渋谷事変 弐










渋谷警察署横 東京メトロ渋谷駅16c出口内
B3F 副都心線ヒカリエ改札2側窓口



 遠くに聞こえる悲鳴が意識を鮮明なものにしていく。
 私は重たい頭をゆっくりともたげ、周囲を見渡した。窓口の外では人々が入り乱れている。何が起きているのか、よく見ようと身を乗り出すとグッと腹部に負荷がかかる。
 自分が丸い柱に縛り付けられ、身動きが取れない状況に置かれていることに気がつく。地上から地下まで運び込まれたのかと冷静に思考する自分と、外の様子に焦りを覚える自分がいる。
 再び改札前に目をやると人が宙に浮いた。驚いてる目を見張ると、そのままさらに地下まで繋がる穴へ落ちていく。それがあの少女たちによるものだと気がついた時には全てが遅かった。響き渡る叫び声と、地下から立ち上る轟音に、思わず息を呑んだ。

「一体何が……」

 あの吹き抜けの下はどうなっているのだろうか。非術師が落ちて助かる保証はない。……そうだ、ここが帳の中であるなら、五条さんがいるはずだ。どうにか五条さんと合流できればなんとかなるかもしれない。
 そう思考を巡らせていると、窓口の自動ドアが開いた。

「起きた?」

 中に入ってきた少女たちに警戒を強めた鋭い視線を向ける。すると彼女たちは顔を見合わせ、ぎゅっと硬く結んでいた唇を開いた。

「ごめん、別に傷つけたいわけじゃなくて……」
「こうするしか方法が……」

 互いにそう言いかけてまた口を噤み、目配せをする。
 しばしの沈黙の後、先ほど美々子と呼ばれていた暗髪の少女が凛と張った声で問う。

「……もう一度、答えを聞かせて欲しい」
「あれ以上話すことなんてないです」

 そう、とため息に似た相槌を零すと、彼女は抱いていた人形から垂れる縄をピンと張る。瞬間、私の胴に巻かれた縄が結び直されたように固く締まった。

「最終手段として、アンタは人質として使える。……話はまた後で」

 苦しさにぐ、と声を漏らした私を横目に、今度は菜々子が脅迫めいた言葉を言い残し、二人は外へ出ていった。

「人質……?」

 取り残された私の声だけが、狭い空間に響く。
 私が人質になるなんて、あり得ない。あり得るはずがない。それはすでに宿儺さまによって、明確な答えと共に証明されている。
 宿儺さまは私を殺すことを厭わず、私もそれを望んでいる。あの腹に開いた穴は、彼の生得領域での会話は、確かな信頼と尊重によるものだった。

 喧騒が消えた違和感にハッと顔をあげた。地下から何かしら音が聞こえていたのが急に静かになり、何も聞こえなくなった。
 ふと壁に掛けられた時計を見上げた。二十一時半を回ろうとしている。五条さんが現着したと知らせがあってからもうすぐ一時間だ。この静けさは、事が全て済んだからなのか、別の場所で何か起こっているからなのか。情報は全て補助監督経由で得る予定だったのもあり、私一人では何が起きているのか情報を得る手段がない。
 身体にキツく食い込んだ縄に抗おうと身を捩る。術式によるものであれば、力でどうこうなるものではないが、呪力でならどうにかなるだろうか。
 そう試行錯誤しているうちに、二人が戻ってきた。緩み掛けた縄を隠すように膝を寄せ、体を縮込ませる。

「まずは虎杖悠仁を見つけなきゃ」
「それなら五条悟に釣られてこの辺に来るかもしれない」
「……じゃあ、ひとまずこのままの方がいいかな」

 ひとまずこのまま、とは私のことを指しているのだろう。二人の視線が刺さる。
 私は食い入るように彼女たちを見上げた。

「外で何が起きてるの。この下がどうなったかだけでも教えて」
「…………」

 ここより地下は副都心線のホームだ。あれだけの轟音ならば、相当激しい戦いが繰り広げられていたに違いない。
 先ほどより焦りを顔に滲ませた彼女たちは、当然の如く口を噤む。私も素直に教えてもらえるとは思っていない。小さく息を吐き、改めて彼女たちを見据えた。

「一つだけ。私は人質にはなれない」
「嘘」
「逃げるためのハッタリならなんとでも言えるでしょ」
「違う」

 私は強く首を横に振る。

「宿儺さまは私を殺せる。宿儺さまは私の生死にこだわりがないから……どんな形であれ、私は共に在れればそれだけで」
「アンタ、もし両面宿儺が死んだらどうするつもり?」
「え……?」

 突拍子もない問いだ。そんなもしも≠ネんて、考えたこともない。現実味を帯びない絵空事。
 私はゆっくりと頭をもたげ、二人を見上げる。彼女たちの冷たい眼差しは、悲しみとやるせなさに塗り替えられていた。

「私たちがしようとしてるのは、ずっとずっと一緒にいたかった大好きな人の骸を返してもらうこと」
「死んでも尚、あの人を侮辱し続けるアイツを殺したい。……でも、今の私たちじゃ無理。だから両面宿儺に殺してもらう」
「…………」

 彼女たちの切なる願いを聞いてなお、沈黙を貫くしかなかった。
 私がもし彼女たちの立場だったら。それを考えると、どんな手を使ってでも成し遂げようとする気持ちは十二分に分かる。しかし、私は私の意志、ひいては宿儺さまの意志を、この場の感情だけで背くわけにはいかないのだ。
 黙り込んだ私を見下ろす彼女たちは、全てを取り払いそこに残った本音をポツリ、ポツリと零した。

「死んでも一緒だなんて、私たちじゃ無理だったから」
「生きてる今、必死になってできることをやるしかないんだ」
「……それでも……答えは変わらない」

 喉元まで出かかった「ごめんなさい」を飲み込む。中途半端に許しを乞うことは逆に彼女たちを傷つける気がした。









永遠に白線