宵祭り・裏 参







 高専に帰り着いた頃にはどっぷりと日が落ちていた。七海さんと共に校舎の方へ歩みを進めていると、大声で呼び止められる。
 私たちは足を止め、駆け寄ってくる声の主の方へ向き直った。

「虎杖くん!」

 もう戻ってきていたのか。何事もなくてよかった、と彼を見る。その後ろには置いて行かれた伏黒くんがペースを崩すことなく歩いていた。みんな早く戻って来れたのだなと、そっと胸を撫で下ろした。

「ナナミンと一緒なの珍しーね」
「うん、一緒に任務だったの」

 七海さんと会えたのが嬉しいのか、満面の笑みを浮かべている虎杖くんが微笑ましく、私はそう笑いかけた。

「お久しぶりですね、虎杖くん」
「おう! ナナミンも元気そーね!」

 あれやこれやと話し込む二人。ようやく追いついた伏黒くんは、七海さんへ会釈し輪の中に入る。

「私は伊地知君に詳しい報告をするのでここで。貴女はゆっくり休んでください」
「はい。今日はありがとうございました、七海さん」

 頭を下げてお礼を告げる。去っていく彼の背中を見送り、「接しやすい人でよかった」と零す私に、虎杖くんは大きく頷き同意を示した。

「二人とも今帰ってきたの?」
「そ、ついさっきだけどね。釘崎はそのまま長距離移動疲れた〜ってすぐ部屋に戻ってったよ」

 寮に戻ったら野薔薇を労ってあげようと決め、二人にもお疲れ様と声をかけた。
 三人で同じ方向へ足を進める。彼らが赴いた調査の件を思い返し、私はそっと口を開いた。

「内通者の件、大変だったね」
「知ってるのか」
「うん。七海さんから一通りは」

 意外そうに声を上げた伏黒くんに頷き返す。「学生の中に内通者がいたなんて」と声を落とす私に、彼は小さく息を吐いた。

「お前が関係してなくてよかった」

 その言葉に乗せられた安堵に、思わず横を歩く彼の顔を見上げた。

「自覚がないまま利用されてる可能性もある。そのせいで確実に白だと言い切れなかった。でも、もう安心していい」
「……自覚がないまま、か。それじゃあ、気をつけようもないよね」

 明らかな悪意に触れれば気付けるかもしれないが、呪術界に無知な私では気付けないことが多い。
 私は肩を落とす。それでも、皆が私の無実を信じてくれていたことには変わりない。そのことに「ありがとう」と眉を下げた。

「なんだ。疑われていたのか」

 突然響いた宿儺さまの声に肩を揺らす。虎杖くんの方へ視線を向けると、頬の上からこちらを見下ろす一つ目と目が合った。

「いや、九割はお前のせいだからな」
「ここに来てからほどなく監禁されていたのだぞ。内情を知り得なければ、外に漏らすことも出来ない。杞憂にも程がある」
「だーかーら、得体の知れないお前と親密なのが一番信用を損ねてるの! 分かる!?」

 虎杖くんとのやりとりを見るに、宿儺さまも今回の件を彼の中から見ており事情を把握しているらしい。
 私は虎杖くんの言葉を拾い上げ、小首を傾げた。

「そういう意味だったら、悪いのは宿儺さまじゃなくて私が原因だね。宿儺さまを慕ってるのは私の都合だもん」

 そう言い切ると、一同口を噤んだ。伏黒くんは眉間に皺を刻みはぁ〜と長いため息を吐き、虎杖くんは頭を抱えるようにぐしゃりと自身の髪を掴んだ。そして、宿儺さまはこちらに視線を注いでいるもののキュ、と唇を結んでいる。

「あ〜も〜そうじゃなくってさぁ〜! いや、そうなんだけど! 違うっていうか!」
「ケヒッ、小僧無駄だぞ。何を言ってもお前の言いたいことは伝わらん」
「お前はッ、そうやって人を馬鹿にする時しか出てこないのやめろよッ!」

 そう食い下がる虎杖くんをケタケタと笑っていた宿儺さまは、スッと目を細め私に視線を流した。

「それにしても、臭うな」

 何かを見透かすような鋭い眼差しで、舐めるように見定められる。
 私は跳ねる心臓を抑え、恐る恐る口を開いた。

「……わ、私、ですか」
「全身隈なく呪霊の残穢を纏っておきながら、心あたりがないとは言わせんぞ」

 確かに、あれだけ呪霊の攻撃を浴びて取り込まれそうになれば残穢も濃く残ってしまうか。
 そう納得しつつも、私は睨みを効かせる宿儺さまに、七海さんとの任務で呪霊に狙われた経緯を説明する。

「まぁ、でも指を取り込むために宿儺さまの呪力に反応してたので、私がどうというよりどちらかというと宿儺さまが狙われていたんだと思います」

 首を捻りながらそう言うと、ほうと息を吐いた宿儺さまは「中途半端な呪力量だとそうなるか」と何やら口の中で呟いていた。
 私はあの監視カメラの映像に映っていた少女たちの姿を思い返す。

「あの、宿儺さま」
「なんだ」

 彼女たちのことを聞こうかと口を開きかけ、言い淀む。

「いえ、その……中途半端なんて言いますけど、宿儺さまの呪力のおかげで私にとっては十分戦えてます。自分の努力だけじゃとっくに死んでますから」
「だろうな」

 つい話を逸らしてしまった。後ろめたさに視線を落とす。
 今の私には、彼女たちのことを聞く勇気がない。もしも、彼女たちが私と同じだったら。そのことを考えると、どう気持ちの整理をつけて良いか分からない。

「安心しろ。そのうちそこらの呪霊が近寄れないようにしてやる」
「おい。また良からぬこと考えてるだろ」

 宿儺さまにはまだ悟られてはいない。いずれ何か悩んでいることくらいは勘づかれるだろうが、それまでにどんな答えが返ってきてもいいように覚悟を決めておかなければいけない。
 腹の中でそう考えながらも宿儺さまに「はい」と返せば、「はいじゃないのよ」と虎杖くんからツッコミが入る。

「そういえば五条さんは?」

 今日の報告は七海さんや補助監督を通していくだろうが、任務の裏に隠された彼の本音について、どうしても感謝を伝えたかった。

「あの人なら入れ違いで向こうに行ってる。いろいろ手を回しておきなきゃいけないことがあるんだろ」

 ゆるゆると首を横に振った伏黒くんに、少し残念に思いながらも「そっか」と呟く。

「このまま何事もなく終わればいいね」
「ああ、そうだな」

 やはり五条さんは多忙だ。
 また顔を合わせた時にゆっくりと腰を据えて話そう。そう考えながら寮へ向かう足を進めた。









永遠に白線