
あれから数日。七海とは当たり障りのない話しかしていない。きっと次に余計な口を開けば今度こそ彼を怒らせてしまいそうな気がしたから、迂闊にあの時のことを尋ねられなかった。しかし、よく考えてみれば、そもそも普段から彼とは必要以上の話をしていない。私が変に気にしているだけなのかもしれないと、彼との距離をはかりかねているうちに、七海と灰原は任務で沖縄に行ってしまい、一人取り残されてしまった。急な招集で慌ただしく彼らが出て行ったのは昨日の話だ。なんでも五条先輩たちから直々に指名されて呼び寄せられたらしい。私だけ選ばれなかったということは、つまり
春の陽気に包まれた昼下がり。ただでさえ人の少ない高専内がさらに人気がなくなっている中、特に示し合わせた訳ではなかったけれど同じ留守番組である硝子さんと二人、外階段に並んで座っていた。
隣で彼女が紫煙を燻らせる。微かな煙草の香りが風に流されていくのを見送って、空に浮かぶ雲でさえも吸い込んでしまいそうな青を見つめていた。この色を知っているような気がして、それが何で合ったか記憶の中を放浪するも思い出せず、おもむろに携帯を開いた。
灰原が撮った七海とのツーショットと共に「もうすぐ那覇空港を発つよ」と連絡が来て数時間。もうそろそろ高専に着く頃だろうか。任務自体は長引いたものの何の問題もなく済んだらしいので安堵で胸を撫で下ろしたけれど、やはり胸の内には曇天のように重たい雲がかかっていた。
「置いていかれるのは辛いか?」
「……どうしてですか?」
「そんな顔して同期の写真を見つめてたら誰だってそう思うよ」
「そんな顔……」
硝子さんの言葉を反芻し、自分の表情筋を確かめるように頬を触るけれど、いまいちよく分からなかった。そういえばそんな顔≠ニ七海にも言われた気がする。次、彼にそう言われたら、具体的にどんな顔か聞いてみようか。彼は何と答えるのだろう。それともまた怒るだろうか。
……きっと怒るんだろうな、なんて想像に難くないもしも≠導き出して、煙草の火を地面で揉み消した先ほどの彼女の問いかけに対して自分の思いを述べた。
「辛くない、と言えば嘘になります……けど、私はそう思ってもいい土俵にも立っていないので」
置いていかれる。それは元々同じ場所に肩を並べていた場合にのみ適応されるはずだ。私は彼らに比べて呪術師としての実力も意識も明らかに劣っていた。足並み揃えて同じ方向を見据えるなんて、到底できそうにない。
これから彼らの背中を見送る機会が何度だって訪れるだろう。その度に私は、本当の気持ちを殺しては、地についた自分の足元を見つめ、現実と乖離しないように今一度身の程を弁えるべきだと己を律して生きていかなければならない。感情なんてものは私の人生において尊重されることはないのだから。
「アイツらさ、何にも分かってないんだよ。私のことも、皐月のことも」
携帯していた灰皿に吸い殻を放り入れた彼女は苦い息に乗せてそう呟いた。
「でも、私たちもアイツらが何考えてるか分かってない。それが当たり前なんだ。言葉のない信頼は居心地はいいだろうけど、人間なんて誰しもそう簡単に通じ合えるわけじゃないからね。結局、死ぬ時は皆一人だ。孤独に慣れるのも一つの手だよ」
恵まれた才能が故に危険な任務からは遠ざけられ、仲間が代わりに危険に向かっていく様を見送るのは孤独だ。彼女はその孤独と肩を並べてこの一年を過ごしていたのだろうか。それでも彼女は自分の役割を理解して受け入れている。
残される立場でも、私と硝子さんでは何もかもが違う。罪悪感が胸の内を侵食していくのを感じながら彼女の伏せられた瞳を見つめた。
「それでも辛いなら、伝える努力は辞めちゃいけないと思うよ。言葉にすることを諦めたら、本当の理解者は得られない」
その言葉に呆然とする私の肩にポン、と彼女の手が乗る。
「今の皐月には酷な話だったな」
「……いえ、少し驚いただけです」
私は理解者が欲しいのだろうか。今までそんなことなど考えたこともなかった。七海に自分のことを話したのも彼への義理立てのつもりだったし、ましてや五条先輩へ胸の内を見透かされそうになった時は彼に理解されたくないとまで思っていたのだ。
目から鱗の助言に面を食らった私へ「まぁ、男どもが戻ってきたらゆっくり考えればいい」と硝子さんは励ますように薄く笑った。
校舎へ戻ろうと歩き始める私たちは、背後からけたたましいアラートが鳴り響いたことにより足を止めた。それは高専内で未登録の呪力が発生したことを知らせるものだった。
何かが、この場所で起こっている。そう、硝子さんと顔を見合わせた瞬間、激しい衝撃波が襲いかかった。
「恐らく五条の術式だ」
そう呟いた硝子さんに目を丸くする。
彼らは帰ってきているのか。任務は何事もなく終わったと灰原が言っていたから、きっとこれは不測の事態なのだろう。
「私は何かあったら
「薨星宮……? もしかして、今回の任務って天元様の?」
「ああ、
そんな重大な任務だなんて全く知らなかった。灰原や七海は知っていたのだろうか。少なくとも高専から発った時には知らなかったはずだ。彼らがこの緊急事態に巻き込まれていないことを祈りながら硝子さんと別れ、私は静まり返った広い高専内をひたすら走った。