朝夕に秋の気配を感じるようになってきた頃、わたしは夏油様の下で働くようになった。と言っても、雑用が主で施設内の清掃や備品管理など細々したものが多い。時折、彼に連れられ訓練≠することもある。その上できちんとした給金も貰えているので、彼には頭が上がらない。
 今までのバイトを続ける必要性もなく、日々のストレスは軽減され、これまでないほどの平穏な日々を送っていた。

 その日、書斎の整理を頼まれたわたしは、すっかり使い慣れた掃除道具を抱え、重たい戸を押し開けた。少し埃っぽい匂いが鼻の奥に張り付く。西日が差し込むその部屋は完全に無人だと思い込んでいたけれど、少女が二人黙々と机に向かっていた。

「こん、にちは……」

 戸惑いがちに声をかけたわたしは、このそっくりな顔の少女達が呪霊ではないかと疑いつつも、恐る恐る部屋の中へ足を踏み入れた。
 双子なのだろうか。金と黒という対照的な髪色意外は瓜二つだった。わたしは彼女達の手元に視線を向ける。机の上いっぱいに文房具が散乱しており、算数のドリルが広げられている。どうやら勉強中だったらしい。それでも何故こんなところに子供がいるのか不思議でたまらなかった。やはり、またわたしの目の錯覚で呪霊が人に見えているだけなのではないだろうか。そう身構えた時、金髪の少女が声を上げた。

「おねーさん、見える人なのにここにいるの?」
「わ、分かるの!?」
「わかるよぉ」

 金髪の少女が向かいにいた黒髪の少女に「ねぇ?」と同意を求めると、それまでジッと目を逸らすことなく見つめていた黒髪の彼女は「うん、わかる」と首を縦に振り、しっかりと頷いた。
 この少女達は、夏油様と同じようにありのままのこの世界を見ているのか。まだ幼いのに中途半端に見えているわたしとはまるで違う。きっと自分が持っている力を正しく認識できているのだろう。
 わたしは部屋の隅に掃除道具を置くと、少女達のもとへ寄った。

「二人は見えるんだね」
「お姉さんもでしょ?」

 黒髪の少女の問いに、わたしは肯定できなかった。曖昧に視線を移ろわせては、何と説明して良いものか、と言葉を選ぶ。

「呪霊がね、人に見えるの。だから、見えてるとは言い難くて……」
「人?」

 少女達は首を傾げて、互いに見つめ合う。そうして一瞬の間を置いた後、勢いよくわたしの方を見上げた。

「その方がいいよ!!」
「絶対にそっちの方がいい」
「えぇ……」

 食い気味な肯定に気圧されて、戸惑いの声を上げる。まさかそんな反応をされるとは微塵も思ってもいなかった。
 彼女達は再び声を上げ、わたしに訴える。

「呪霊ってキモいもん! 可愛くない!」
「もう見慣れたけど、初めの頃は怖かった」
「そう、なんだ」

 彼女達が見ている姿で呪霊を認識できない身としては、そう答えるしかない。いまいちピンと来ていないのを感じ取った二人は「変な形してる」「虫みたいなのもいる」「手足がいっぱいついてたやつもいた」「声も気持ち悪い」と口々に呪霊の特徴を挙げて行く。
 果てには「見なくて済むならそっちの方がいい」という結論まで行き着く。正しく見えている人間はそう思うのかと意外に思いながら、わたしは常々抱えている悩みを零す。

「でもね、どうしても二人みたいに見えるようになりたくて」

 子供相手に相談することではないと思うが、藁にもすがる思いのわたしはどんな意見でも欲していた。
 変わってるな、という視線をわたしへ向けながらも、二人は真剣に考え唸った。しかし、それは扉が開く音と共に打ち消された。

「美々子、菜々子、今日分の勉強は終わったかい?」
「夏油さま!」

 パッと表情を明るくした少女達は、素早く立ち上がり彼の元へ駆けて行く。

「終わりました」
「わたしも!」
「菜々子は終わってない」
「あとちょっとだもん! 終わったようなもんじゃん!」

 夏油様の足元で言い合う二人と、彼の顔を順に凝視する。わたしは驚きを声に乗せないように堪えつつ、柔らかい表情で少女達を見守る彼に声をかけた。

「夏油様、お子さんがいたんですね……」
「家族には違いないけど、血は繋がってないよ」

 彼は頭を撫でながら、二人に挨拶を促す。黒髪の少女が美々子と名乗り、金髪の少女が菜々子と名乗る。やはり双子だったようで、示し合わせたように可愛らしく頭を下げた。
 それでも未だ彼と双子の関係性を掴めないわたしに、クスクスと楽しげな笑い声が上がった。

「流石に二人の年頃の子供がいていい年齢じゃないよ」
「あ、あの、いくつか聞いても……?」

 謎が深まるばかりの彼に、怖々と問いかける。
 確実にわたしより年上だとは思っていたけれど、正確な年齢は知らなかった。

「数え年だと二十一だ。学年で言えば、早生まれだから君とは一つ違いになるかな?」
「じゃあ、まだ二十歳……」

 予想以上に歳が近かったことに、わたしは卒倒しそうになりながら呟いた。その様子を見た彼は揶揄うように笑みを浮かべた。

「フフ、また・・意外そうな顔だね。そんなに老けて見えるかい?」
「断じてそういうわけではないんです。ただ、なんというか……」

 言葉が詰まる。彼はきっとわたしには見当もつかない人生を歩んできたのだろう。どこか遠いものに思えた彼の中に、人としての成熟した何かを感じていた。
 わたしは慌てて取り繕うように言葉を並べて行く。

「いえ、わたしと比べて大人びているので、もっと歳が離れているのかと……」

 バツが悪く逸らしていた視線を遠慮がちに彼へ向ける。

「すみません。人の年齢を当てるの、得意じゃないんです。今までも当たったことがなくて」
「ああ、いくつに見える? ってやつだろう?」
「はい……あれは、少し困ります」

 彼も思い当たる節があったのか、「分かるよ」と眉を下げた。

「夏油さま」

 足元で小さく彼を呼ぶ声が響く。わたしが何者なのか、説明をねだるように、少女達が彼の袈裟を両側から引っ張った。彼もまた二人に応えるように、それぞれの肩に手を置く。

「ああ、紹介がまだだったね。彼女は私の──」

 そう言いかけた彼と、はたと目が合う。

「助けて、もらったの」

 何かに背を押されたように、無意識に彼の言葉を遮った。
 少女達にわたしのことを知られるのが嫌だったわけではない。ただ、その先の言葉を聞きたくなかった。彼がわたしをどう思っているかなど、知りたくない。知るのが怖い。
 強迫観念に等しい感情に駆り立てられる。瞬きさえ忘れて、それら全てを飲み込んだ。

「夏油様がいるから、生きていける」

 道標となってわたしが歩む先を照らしてくれる。
 足元の二人に視線を落とし、小さく微笑んだ。

「じゃあ、おねーさんもわたし達と一緒だね」

 少女達は顔を見合わせそう言った。その言葉に含まれた過去の重みに、そっと目を瞑った。幼いこの子達の身に何があったのかは分からない。きっとわたしよりずっと辛い思いをして来たのだろう。それでも、わたしと同じだと、寄り添ってくれることが何より嬉しかった。
 双方、私の手を取りその小さな手でギュッと握りしめる。頼りない力だったけれど、わたしにとっては何より心強かった。





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永遠に白線