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 黄みを帯びた茶色のブレザーに緑色のチェックのタイ。下もタイと同じ色のチェックのパンツとスカート。ザ・私立校と言いたくなる一般的なイメージと乖離しない制服を身に纏った見慣れた同期と後輩。
 その見慣れない姿に七海は少しの疎外感と、見送る側としてはどうしても拭えきれない心配を抱えて彼らの背中を眺めていた。

「潜入調査ぁ⁉︎」

 補助監督が車を用意しているわずかな待ち時間。任務を終えて帰ってきた五条と偶然出会った矢先、彼は先日の七海以上の声量で全く同じことを叫んだ。そしてすぐに声を潜めて呟く。

「コイツらで大丈夫なのかよ……」

 視線は皐月に向いているものの、言葉自体は七海に向けられていた。それを耳聡く聞きつけた灰原は、自信満々に自分の胸を拳で叩く。

「任せてください! それに五条さんが一番皐月が成長してることを知ってるんですから、信じて送り出してあげてくださいよ!」
「あ〜……、そうだな」

 真っ直ぐなド正論で殴られた五条は、バツが悪そうに曖昧な返答を紡ぐしかなかった。
 再び皐月に向けた視線は、容易く拾い上げられた。カチリ、と視線が交わったかと思ったけれど、彼女が見ていたのは灰原だったらしい。こちらに歩み寄ってきた彼女は、自身の胸元を指差した。

「灰原、ネクタイ」
「あ、やっぱ変? 自分で鏡見ながら頑張ったんだけど、全然上手くいかなくってさぁ」
「高専の制服には必要ないし、なかなか上手くいかないよね。やっぱり慣れなのかな」
「確かに中学も学ランだったし慣れる機会全然なかったな。もう毎日皐月に結んでもらったほうが早い気がしてきた」
「時間があればいいけど……毎朝会えるか分からないし、状況次第だよね」

 皐月は灰原の胸元に手を伸ばし、よれたタイを簡単に手直ししている。そして、五条と七海はそんな彼女の手元を凝視する。

「……」
「……」

 二人は口を閉ざしたまま、真顔で顔を見合わせた。お互い言いたいことは同じだろうと思いつつも、それを口にはしない。
 自分たちと灰原との間には決定的な差がある。それは下心があるかないか、である。下心と言っても下世話なものではなく、単に恋愛感情の有無だ。灰原には全くその気がないが、五条と七海からすれば「なんか羨ましいな」とどうしても押し殺した好意が顔を覗かせてしまうのだ。
 葛藤している二人を他所に、整えられた自分の胸元を見て「ありがとう」と礼を言う灰原と、少し彼らの輪から外れたところにいた伊地知を呼び寄せ「伊地知くんはちゃんと結べてるね」と褒めながら「灰原も伊地知くんを見習わなきゃね」と苦笑する皐月。
 五条は自分に向けられたわけではない彼女の笑顔を見ると、弾かれたように何か言わなければと口を開く。滅多に見ることのない珍しい姿を誉めなければと言葉を探すも、なかなか出てこない。

「あーっと、えーそのだな、に、似合っ」
「三人とも新鮮ですね。似合ってます」
「アッ、七海お前ッ!」

 つっかえながらも何とか言葉にしようとしたところを上から被せられ、言いたいことを取られてしまった。五条は即座に七海に噛み付くも、七海は涼しい顔で「よかった〜!」「ありがとうございます」「七海のお墨付きなら安心」と三人から称賛を浴びている。

「ま、まぁ、悪くないかもな」

 空気になりかけていた五条は、慌ててその場を取り繕う。そして自身の存在を主張するように声を張った。

「そんなことよりだ! 皐月」
「はい?」

 パリッと糊の効いたブラウスの襟ぐりを気にしていた彼女は、顔を上げ首を傾げる。そしてどこか真剣な表情の五条を見つめた。

「気ぃ抜くなよ」
「はい」

 五条につられて表情を引き締めた彼女は、しっかりと頷いた。
 近づいていたエンジン音が背後で止まると、それぞれ車の座席に乗り込んでいく。「行ってきます」とかけられた声に「行ってらっしゃい」「おー」と返した二人は、補助監督が走らせる車のテールランプがトンネルの向こうに消えていくのを見送った。

「んで、何であの三人?」

 校舎への道のりを歩きながら、五条は静かに隣に並んでいた七海に問う。

「一年生の担当が伊地知君。二年生は灰原。三年生は皐月さんらしいですよ」
「アイツが三年って。俺らと同じってことじゃん」
「別に不自然でなければ誰でもいいんでしょうけど。まぁ彼女、座学の成績は一番いいですからね。灰原じゃ授業についていけないでしょうし」
「あ〜言ってたな、座学の成績は悪くないって」

 五条は顎に指を添え、ふむ、と脳内で己と同級生の皐月について考える。想像上の彼女は間違いなく五条悟の誕生≠ノ影響されることなく生まれてきた人間だった。自分の生まれた意味に絶望しなくていい、普通の人間。今より確実に自分自身を認められ、楽に生きられたのではないだろうか。そして何より「私は、私を嫌いな五条先輩が好きです」などと、残酷なことは言わなくて済んだのだろう。
 五条悟という呪縛に囚われることのない彼女ならば、今より格段に想いが通じ合う確率は高いはずだ。
 ──本当に、そうだったらよかったのに。
 所詮は夢物語でしかない己の想像を打ち消した五条は、チラリと七海の横顔を盗み見た。

「てかさぁ、七海に聞きたいことあるんだけど」

 核心に触れる前にそこで言葉を止めると、七海は全てを予見したかのような表情で五条を見上げた。

「奇遇ですね。私もですよ」
「クックック、なるほど。聞くまでもないってことね」

 話の流れを読めば、名前を出さずとも誰についてのことか分かる。五条は「お前、皐月のこと好きなの?」という問いをすっ飛ばし、肯定の返事を受けた前提で話を進めた。

「今後アイツが誰かを選ぶこと、あると思うか?」

 今の状況は抜け駆けもなければ、譲る譲らないもない。選択権を彼女に委ねていると言えば聞こえはいいかもしれないが、それは彼女の自己肯定感の低さからくるこんな自分なんて誰かから選ばれることなんてない∞自分が誰かを選ぶなんて烏滸がましい≠ニいう思いが消え失せない限り先に進むことはない。
 彼女が自身の洗脳から解き放たれ、良い方向に変わらなければ選ぶ権利を手にしていることにすら気づかないだろう。
 しかし、その兆しはあると七海は前を向こうとする彼女の決意を思い出しながら、噤んでいた口を開いた。

「いずれは、きっと、あるんじゃないですか。たとえそうじゃなくとも、何かしらの選択を彼女の本心だけでしてほしい」

 五条と七海。このうちのどちらかが選ばれるとは限らなければ、誰も選ばないという選択をする可能性もある。
 切なげに目を細めた七海から、ふいと五条は目を逸らした。

「だとしても……俺からは口が裂けても好きだなんて言えなくても……アイツがこの先、好きだと口にすることがあるのなら、その相手は俺がいい」

 どれだけ残酷であっても、彼女が己のために産み落とされた事実は変わることはない。変わらないのならばなおさら、彼女が望まぬまま背負ってしまったその業を共に背負えるのは己しかいないと、五条は自負していた。
 七海は五条の言い分を聞き、不快さを隠そうともせずあからさまに眉根を寄せた。

「……それは貴方が五条悟である以上、彼女が苦しむことになる。それを分かっていてもそう望むんですか?」
「そんなの、苦しめない道を探すしかないだろ。こればっかりは譲れないんだから」

 彼女に辛い思いをしてほしくはないけれど、自分以外が選ばれるなんて、あり得ない。五条は薄氷の上を歩くような道を選択せざるを得ない。
 五条は思わず足を止めた。どれが正解かなんて分からない。だとしても事実と感情はある程度切り離して考えることが、彼にとっての正解だった。
 五条を真似てその場で立ち止まった七海は、五条へ向き直りふつふつと湧き上がる怒りを言葉に乗せた。

「保証はないですよね。なにも譲れないのが自分だけとは思わないでくださいよ」

 責めるような七海の鋭利な眼差し。五条は顎を引き、サングラスの隙間から七海を直視する。

「なんだよ。七海も同じなら俺にとやかく言えないだろ」
「同じじゃない」

 明確な否定で五条を突き放した七海は、踵を返す。

「彼女が幸せだと思えた上で、その先にいるのが自分であってほしい。それだけです」

 それだけ告げて七海は歩き出した。
 五条のように彼女の業を背負うことはできないかもしれないが、隣で彼女の感情に寄り添うことはできる。随分前から七海にはその覚悟があった。

「……同じだよ」

 一足早く校舎へ入っていった七海の背中に、五条は一人呟く。
 好いた相手には幸せになってほしい。五条も例に漏れずそう思っている。だからこそ己がその手を引いて、幸せを一緒に掴み取りたい。それだけなのに。
 そう簡単に折り合いがつくものではないかと、五条はゆっくりと息を吐き、瞬きの瞬間、不意に落とした視線を拾い上げ前を向いた。





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永遠に白線