ピンポーンと軽快なチャイムが鳴る。「お荷物でーす」という声に足早に戸を開けると、冷たい風が吹き込んだ。
曇天のせいか随分と冷え込んでいる。それとも十年に一度と言われている大寒波のせいなのか、とにかく通年の二月に比べとてつもなく寒かった。
身を竦ませたわたしとは対照的に宅配業者のお兄さんはテキパキとした動作で「重いので玄関先に置きますね!」と段ボールを運び込むと、わたしに伝票を差し出した。
「ここにサインお願いします!」
手渡されたボールペンを握り、空欄を見つめる。
ここに何と書くべきか迷っていた。自分の苗字を書くか、それとも宛先通り家主の苗字を書くか──
しかし、いつまでも寒い中、お兄さんを待たせるわけにはいかない。わたしは手早く半ば勢いで空欄に夏油≠ニ書き込んだ。
「それじゃあ失礼します!」
「はい、ご苦労様です」
ガチャリ。鍵を閉め、罪悪感と高揚感で高鳴る心臓を静かに抑える。書いてしまった。立場上家族と呼ばれることはあっても、書類上は何の繋がりもないのに。ささやかな期待のようなものがまるで彼との関係を望んでいるかのように、反射的に手を動かしてしまった。
そもそもこの荷物は夏油様宛に送っていたものだ。受取人のサインに夏油と書いてもおかしくないはず。……多分、きっと、そうであって欲しい。
そう胸の内で言い訳をしながら、控え伝票の少し乱雑な自分の筆跡を見つめていた。
背後でドタドタと足音がする。わたしは手の中の紙をポケットの中に仕舞い込む。それと同時に「お姉ちゃん!」と声をかけられた。
「ねぇ! 今年の夏油様の誕生日プレゼント何にした?」
「え?」
突然の話題に、わたしは玄関先にやってきた双子の少女を前に首を傾げる。
「準備してるんでしょ?」
「う、うん。それは一応ね」
そう頷けば、美々子と菜々子は「なになに! 教えて!」と口をそろえて言い、目を輝かせた。
何故そんなに前のめりなのだろうか。よく分からないまま、段ボールの横にしゃがみ口を開く。
「この間新潟に出張に行ったでしょう? だから日本酒とそれに合いそうなご当地の肴をたくさん買ってきたの」
ベリベリと音を立ててガムテープを剥がし、段ボールの中身を二人に見せる。
「夏油様、ザルだしたくさんあった方が喜ぶかなって」
様々な銘柄の瓶が敷き詰められた箱の中を見た双子は、苦い顔で視線を彷徨わせた。
「……うん、それはまぁ、ね」
「……確かに何もらっても喜びそうではあるけど」
「え……何かダメだった?」
二人の反応に急に不安になる。ドギマギしながら彼女たちを見つめると、二人は顔を見合わせた後、困ったようにわたしを見た。
「いや、そうじゃないけどさぁ……」
「色気ないなって」
「ん? 色気??」
それがプレゼントに何の関係が……? 一体何の話をしているのか分からなくなったわたしは再び首を傾げた。
◇◇◇
「わたし、色気ないですか?」
「……ブッ」
わたしの問いにいきなり吹き出した夏油様は、口元に運んだばかりのおちょこを慌てて机の上に置く。口周りから襟首まで日本酒で見事に清めてしまっている。
わたしは手元にあったおしぼりを広げ手渡した。
「ああ……すまないね。少し驚いてしまって」
「いえいえ、気にしないでください」
濡れてしまった部分を綺麗に拭い取った夏油様は、こめかみに指をあてがい頭を抱えてしまった。
「それで、藪から棒にどうしたのかな……?」
「夏油様への誕生日プレゼントは何かと聞かれて答えたら美々子と菜々子にそう言われたんです。……センスが悪いとかそういうことなんですかね」
いつもより火照った視線の先で、とっくりの表面を指でなぞる。美々子と菜々子が作ったケーキをみんなで食べた後、夏油様に酒を手渡したら「晩酌、付き合ってくれるんだろう?」と言われ、軽い酒盛りが始まってしまったのだがわたしもそこそこ飲んでしまっている。酒は人並みには飲めるけれど、夏油様のペースにつられてしまっているのかもしれない。
頭の中でぼんやりと考えるが、すぐに口元が寂しくなって空のおちょこに酒を注ごうととっくりを手に取った。
「……いや、それとは少し違うと思うよ」
「そうですか?」
どうやら夏油様は双子の言った意味が分かっているらしい。不思議に思って彼の方へ視線を向けると、手元にのとっくりをすいと取られる。なれた手つきでそのままわたしのおちょこに酒を注いだ彼に「ありがとうございます」と言い、少し肩を竦めた。
「これ、飲みやすいですね」
日本酒独特の癖の強さがなく、水のようにすいすい飲める。にこやかに「美味しいです」と言えば、彼は目元を吊って苦笑した。
「飲みすぎないようにね」
◆◆◆
「──って言ったのにな……」
夏油は酒によって少し重く感じる身体を持ち上げて、向かいで机に突っ伏している彼女の元に寄った。
「うう、すみません……もううごけません……」
「珍しいね。君がここまで酔う姿は初めて見た」
これまでも彼女と二人で酒を飲む機会はあったが、ほろ酔い程度でここまで酔ったことはなかった。無理やり晩酌に付き合わせてしまったのが悪かったのだろうか、と思案する夏油は、まだ首が座らない赤子のような彼女がのそのそと机の上から顔をあげる様子をハラハラしながら見つめていた。
「おっと」
案の定ぐらりと傾いた彼女の肩を支える。胸元に収まる火照った身体。それがぐるりと半回転して、背中に腕が回る。
「うごかないで……」
抱きしめる、というよりはしがみつくに近いけれど、彼女の今にも溶けそうな身体が腕の中にある。
彼女は重たい瞼によって視界を閉ざしたまま、吐息で首元をくすぐる。
「うう、ぐらぐらする……」
「相当回ってるね」
平静を装って「ほら、水だよ」と湯呑みを口元に持っていく。しかし、薄く開いた唇の端からつぅと零れてしまう。
夏油は仕方なしに湯呑みを側の机へ置くと、腕の中でぐたりと体重を預けている彼女へ声をかける。
「こっち、向いてごらん」
呼びかけに応えることのない彼女の頬に手を添える。そして、火照った彼女の顔を眺める。
──色気がないわけがない。
確かに双子が言うように、とても男女の仲を意識しているとは思えない贈り物だったけれど、それは彼女の良いところでもあり好ましいところでもあった。
信頼されているからこそ、こんなにも無防備な姿を晒しているのだろうけれど、もう少し意識してくれても良いのではないか。
夏油はおもむろに水を口に含むと、彼女の唇に自身の唇を重ねる。小さく吐き出された熱い吐息が、なけなしの理性を刺激した。反射的にそのまま口内に舌を割り込ませ、少しずつ水を移しながら舌を絡め取る。
嚥下する喉元と鳴り止まない水音。何度も何度も繰り返し、無我夢中だった。夏油は彼女に一杯分の水分を補給させたところで、ようやく唇を解放した。
するとそう時を置かずに彼女は徐々に覚醒し始め、ゆっくりと瞼を押し上げる。
「いま、何かしました……?」
夏油は未だ冷めやらぬ熱が籠った眼差しを向けながら「さぁ?」と答える。
きっと彼女は拾い上げた微かな違和感をすぐに忘れてしまうだろう。それがもどかしくもあり、悔しくもあった。
どうせなら、記憶に焼き付けるために、このまま先程の行為を繰り返してやろうか。
そう思った瞬間、夏油を制止するように「あ」と彼女が声を上げた。
「誕生日おめでとうございます。夏油様」
ちゃんと二人きりの時に言ってませんでしたね、とへにゃりと微笑む彼女に呆気に取られる。夏油はすっかり毒気を抜かれ、眉を下げて笑った。
「ああ。ありがとう」
熱としてぶつけたいと抱えていたもどかしさが愛おしさに変わる。
焦らずとも精一杯大事にしたいと思わせる彼女には、いつまで経っても到底かないそうにない。
2023.02.03 Happy birthday!!