真実の追撃 参

「じゃ宿儺呼んで、三分で終わらせるからそのくらいで戻っておいで」
「わかった」
 虎杖は目を閉じて細く長く息を吐き出し、意識を集中させる。
 周りはその様子を見守ることしかできないが、虎杖が纏っていた空気が変わった瞬間、反射的に身構える。ジワリ、現れた顔の模様。ゆっくりと開かれたのは二つの目ではなく四つの目。まさしくそれは両面宿儺だというのに、五条だけは悠然とその様子を見下ろしていた。
「や、宿儺。気分はどうかな?」
「何故わざわざ危険を冒してまで呼び出した」
 まるで古馴染みにでも声を掛けるかのように話し出した五条に、宿儺はあからさまに不快な表情を作って、少女を抱いた目の前の男を見下すように睨みつけた。
「もちろん聞きたいことがあったからさ。手短に行こう、時間はそう長くない」
 そうサラリと言ってのけた五条は、早速本題に入る。
「さっき取り込んだ呪物信仰の対象になっていた指……封印を解いたのはこの子で間違いないね?」
「ハァ〜、正直に答えると思ったのか?」
「いいや? それなら後からこの子に拷問でもして問いただせばいい話だからね。別に宿儺が話したくないってんなら僕はそれでもいいんだけど?」
 少女は非術師。守るべき一般人だが、口を割らないのであれば拷問を受けてもおかしくない。それほどの罪≠ェある。
 しかし本当に罰を与える、与えないの問題はさておき、今は宿儺にとってこの少女がどんな存在で、何の目的でここまでやって来たのか確かめなければならない。探りを入れるためにもこうしてわざわざ遠回しにボロを出すのを待っているのだ。
「貴様、それで揺さぶったつもりか」
 ま、そりゃ簡単に乗ってはくれないか。
 少女に危害を加える、という脅しに対して少しも顔色を変えない宿儺。それは五条にとって想定外というわけでもなかったので、特別驚きはしなかった。
「貴様が気になっていることは全てその娘に聞けばいい。特に秘密にしろとも言っていないしな。聞けば素直に話すだろう」
 そう宿儺は五条の腕の中で、未だピクリとも動かない少女を顎で指した。
「へぇ、良く躾けてあるんだね」
「何が言いたい」
「そんなに目をかけてるんなら、さっきも初めから落ちないよう守ってあげれば良かったのに」
 五条は戯けるように肩をすくめたけれど、それは意外にも本音でもあった。宿儺の言動と行動が矛盾しているようで、結局何がしたいのか予想がつかなかったのだ。
 五条の言葉にそれまで眉を顰めていた宿儺は、喉の奥でクツクツと笑った。
「落としたのは俺だ。小僧を上手い具合に誘導できたしな、一番手っ取り早いだろう」
「えぇ? そんなことのためにこの子、落とされたの? だったら悠仁に取り込ませることが目的だって教えてあげれば素直に従ったんじゃない?」
 怪訝な顔で「どうしてそんな回りくどい真似までして」と問う五条に、宿儺は腹の底から可笑しいと笑い声を上げる。そしてひとしきり笑った後、澄ました顔で片方の口角を吊り上げた。
「己の神とやらのために力のない小娘が這いずり回って必死に抗う様は、見ていて愉しいだろう?」
 当たり前のことを聞くな、と言うかの如く小馬鹿にしたその言い様に、今度は五条が笑う番だった。
「アッハッハ! さすが呪いの王! 趣味が悪い!」
 忘れていた。気が遠くなりそうな長い歴史の中で、数多の術師が挑み、敗れてきた呪いの王、両面宿儺とはそういう呪いだった。天上天下唯我独尊、己の快・不快のみが生きる指標という自由奔放な性格だと、初めから知っていたではないか。
 聞くまでもなく、この少女を弄ぶことは宿儺にとって快≠ノ値するらしい。
「フン、どうやら貴様は随分とつまらん趣味をしているようだ」
 そう言って両者は睨み合うけれど、そんなことをしている時間はない。三分という制限はすぐそこまで迫っている。そのことに宿儺も気付いてか、フゥと息を吐き出し、五条は一つ瞬きをした。
 その一瞬。五条の足で三歩ほどあった間合いを瞬時に詰められていた。すぐ目の前にいる宿儺に驚きはしたものの、攻撃を繰り出そうものなら難なく避けることはできる。けれど、特にそんなそぶりも見せないので、五条はただそのまま宿儺を見つめていた。
 宿儺の視線は五条ではなく手元の少女に注がれている。手を伸ばした宿儺に五条は身構えるが、そんなことなど気に留める様子もなく宿儺は彼女の輪郭に手を添え、顔にかかった髪を親指の腹で払い除けた。
 無表情のまま一連の動作を行った宿儺に、その場にいた全員が息を呑んだ。まさか、あの両面宿儺がそんな行動をするとは思っていなかったのだ。
「一つ、言い忘れていた。この娘は俺の傍に置いておけ」
「……この子に何をするつもりだ」
 五条は目隠しの奥で疑わしいと目を細めた。その探るような物言いに、宿儺は面倒だとでも言いたげに息を吐いた。
「勘違いするな、どうもせん。ただ、この娘のために言っているだけだ」
「それは聞けない約束だね」
「そのように抜かしていて良いのか? どうなるか分からんぞ」
「どうなる、とは?」
 ──宿儺は、一体何を知っている。
 何か起こるのであれば事前に排除しておきたい。だが、だからといってこれからも宿儺とこの少女を共に置いておくのは危険だ。彼女の処遇はまだ決まってはいないが、本来ならすぐにでも宿儺の呪力を祓い出し、一般人として生活できるように更生させなければならない。だから何があっても宿儺の言葉通りに従うわけにはいかないのだ。
 宿儺は五条の問いかけに答えるどころかニヤリ、含み笑いを浮かべた。
「ケヒッ、まあいい。それもまた一興よ。俺も少し見てみたくなった」
 悪巧みでもしているかのような宿儺の言葉を問いただそうと五条は口を開くけれど、すでに目の前の肉体は首を垂れ脱力している。
 次に目を開けた相手は、先程より子供っぽい表情で首を傾げた。
「あ、先生。どう? 大丈夫だった?」
 時間通りに戻ってきた虎杖に五条は「逃げられたか」と零す。
「ごめん、話の途中だった?」
「いや、大丈夫。あのまま問い詰めててものらりくらり交わされそうだったしね」
 ──さて、どうするか。
 扱いづらい立場にいるこの少女の処遇をこれから考えなければならないと思うと、少々頭が痛い。五条は、まずは彼女が目を覚ましてからか、と少女を抱え直し、教え子たちを連れてその場を離れたのだった


永遠に白線