後悔はあまりしてない

後悔はあまりしてない


あ、と思ったときにはもう遅かった。嵐に遭遇したモビーディック号は激しい波に揺られ、何か手伝いができないかと甲板にいた私をその勢いで軽々と海へ放り投げた。
宙をさ迷う私の手の先にはサッチがいて、慌てた表情で此方に手を伸ばしていた。
ドボンと水に落ちる音がして、どんどん力が抜けて沈んでいくなか泡立つ水の間からサッチがこちらに向かって游いでくるのが見えた。


波の音で意識が浮上していき、目を開けば知らない金髪のおじさんが私の左手を握って気を失っていた。
どうやら海に放り投げられてからここにたどり着いたらしいと判断して辺りを見回すが、私とおじさん以外の人の気配がしないことからどうやらここは無人島らしい。
海水に濡れた洋服が私の体力を奪うし、べたべたするし気持ち悪かったので服を脱いで、しっかりと私の手を握って離さないおじさんの指を1本1本離していき、ようやく自由になった両手をおじさんの脇の下に通して、どうにかひっぱって波打ち際から移動させられないかと足に力を込めてみたが、非力な私の力ではおじさんを移動させることが出来なかった。
辺りを見回し気配を探り人がいないことを改めて確認して、おじさんが起きないか様子を伺ってから人の姿から麒麟の姿になると、おじさんの服の襟をくわえて木陰になるところまでひっぱって移動させた。
人の姿に戻っておじさんの様子をうかがうが、まだ起きそうな気配がなかったため、喉の渇きを潤すために水の流れている場所を探しに森へ入ることにした。
途中で出会ったオナガウサギに水のある場所を教えてもらい、そこでついでに海水で濡れた服を洗っていると、熊が現れたので挨拶をすると、お腹が空いているだろうからとたくさんの果物を運んでくれた。
さすがに食べきれない量だったので、残りを海辺にいるはずのおじさんの所に運ぶと、どうやら目が覚めたらしいおじさんが海を見つめて放心していた。
どうしたのかと思って隣に立っておじさんが見つめる先を私も見てみるが、見つめる先には青い海と空が広がるばかりで、海には船もなければ空はきれいに晴れ渡っていて雲一つ見当たらない。
いったい何があるのかと聞こうと隣にいるおじさんを見上げると、おじさんは驚いた表情で私を見下ろしていて、ゆっくりとその場に膝をつくと、まるで存在を確認するかのように私に触れ、少しきつめの力で私を抱き締めた。
その時、腕に抱えていた果物がボトボトと砂の上に落ちた。
「良かった。ちゃんと助かってたんだな。起きたらいねェから、助けられなかったのかと思っ……て……ん?」
体を離したおじさんはそう喋りだしたかと思うと、動きを止めて首をひねった。
「……サッチさんですよー」
整髪料が無いためいつもの髪型をキープすることはできないが、手で髪の毛をまとめあげ、いつもの髪型に近い状態にしたその姿は確かに私の知っているサッチだった。
フランスパンみたいな髪型のサッチしか見たことがなかったため誰か分からなかったのだ。仕方ない。
「サッチ!」
「……おぉ!サッチさんですよー」
腕に抱えていた残りの果物を砂浜に落とし、勢いよくサッチに抱きつくと、サッチは私を抱き止めてくれた。
「もしかしてリーゼント=オレって覚えてたの?」
否定できないのでとりあえず笑顔を浮かべて誤魔化してみれば、同じように笑顔がかえってきた。
「あ、そういえば、山下ちゃんが起きたとき他に何かいなかったか?」
何かとはなんだろうかと思いながら頭を左右に振れば、サッチはしばらく考える素振りをしたあと、良いものを見せてやるよ。と言って砂浜を歩きだした。
どんな良いものだろうと思っていると、サッチの立ち止まった場所は私とサッチが打ち上げられた辺りの場所で、ここのどこに良いものがあるのかと思っていると、サッチが「コレだよ。コレ」と言って砂浜の一点を指差した。
そこには綺麗な円形の跡があった。
横には何かを引き摺った様な跡もあり、場所から推測すると、丸い円形の跡が私が麒麟になったときの足跡で、横の引き摺った様な跡がサッチを引き摺ったときに出来た跡なのだろう。
しかしそれの何が良いものなのか分からずに首をひねっていると、サッチは「これ、多分麒麟の足跡だぜ」と言った。
ドキリとする私をよそに、サッチは嬉しそうに「そこの木陰まで運んでくれたんだろうな。もしかしたらこの島に住んでるかも知れねェぜ」と嬉しそうに言った。
「……足跡……?」
一見すればただの丸い跡をなぜ足跡だと思ったのか不思議に思いそう呟けば、サッチは麒麟の足跡は綺麗な円形らしいぜ。と教えてくれた。
「幻獣だから伝説上の生き物で、本当にいるかも分からなかったんだが……こりゃ、絶対いるな」
サッチは目をキラリと光らせて森の方を見ると、次に海の方に視線をやった。
「よし!どうせこの島に助けが来るまでに時間かかるだろうし、探険しようぜ!麒麟に会えるかも知れねェぜ」
キラキラとした笑顔でそういったサッチにより、"麒麟"を探すために島を探険することになった。


島の森を歩き回ること数時間。未だ目的の"麒麟"は見つからない。私がその"麒麟"なのだから当然と言えば当然なのだが、それを知らないサッチはここになら麒麟がいるかも知れないと言って木のうろを覗いたり、岩場の洞窟になっている場所を覗いたり、珍しい植物を見つけては料理に使えると言ってそれを摘んだりしてなかなか楽しそうだ。
それほど大きくない島のようで、すぐに打ち上げられた場所の海辺に戻ってきてしまい、サッチの手には途中で摘んだ植物がたくさんあった。
「おっかしいなぁ」
そう言って採取した植物を仕分けしながら首をひねるサッチに何をしているのか尋ねると、のろしの準備をしているとのことだった。
枯れ枝と枯れ葉を積み上げて、その間に煙の出やすいという葉っぱを詰め込み、ズボンのポケットからマッチを取り出した。
湿気て使い物にならないのではと思ったのだが、耐水性だから大丈夫だと言ってマッチを擦れば、確かに水に浸かったとは思えないほど勢いよく炎が上がった。
それを用意したのろしに近づけると、始めに枯れた葉っぱから火が着き、次に枯れ枝にゆっくりと火が燃え移り炎の勢いがついてきた辺りでまた葉っぱと枝を放り込めば、メラメラと燃える炎から煙がもくもくと上がっていき、これなら遠くからでも見つけてもらえそうだとおもった。
上がるのろしから視線をずらしてサッチをみれば、名残惜しそうに森の方に視線を送っていた。そんなに麒麟を見たかったのだろうか?
「サッチ、麒麟見たい?」
「……ん?ああ、そうだな。いるんなら一回は見てみたいよなぁ。でも、姿がみえないんじゃあ、諦めるしかねぇのかもな」
「もう一回探しに行く?」
「いや、のろしの火が消えないように見てねぇとだし、山下ちゃん歩き通しで疲れてんだろ?」
「……じゃあ、ここでのろし見てる」
「……ん?」
「探して来たらいいよ」
「いや、山下ちゃんに火の番させる」
「大丈夫」
サッチの言葉に被せて力強く言うと、サッチは苦笑いを浮かべて、のろしをみてから、また森の方に視線を送った。その目は探しに行きたくてウズウズしている。
サッチの腰を森の方向にぐいぐい押して、その好奇心の後押しをすると、少し戸惑った様子を見せながらも森に行って麒麟を探しに行くことに決めたらしく「くれぐれも火の扱いには気を付けろよ」と言って森に入って行った。
サッチが森の奥に行くまでの間、のろしの炎が消えないようにして待ち、サッチが森の奥についた頃を見計り服を脱いで麒麟の姿になると、急いでサッチのところに行き姿を表した。
驚いた表情でこちらを見るサッチと目が合い、なんとなく動くことも出来ず、そのままサッチを見つめていると、サッチが一歩踏み出した。
どういうわけか私を捕まえようとしているようだったので、急いでその場を離れ狼煙の上がる場所まで戻り、急いで服を着て何事もなかった風を装ってサッチが戻ってくるのを待つことにした。
しばらくすると慌てた様子で森から出てきたサッチは私を見ると「いた!」と叫んだ。
「いた!いたんだよ!麒麟が!目の前にこう、フワッと現れてヨォ、すぐに逃げちまったから捕まえらんなかったけどさ、嘘だと思うかも知れねェが俺はちゃんとこの目でみたんだ!」
興奮して私を抱えあげ、嬉しそうに喋るサッチを見て、良いことをしたと一緒に喜んでいると、遠くに青い鳥が羽ばたく姿が見えた。
「マルコ隊長」
私のその呟きにサッチは遠くの空を見上げ、羽ばたきながらやってくる青い鳥に気付くと、そちらに向かって手を振った。
スッと降りてくるマルコ隊長にサッチに抱っこされた状態で近寄ると、マルコ隊長はほっとした表情で「探したよい」と言った。
「おい、マルコ!ここ、麒麟がいるぜ!」
「……は?麒麟?」
突然そんなことを言われて驚いた様子のマルコ隊長を置いて、サッチはさらに麒麟について話し出した。
「ああ、そうなんだよ。麒麟。すっげェな!本当にいたんだぜ?結構でかくってさ、白い色の麒麟でさ、近くにたまたま降りて来たんだけどよ、風になびくたてがみが綺麗でさ。しばらく目が合ったんだけどよ、その目がまた透き通った緑で綺麗なのなんのって、頭ンところから生えた角なんて……」
サッチの言葉はそこで途切れた。それも当然で、麒麟になったときの姿を綺麗だ綺麗だと連呼されて恥ずかしさのあまり私がサッチの唇をを手で摘まんでしまったからだ。
「…山下しゃん?」
「ははは!山下がうるせぇってよ」
マルコ隊長はそう言うと特に興味もないのか、船を呼びに行くと言ってまた鳥の姿になると飛び立ってしまった。
海岸の近くに停泊したモビーに乗り込むための小船に乗り込むと、一緒の小船に乗っていたサッチが興奮した様子でまた麒麟についてに話し出していて、恥ずかしさで顔を赤くさせた私を目ざとく見つけたイゾウが風邪をひいたと勘違いしてモビーに着くなり私をベッドに送り込んだ。


後日、サッチの話す麒麟の話に尾ひれどころか背びれ胸びれまでついて傍聴されていて、恥ずかしがれば良いのか呆れればいいのか分からなくて微妙な表情をしていると、心配したハルタによりまたベッドに送り込まれてしまった。
綺麗だ綺麗だと連呼されるのは恥ずかしいし、こんなにも恥ずかしい思いをするのなら麒麟の姿を見せなければよかったと思ったが、それを話すときのサッチが嬉しそうだったのを思いだし、やっぱり姿を見せてよかったと寝かしつけられたベッドの中で思った。

end

- 2 -
*前次#
ページ:
うぇるかむ