07
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数日前にオヤジのベッドカバーが盗まれた。
白昼堂々、海の上での出来事だ。
天気が良かったからと、時化で洗えずたまったままだった数日分の洗濯物と一緒に干していたらしい。
その時、俺は次の島の偵察で船を出ていた。オヤジは、おもしろい奴がいたもんだと笑っていたが、わざわざ俺がいない間を狙って犯行におよんだ辺りに計画性を感じる。
その場所には、どうにもワノ国の文字で何か書いたらしいメモが残されていたが、あいにくとこの船にはワノ国の出身の奴はいねぇ。そのメモがなんて書いてあるのかわからねぇが、今回のことで味をしめた犯人が、また次も盗りに行くとでも書いてあるんだろう。
いったい何の目的があってオヤジの物を盗んだのか。オヤジの熱烈なファンか、ただの力試しか、挑発をしてきているのか。どんな目的であるにせよ、強者揃いのこの白ひげの海賊団の船から、誰にも気付かれず物を盗んだ人物だ。かなりの手練れには違いない。用心しておくに越したことはないだろう。
そんなことがあってから数日後、着いた島のログもたまって次の島へ向かって出航した日の夜のことだった。
中途半端に残してしまった仕事を、寝る前に片付けてしまおうと仕事をしていると、腹が鳴った。気がつけば随分と集中していたらしく、窓から見た空に月が高く昇って、海を明るく照らしていることから深夜だということが伺える。もう、他のクルーは寝静まっているらしく、いつものように喧騒が聞こえない代わりに、波の音が辺りに響いている。
確か今日はサッチの隊が寝ずの番だったはずだ。夜食に何か作ってもらおうと椅子から立ち上がると、バタバタと走る音に続き、バンッ!と部屋の扉が開かれた。
敵襲かと身構えるも、部屋に入って来たのはひどく興奮した様子のサッチだった。
「何だ、敵襲かよい?」
「いや違う、でっけぇホタルがいた!」
「……は?」
「いいから来いって」
でかいホタルがいたから何だ。とは思ったものの、もしかしたら、敵の船どうしに送られた何らかの合図かもと思い、大人しくサッチに着いていくことにした。
甲板に向かう途中で話を詳しく聞けば、甲板を歩き回り見張りをしていると、遠くでうっすらと光る何かが近づいてくるのをみたらしい。
なぜそれがホタルなのかと聞けば、光って空を飛ぶ生き物なんてホタル以外ないだろと言われた。
「悪魔の実の能力者って可能性は考えないのかよい」
半ば呆れつつそう言えば、サッチは盲点だった。とでも言いたげに、驚きで目を見開いていた。
「まあ、どっちにしても、お前を呼んどきゃなんとかなるだろ」
無責任にそう言ってにかりと笑うサッチに思わずため息がこぼれた。
甲板に出て言われた方向に目を凝らすが、その方向に何かあるような気配はないし、懸念していた敵の船の姿も見当たらない。見間違いだったんじゃないのかと言葉を紡ごうと息を吸い込む、が、知らない気配が船の近くにあることに気付いて、開いた口を閉じた。
「おっかしいなー。見間違いじゃないんだけどなー」
そう言って首をひねるサッチに、船の近くに知らない気配がある、と伝えれば、すぐに厳しい顔つきになり「敵か」と短く聞いてきた。
「いや、敵意は感じられねぇから、多分違うよい」
確かに敵意は感じられない。しかしこんな夜中に白ひげの船と知ってか知らずか乗り込んでくるようなやからだ。ろくな考えのある奴ではないだろう。
とにかくソイツが何をしにこの船に来たのかは分からないが、姿を確認しておこうと、その気配のする方に向かえば、白い何かが甲板にいた。
「幽霊だ」と言って騒ぎ出そうとするサッチを押さえつけ、物陰からソイツの様子をうかがう。
どうやら、こちらの気配には気付いていないらしく、ソレは背負っていた黒い何かを甲板に置いた。いったいアレは何だろうかと目を凝らしている間に、ソレはその黒い何かを置き去りにして船から離れようとしていた。
月の光を反射してキラキラと輝く白い姿は幻想的で美しいの一言につきるが、それに見惚れている場合じゃない。
白いソレが置いて行こうとしている黒い物体が爆弾という可能性もある。
俺は急いで物陰からとびだし白いソレを掴んで甲板に押さえつけた。
ごん、と何かを打ち付けた音がした。
その白いモノはどうやら髪の毛らしく、長く伸びたその先をたどっていくと、痛みに顔を歪めた裸の少女が仰向けでたおれていた。
「お前、何者だよい!」
ソイツの髪の毛を手に握ったまま立ち上がりそう問えば、どうやら頭を打ち付けたらしく、頭を押さえながら仰向けに倒れた状態のままで俺を見上げたソイツは、きょとりと不思議そうな顔をしていた。
俺の言った言葉を理解したのかしていないのか、黙ったまま俺を見るソイツの目は無垢そのもので、敵意や憎しみを感じることは出来ない。それは"オヤジの首を狙っている"という可能性が馬鹿馬鹿しく思えるほどだ。
しかし可能性として消すことは出来ない。じゃあ、誰かに命令されて船に乗り込んだということだろうか?
目的は?やはりオヤジの首だろうか?他のクルーの首か?宝か?
様々な可能性を頭のなかで考えていると、ふと、何かを思い付いたようにソイツは手を打った。俺の言葉を理解したのかと思い返答を待つが、ソイツはにっこりと笑みを浮かべるだけで何も答えようとはしない。
「もう一度聞く。お前、何者だよい。狙いはオヤジの首か?宝か?こんなガキに狙わせるなんてオヤジもなめられたもんだよい」
やっぱり言葉が理解出来ていないのだろうか?と思いもう一度同じ事を尋ねれば、暫くの間のあとソイツは首を左右に振った。反応を返したということは、言葉が理解出来るということだ。
しかしソイツは相変わらず黙ったままで口を割る雰囲気はない。
「なんだ?喋らねぇつもりかよい」
ソイツは何の事だか、とでも言いたげに首をかしげた。そんな下手な演技に騙されると思うほど俺はコイツになめられているらしい。
「あくまでもしらを切通すつもりかよい」
何をさせれても口を割るつもりはない。という意思表示なのか、ソイツは両手を口に当ててこちらをじっと見つめてきた。暫くの間ソイツとの睨みあいが続いたかと思えば、何かを思い付いた表情になり「あ、あー……。聞こえます?私の声。すみません。喋るの忘れてました」と、そんな間の抜けたことを言い出した。
どうやら、このガキは人の事をおちょくっているらしい。
「おい、ガキ。お前ふざけてるのかよい」
「いいえ全く」
間を開けずに白々しい返事をしたガキに対して苛立ちが最高潮に達したとき、後ろからサッチに名前を呼ばれた。
「なんだよい」
イライラしながらサッチを見れば、その手にはつい数日前に盗られたオヤジのベッドカバーと果物が握られていた。
「どっからそんなもん持ってきたんだよい」
「あン中」
サッチが果物を食べながら指した方には、さっきコイツが置いて行こうとしていた黒い物体があって、よく見れば草の蔦で編んだかごのようだった。
「その子が何をしにしたのかよくわかんねぇけど、別に悪いことしに来たわけでも無さそうだしよ、その辺にしとけよ」
「子供だろ」と続けるサッチににちらりとソイツを見ると、余裕そうに見えていたがやっぱり怖いのか不安そうにこちらを見る目と視線がぶつかった。
こんな子どもに何か出るわけがないと思い直し「そうだな」と言って体の力を抜くと、ソイツは安心したのか、詰めていた息をゆっくりと吐き出した。
「それで?お前は結局何をしにこの船に乗り込んで来たんだよい」
「ソレを返しに」
そう言ってソイツの指差したのはオヤジのベッドカバーで、何に使ったのかと聞けば暫くの間の後こくりと頷いた。
一人で納得した様子のソイツに、俺もサッチも訳がわからず頭に疑問符を浮かべ首をひねる。そんな俺達の様子を見たソイツは不思議そうに俺達と同じように首をひねった。
「で、何にオヤジのベッドカバーを使ったんだ?」
質問に答える気があるのか無いのかよくわからないソイツに、サッチが俺がさっきしたのと同じ質問を繰り返した。
「あ、ごめんなさい。また言葉を出すの忘れてました。えっと……服の代わりに使ってました。はい」
どうやら喋るのを忘れる癖があるらしいソイツは言い終わると、またこくりと頷いた。
「自分の服はどうしたんだよい」
「ないです。破れました」
航海の途中で酷い嵐に遭遇して服がぼろぼろになったのか、海王類から襲われたときに引きちぎれてしまったということだろうか?ならば船があるはずだがと思い尋ねれば、もうないと返事が返ってきた。
「家族は?一緒だったんだろ?」
ソイツはサッチの質問に暫くの考える素振りを見せた後「多分、もう会えないです」と諦めたように答えた。
このご時世だ。親を亡くした子供なんて珍しくもないが、やはり当人にとってはショックの大きい出来事らしく、質問に対して最低限の返答しかしないのもそのせいだろう。
髪が白くなるほどの何かを体験しているくらいだ。思い出したくないのだろう。
「そういやぁ、お前名前はなんてぇンだよい」
「名前苗字」
ベッドカバーが盗まれたときに残されていたメモに書かれていた文字はワノ国の文字で、耳馴れないその名前もやはりワノ国の響きをもっている。
「俺はマルコ。んで、コイツがサッチ。ここで会ったのも何かの縁だ。お前の島まで送り届けてやるよい」
苗字は遠慮しているのか首を左右にふった。
「船も無いのにどうやって自分の島に帰るんだよい。大人しく送られてろ」
苗字の頭を少し乱暴に撫でると、苗字は困った様な表情をしてこちらを見上げると微笑んだ。