真実の追撃 肆
「──ってなことがあって、高専に君を連れてきたってわけ! 分かった?」
「まあ、はい……」
五条さんにざっくり説明してもらって、私がここにいる経緯と、宿儺さまが何故私を突き落とした理由も理解できた。私を使って遊ぶくらい、今までに何度だって同じようなことはあったから特に驚きはしない。私が生きていること自体、宿儺さまとってはお遊びの一環なのだから。
五条さんが傍の机に置いてあった卓上カレンダーをパラパラと捲り弄んでいる様子をぼんやり眺めながらそんなことを思う。
「ちなみに君が寝ていたのは半月ってところかなー」
「また……」
「以前も寝たきりになったことがあったってこと?」
「ええ、そうですね……」
以前は一ヶ月で今回は半月。短くなっているとは言え、やはり精神的な問題なのだろうか。
この際なので私は五条さんに全てを話した。宿儺さまも私に聞けと言ったのだから教える必要がある。
私たちが宿儺さまを信仰していたこと、失踪した同級生の妹の靴を見つけてしまったこと、そして神主に襲われ宿儺さまに助けられたこと。自分の生い立ちからあの事件の出来事から、ここに来るまでの出来事を大まかになぞって話す。時々五条さんに掘り下げられることはあっても、特に彼からは大きな反応はなく淡々としたものだった。
「……それでずっと一人でここまで?」
「一人じゃないです。宿儺さまと二人です」
そう言った私に一拍置いて「なるほど」と呟いた彼は、短いため息を吐いた。そして気を取り直したように会話を続ける。
「君さ、宿儺以外にも特級呪霊の封印解いたでしょ」
「……特級、というのが何なのかわかりませんが、恐らく」
「特級っていうのは一番強い部類に分類される階級のことだよ。……と、いうことは自覚はなかったってことか。じゃあ、あの呪符が貼られた部屋の呪霊覚えてる?」
「はい。でも、宿儺さまはそんなに強い呪霊ではないような趣旨のことを言ってましたけど」
「そりゃあ呪いの王である両面宿儺に比べたらね! 宿儺は特級の中でも最上位だ。あの封印されていた呪霊も普通の呪術師なら祓うのは相当苦労する。最悪死人が出るレベルだ」
「呪いの、王……。死人……」
五条さんの言葉の中から、無意識に印象に残った単語だけを拾い上げる。
少しは宿儺さまや呪霊について知識はあったつもりだったけれど、そんなことはなかった。私は何も知らない。そう、呪いというものが何なのか、宿儺さまがどんな呪いであるのか、何も知らない。いや、知らなくていいと思っていたのだ。けれど、それでは何だかズルいと思った。何がズルいのか聞かれてしまえば上手く答えられないのだけれど、とにかく胸の内に何か得体の知れないドロリとした物が根を張ったような気がした。
「君はそんな危険な呪霊を世に解き放ってきた。罪の自覚はなくとも大いに罪になり得る行為だ」
……そんなことを言われても。
そう思ってしまうのは自分がしたことの重大さが現実味を帯びていないせいだ。実感がないものを咎められても素直に受け入れるのは誰だって難しいだろう。
けれど、もし私に何か罰が下されると言うのなら、私はもう宿儺さまの傍には居られなくなってしまう。それが罰を与えられるより一番怖い。
「……私は、どうなりますか? 宿儺さまの傍には置いてもらえますか?」
私の問いには答えず、ジッと見つめてくる彼の視線を感じる。なぜ何も言ってくれないのか不安になって私は彼の袖に縋った。
「宿儺さまの傍に置いてもらえるならどんな罰だって受けます! だからっ、お願いしますっ! お願いします……!」
「宿儺は死んだよ」
「……は」
予想外の答えに頭の中が真っ白になった。それまでベッドの上で土下座同然に額を擦り付けていた私は顔を上げた。
残酷な言葉をサラリと言ってのけた彼が、今どんな顔をしているのか私には分からない。その隠された瞳の色が、見たこともないくせに怖くて仕方がない。
「正確には器が、だけどね。それでも間違いじゃない。……器である虎杖悠仁が死んだ。それは必然的に宿儺の死でもある」
感情を乗せない声が淡々と紡がれる。
私は耳を塞ぎたい気持ちで首を横に振るけれど、彼は容赦なく私の今後を──宿儺さまのいない未来を語る。
「君はしばらくここ呪術高専で預かる。宿儺の呪力にあてられた一般人の保護……と言えば聞こえはいいかもしれないが、実質君の封印を解く力の解析及び、監視が目的だ。その力が呪霊に利用されたら厄介極まりない。今いる呪霊を祓うだけでも術師の数が足りていないのに、その上過去に封印された呪霊や呪物まで解放されたらそれこそ呪術界の死だ。君はそれだけの力を持っていることを自覚してほしい」
聞きたくない。私のことなんてどうでもいい。宿儺さまがいないのならどうなろうと関係ない。私に残されたのは彼と共にいることしかなかったのに。それ以外は全て投げ打って、覚悟を決めて、ここまでやって来たと言うのに。
もちろん、宿儺さまが居なくなってしまう日が来ることを、今まで考えて来なかったわけではない。でもそれは、宿儺さまの意思によって捨てられた場合のことであって、宿儺さまが死ぬなんて今まで一度も考えたことはなかった。宿儺さまはいつも私を守ってくれていたし、どんな呪霊にだって負けたことはなかった。そう、宿儺さまはいつだって私の神さまだった。だから、彼の存在自体が無くなってしまうことなんて思いつきもしなかった。
あの時、宿儺さまは「悪いようにはしない」と私に言ったではないか。私は宿儺さまを信じる。それは今も変わらない。
……けれど「悪いようにはしない」、それは本当に私にとって≠フ意味だったのだろうか。宿儺さまの真意も汲み取れないような愚かな私を、彼はどんな風に思っていたのだろう。彼が存在してくれるなら呆れて見限られても良い。
なんで、置いていってしまったの。それならいっそ私も殺してくれれば────
最後まで思考が行き着く直前で、五条さんに名前を呼ばれた。私は焦点を彼の隠された瞳に合わせる。無感情な彼の声は、何も残っていない残されもしなかった丸腰の私の身を抉り、切り刻んだ。
「君の神は死んだんだ」
目の端から涙と共に私の心まで溢れたような、そんな気がした。