲れてしまい、気づけば深い眠りに落ちていた。
翌朝、傷の包帯の取り替えと軟膏を塗るためにベビー5さんが部屋に訪れた。
「今日は顔色が良いみたいだね」
部屋に入り私の顔を見るなりそう言ったベビー5さんの言葉に、そういえば今日はあまり傷が痛くないなと思いながら、いつものように背中を向ければ、ベビー5さんは馴れた手付きで私の体に巻かれた包帯をほどきはじめた。
「……ん?」
途中で動きが止まったベビー5さんに、どうしたのかと思って、振り向き様子を見ようとすれば、背中をスッとなぞられる感覚にくすぐったさから背筋が伸びた。
そのあとも何かをなぞるように背中を移動するベビー5さんの指に、体を悶えさせながら耐えていると、指がようやく私の背中から離れた。
「……もう、薬を塗らなくていいみたいだね」
どういうことか分からず首をかしげる私に、ベビー5さんも同じように首をかしげ、洗面所に行って鏡で背中の傷を確認するように私に言った。
もしかして、と思いながら起き上がれば、昨日までは少し動かしただけで痛みがあった背中が今日は痛くない。
ベッドから出て立ち上がれば、久々に歩くせいか、足元がおぼつかなくてふらふらした。
生まれたての小鹿とか子牛はこんな感覚なのだろうかと思いながら、よろよろしながら洗面所に向かって歩いていると、部屋の扉が開いた。
シュガーちゃんかな?と思ってそちらに視線を移動させれば、開け放たれた扉の前にはドフラミンゴさんがいた。
「おいおい、まだ背中の傷も治ってないってのにどこに行くつもりだ?」
ドフラミンゴさんはそう言うと、私を軽々と抱えあげ、ベッドに戻してしまった。
「ベビー5もだ。見てたんなら止めろ」
「だって若。これ見てよ」
ベビー5さんは私をくるりと反転させると、またするりと背中を撫でた。
「ね?どう思う?」
「……どうもこうも…」
今度はベビー5さんとは別の大きな指が、私の背中を撫でる感覚がした。
「……治ってるな。どうなってんだ?」
そう言って、私の背中を指先で撫でるドフラミンゴさん。
どうやら、昨晩どうにかならないかと思ってやったのが上手くいっていたらしい。
ドフラミンゴさんの言葉から推測したはいいが、上下に動くドフラミンゴさんの指がくすぐったい。
どうすればいいか分からず、シーツを掴んだり息を止めてみたりしてくすぐったさに耐えているのたが、我慢の限界は近い。
「おい、シロ。こりゃ一体どうなっていや、が……る……」
声をかけられ振り向けば、ドフラミンゴさんの声はしりすぼみになり、ベビー5さんと一緒に手を顔の横に上げて万歳のポーズをした。
「……あ、悪いな」
「……気がつかなくてごめん」
一体2人が何に対して謝っているのか分からないが、とりあえず、背中のくすぐったさから解放されてよかった。
「とりあえず、これ来てろ」
そう言って、ドフラミンゴさんに手渡されたワンピースに袖を通せば、厳しい表情をしたドフラミンゴさんと目が合った。
「……怪我が治ってばっかりでこんなことを聞くのもはばかられるが、もう一度聞く。その怪我は誰にやられた?」
どうしたのかと思って見上げていると、ドフラミンゴさんにそう尋ねられた。
「医者の話しじゃァ、誰かに切りつけられた怪我らしいじゃねェか。いったい誰をかばって"事故"なんて見え透いた嘘をついた?」
なぜドフラミンゴさんが私の怪我で怒るのか分からないが、ここで素直にティーチです。なんて言ったらきっとドフラミンゴさんは、ティーチをひどい目に合わせるんだろうなと、容易に想像できた。
たとえパパを裏切ったって、親友と呼んでいたサッチを傷付けようとしていたって、私の中のティーチは、一緒にご飯を食べたり、絵本を読んでもらったり、いたずらして遊んだり、お昼寝したりしていた頃と変わらず、未だに"家族"で"大好き"なティーチのままだ。
そのティーチとドフラミンゴさんが戦うような展開は私の本意ではない。
「それは、言えません」
私がきっぱりそう言って断れば、ドフラミンゴさんの眉間にしわがよって、不服そうな表情になった。
「……言えませんってことは、つまり誰かに切りつけられたと認めるんだな?」
しまったと思わず口を両手で覆った。まるで言葉のトラップだ。
どう返したものかと辺りに目を泳がせるが、今更何を言ったって手遅れな気がする。
「……フッフッフッ……。誰にやられたのか。言いたくないってなら無理に聞きやしねぇよ。シロから聞き出せないなら、全力で調べるまでだ。見つけたら、当然そいつは…、こう、だ」
そう言って、首を切るジェスチャーをしたドフラミンゴさんの手をとって、その目を真っ直ぐ見つめた。
「それは、駄目です」
「あぁん?俺は俺の物を傷付けられて怒ってるんだ。それぐらいして当然だろぅ?」
「……この傷は、本当に事故みたいなものなんです。傷付けた方も私も不可抗力です。だから、お願いします。私を傷付けた人物を見つけても、その人を傷付けたりしないでください」
「その願いを聞き入れて俺に何のメリットがある?」
「メリットはありません。でも、その人を傷付けた場合も、それは同じだと思います。もし、私のお願いを聞いてくれないなら、私はドフラミンゴさんを嫌いになります」
もっといい手はないかと考えるが、残念ながら、私がドフラミンゴさんと取引できるようなものは何も持っていなかった。正直、怪我の治療をしてくれて、衣食住の世話をしてくれるドフラミンゴさんに、こんなことを言うのは心苦しいが、ティーチと喧嘩をさせないためだ。仕方ない。
「……フッフッフッ…"嫌いになる"か。そいつはよくねぇな」
私の頭をくしゃりと撫でてそう言ったドフラミンゴさんは「シロに嫌われるのは俺の望むところじゃねぇから、仕方ねぇ。探し出すだけにとどめておいてやるよ」と言って、部屋を出て行った。
どうやら、私の願いを聞き入れてくれたらしい。と胸を撫で下ろしていると、ベビー5さんに、「あんた、若にずいぶん気に入られてるみたいだね」と言われたが、ドフラミンゴさんがただ優しいだけではないのだろうかと首をかしげれば、なんだか煮え切らない反応をするベビー5さんに、私は更に首をかしげるしかなかった。