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学内の空気が重い。もともと気持ちのいいことばかりの場所ではないことは理解しているが、皆の活気はあった。しかし後輩が一人、短い生涯を終えてからは活気どころか皆目の下に隈を作り、会話は消え重苦しく静まり返っていた。
五条はそっとため息を吐く。灰原の死を悼む気持ちがないわけでは決してない。しかしいくら尊い命だとしても、死という揺るがない事実の前でいくら嘆いても変わらないのなら、コンディションを落としても仕方がない。
そのせいで灰原と同じく尊い命である皆まで命を落とせば、灰原も報われないだろう。それが五条の考えだった。
久々に休みを得た五条は、寮を出てあてもなく山道を歩いていた。夏油は遠方への任務で不在、家入は運び込まれた負傷者の手当てに駆り出されている。そんな中、一人で街に降りるのも気分ではないし、部屋にこもっているのも暇で仕方がない。
苔に侵食された祠や石灯籠、小さな鳥居が混在しているのを横目に歩き続けると、見知った顔が目に入った。
「何してんの、こんなところで」
「……ちょっと」
祠と祠の間に紛れ込むようにして、ちょこんと座り込んでいた皐月に声をかける。彼女は小さく上げていた視線で五条を捉えるとすぐに目を伏せた。
それ以上言葉を発さない彼女を問い詰めるほど五条も無神経ではない。大方灰原の死を引きずっているのだろう。同期を亡くしたのだから当たり前といえば当たり前なのだが、生気まで抜けてしまったかのような彼女の表情にそのままにもしておけず、五条は傾いた階段に座っている彼女の隣に腰掛けた。
「飯、ちゃんと食べてんの?」
「……それなりには」
「睡眠は?」
そう聞くと彼女は何か言おうと口を開くが、すぐ閉じてしまう。そして少し考えるように両手の指を絡め「時々」と答えた。
良くない、と五条は思った。精神的に弱い彼女がようやく前を向き始めたのに、このままだと簡単に逆戻りだ。
少しでも前を向いてほしい一心で、五条は皐月に語りかける。
「気に病むなよ」
「……灰原のことですか」
「あ〜……まぁ、お前の性格上難しいかもしれないけど、そんな調子じゃ稽古も身に入んないだろうし」
この状態のまま任務に出されたら灰原の二の舞になりかねない。それこそ五条が懸念していた悪循環だった。
「皐月なら分かってるだろ。他の奴らよりもさ。俺とお前は生まれた時から同じ
五条の言葉を聞いた皐月は顔を上げる。そして驚いたように目を丸くして、五条を凝視した。
「今回のことはそう珍しいことじゃない。誰でも起こり得ることだ。だから悲しみには慣れなくとも、死は飲み込めるようにならなくちゃやっていけない」
ザワ、と頭上で青々と茂った葉が揺れる。涼しげな風を背に受けた五条は、しきりに視線を注ぐ彼女をしっかりと見つめた。
「だから、いつまでもそんな顔──」
「一緒じゃないです」
五条の言葉を遮った皐月は立ち上がった。
「五条先輩と私が一緒なわけないじゃないですか」
「は……?」
予想外の彼女の反応に、五条は困惑した声を漏らす。
それまで無表情だった彼女が、僅かな怒りを滲ませ五条を見下ろした。
「私は……! 弱いから、強い貴方の気持ちが分からない……! でもそれは、逆も同じです」
必死に絞り出した言葉をぶつけられた五条は、呆然と彼女を見上げる。辛そうな彼女の表情に胸が痛んだ。そして、何かとんでもないことを言ってしまったのではないかと自分の言動を思い返した。
「勝手に決めつけて、一緒にしないでください」
「お、おい。そういうことじゃ」
踵を返し、山道を降りていく彼女を追おうと立ち上がる。しかし、五条にはなんと声をかければ良かったのか分からない。
──ただ励ましたかっただけなのに。
そして何より、また己のせいで彼女を傷つけてしまったことがやるせなかった。