──夏油様が死んだ。
百鬼夜行の中で五条さんにトドメを刺されたと、彼の訃報を聞かされた時にはもう街中を包んでいたクリスマスムードは過ぎ去り、すでに年が明けていた。
わたしの信じた道は簡単に断たれしまった。夏油様がもうこの世にいない事実が、胸奥にまで空虚を作り出す。しかし、彼がわたしを道連れにすること選ばず、生かすことを望んだことが何よりも重たく心にのし掛かっていた。
彼と交わした約束を思い出す。あの時にはもう既に、彼は何かを予見していたのだろうか。そう思わせるほど彼の死は呆気なくも必然であったように思えた。それでも、やっぱりわたしは彼のいない世界を生きることなど望んでいなかったのだ。そう伝えたくても、もう彼は戻ってこない。ただ諦念に苛まれる日々の中、唐突に
夏油様の骸を肉の器として存在するもの。それはわたし達、家族にとって新たな火種だった。彼の身体に対する冒涜だと主張する者と、彼の意志を継ぐために従うことを選択した者。そしてどちらにも着くことを選ばなかった者もいた。
「……お姉ちゃんはどうするの」
皆の言い争いに立ち入らず、ただ眺めるだけだったわたしに、美々子が選択を迫った。もちろん私達と一緒だよね、と問いかける双子の眼差しにわたしは口を噤んだ。
「貴女だって夏油様の意志を継げるなら本望でしょう?」
真奈美さんは夏油様の望んだ世界を創り上げることをわたしも望んでいると信じて疑っていない口ぶりだった。
どちらの言い分も痛いほど理解できる。けれど、わたしはどちらでもなかった。そう口に出したかったけれど、双子を残して自分の意志を貫いても良いものか悩ましかった。
「わたしは……二人を置いていけない」
耳の裏で「美々子と菜々子のことを頼むよ」と夏油様に呟かれた気がした。何度言われたか分からないその台詞は、いつだって鮮明に蘇る記憶の中にいた。わたしにとっても大切で、彼にとっても大切なもの。今さら手放せるわけがなかった。
絞り出したわたしの答えに双子は目を見開いた。そして、唇を噛み、肩を震わせ、わたしを睨みつけた。
「それは私達が家族だから? それとも子供だから?」
「……両方だよ。わたしは二人のこと」
「私達を言い訳に使うな!」
美々子の問いに答えたわたしの声は、菜々子の怒鳴り声によって遮られた。菜々子は同時にわたしの胸ぐらに掴みかかり、目に涙を溜め、怒りに震えていた。
「夏油様はお姉ちゃんを置いてったんだ。……もっと怒ってよ。なんで怒らないの」
ずっと一緒にいてくれると確かに約束したけれど、夏油様は最後の最後でわたしが生きることを望んだ。そのことにやるせない思いを抱きはした。しかし、怒りは湧いてこなかった。
彼女はわたしの気持ちを汲み取って、誰よりもわたしの抱いたものを自分のことのように思い、代わりに怒りをぶつけてくれている。
わたしの問いに何も答えない彼女へ「優しいね」と言えば、掴んだ拳に入った力が徐々に抜けていった。
菜々子はしがみつきながらズルズルと崩れ落ちていく。代わりに後ろで静かに涙を流していた美々子がわたしの手を取った。
「……私達のせいで、お姉ちゃんが好きなようにできないのは嫌なの」
彼女は「お姉ちゃんはどうしたいの」とわたしにもう一度尋ねた。その涙に揺れた真剣な瞳に押し負けて「わたしは……」と口を開くも、やはりすぐに決断できるものではないと口を閉ざす。
静まり返った部屋の中で、それまで静観していたラルゥさんがそっと立ち上がり、宥めるように背を撫でた。
「美々子も菜々子も自分で進む道を選んだでしょ? アナタもアナタのやりたいように進めばいいのよ」
この場にいる家族達一人一人に視線を向けると、皆もまたわたしを見据えていた。その決意が滲み出た真剣な眼差しに、もうこれまで通りではいられないのだと諭された気がした。
わたしも今ここで腹を括らなければならないのだと奥歯を食いしばる。
「わたしは、これまで通り一番傍にいる」
絞り出した決断に皆、目を見張った。わたしの目を覚まさせるように身体を揺さぶる菜々子は「あれはもう夏油様じゃないんだよ!」と訴える。わたしはそれに抵抗することなく「分かってる」と頷いた。
「ただ、一番傍で全てを見届けてたいだけ。……あっちで夏油様に会えた時の土産話にはなりそうでしょ」
双子達につられて泣いてしまいそうになるのを、強がって作った笑顔でひた隠す。それが逆に不安にさせたのか、美々子に袖を引かれた。
「……お姉ちゃん、死なないよね」
自ら命を経つと思われたのだろうか。わたしは何も言い返さず曖昧に笑みを浮かべた。
中身が空っぽになってしまったわたしは、もう既に死んでいるようなものだった。生きながらえたところで何があるのだというんだ。
今、こうして生きて欲しいと思ってくれている家族がいる。わたしが生きる理由はもうそれだけだった。そうやって惰性で生きるくらいなら少しでも意味を持たせたい。あの人の身体の行く末を見守って、最後には一緒に連れて逝けたら、少しでも意味のある死になるんじゃないかと思った。だから、わたしは皆とは違う道を選んだ。
「私達より先に死んだら許さないから」
そう言って抱き着いた双子達を両手で抱き締め返す。「二人とも元気で」と彼女達の肩に顔を埋めて呟けば、「そっちこそ」とたどたどしい鼻声でありながらも不敵に笑っていた。