本部の敷地は木々に囲まれている。もう少し寒くなって落葉すれば、枯れ葉をかき集めるのが大変そうだ。そんなことを考えながら敷地の隅で竹箒を握りなおし、掃いたゴミを集め小さな山にする。
「ちりとり持ってきたよ」
「美々子ちゃん、ありがとう」
「うん」
小さな手に抱えられたちりとりは、鉄製故か重たそうに見える。そのまま彼女に押さえてもらい、集めたゴミをちりとりの中へ掃いて入れる。
「菜々子、ゴミ袋広げて」
「わかったー」
彼女たちのやり取りを見守りつつ、袋を広げにくそうにしている菜々子ちゃんに手を貸し、手早く後片付けまで済ませる。
「二人とも手伝ってくれてありがとう」
「お仕事終わったなら遊ぼうよ!」
すかさずしがみついてくる彼女達の髪に触れる。髪の色は違えど髪質は似ていた。柔らかい感触が手のひらを撫で、はらりと零れ落ちていった。
掃除を手伝ってくれたのはこれが目的だったのか、と内心苦笑しつつも柔らかく頷いた。
「分かった、何して遊ぶ?」
「かくれんぼがいい」
「わたし探したい!」
「じゃあ、菜々子ちゃんが鬼で美々子ちゃんとわたしは隠れるね」
かくれんぼなどいつぶりだろうか。幼い頃でさえ、まともに遊んだことがないかもしれない。「広いから一分待ってから探して」「しょうがないなぁ、いいよ」という彼女達の会話を微笑ましく見つめながら、ついもっと早く二人に出会っていたら、と考えてしまう。幼少期の人格形成に与える影響は育った環境によって左右される。もし、誰か一人でも呪術について理解のある人が傍にいたら、もう少し楽しい幼少期を送れていたかもしれない。
そう今更過去を悔いても仕方なかった。どうにもならない雑念を打ち消したわたしは、二人に声をかける。
「他の人の邪魔になるかもしれないから裏庭だけにしようね」
「はーい」
元気の良い返事とともに菜々子ちゃんは両手で視界を塞ぎ、数を数え始める。わたしは駆け出した美々子ちゃんとは反対方向へ歩き出し、隠れる場所を探し始めた。大人一人が身を隠せる場所など案外見つからないものだ。つい正面の庭まで出てしまう。
わたしは広いその場所を見渡した。視界の中で遠ざかっていく人影と、それを見送る見慣れた人物が存在を主張していた。じっと遠くを見つめた夏油様を、わたしは物陰から静かに見つめていた。
調査の途中に突然帰されたあの一件後、彼とは何度か顔を合わせはしたが、あの時のことに触れられはしなかった。何だか忙しそうにしていたため、ゆっくり腰を据えて話す時間もなかったし、わたしもわざわざ話題に持ち出すことはしなかった。彼が「一人で問題ない」と言うなら疑う余地もない。その言葉を飲み込み、従えばいい。何も難しいことはないはずなのに、つい穿った見方で難しく考えてしまう。そんな自分にそろそろ嫌気が差してきた。
冷たい風が辺り一帯を巻き込んで空へ舞い上がる。彼は弄ばれた長い髪をそっと押さえた。そして、初めからわたしの存在に気付いていたかのように、こちらへ視線を向けた。わたしは驚いて目を見張る。その反応に彼はクスリと笑みを零しては、傍に来るように手招いた。
何だか盗み見をしていたようで罰が悪い。特別咎められはしないだろうが彼の目を直視出来ないまま恐々と彼の元へ寄った。そして、その気まずさを誤魔化すように「お疲れ様です」と頭を下げた。
「あの日から何か変わったことは?」
「変わったこと、ですか?」
「ああ。君の身に何かいつもと違うことが起きなかったかと思ってね」
特に思い当たる節はない。何故そう思ったのだろうか、という疑問は胸にしまい、無意味に両手の爪先を絡ませた。
「いえ……特には」
「そうか。それならいい」
彼はほっと安堵するような息遣いを零す。わたしの身を案じてくれていたことは確かなようなので、わたしも彼と同じように安堵した。そっと視線を上げる。澄んだ彼の瞳がわたしを見ていた。
「気になっているんだろう?」
「え……」
静かな眼差しで射抜かれたわたしは、言葉に詰まる。
「あんな帰し方をしたんだ。気にならないわけがない。……すまなかったね、私にとっても少しイレギュラーだったんだ」
「そう、だったんですね」
「君に何か悪影響があるかもしれないと咄嗟に判断したのだけど、余計な心配を増やしてしまった」
彼は眉を下げ、再び「すまなかった」と謝罪を口にした。確かにここ数日、ずっと頭の隅で考えてはいたけれど、彼が謝るほどのことではない。わたしは咄嗟に首を振った。
「いえ、気にしてませんよ」
「本当に?」
疑うような視線でありながらも、少し弱々しく伺う動作があざとく、思わず喉を詰まらせた。
そんな表情で見つめられてしまえば本音を話さざるを得ない。そもそも、わたしが彼に嘘をつけるわけがなかった。
「……少しだけ、何でだろうと疑問には思いました。けど、こうして気にかけてもらえただけで十分です」
そう告げておきながら、わたしは往生際が悪く「あの、やっぱり一つだけ」と彼を見上げる。
「……先日の依頼、あの後どうなったか聞いてもいいですか?」
どう決着がついたのかだけでも知りたい。少なからず失踪した男子高校生には自分を重ねていた。無事だったのか、それとも無念にも助からなかったのか、ずっと気に掛けていた。
彼は「ああ」と小さく呻き、思い返しているように宙の一点を見つめた。
「結論から言えば失踪していた少年は生きているよ。ギリギリね」
「ギリギリ?」
「そう、命は助かった。けれど、意識がまだ戻らないらしい」
「……なるほど」
「それでも依頼自体は問題なく済んだし、成功報酬ももぎ取った」
「そう、ですか」
彼は「心配はいらないよ」と微笑むけれど、綺麗さっぱり解決したわけではないことに肩を落とした。意識が戻らない。怪我のせいなのか、精神的な問題なのか、それとも呪術が関係あるのか。疑問な事はたくさんあるけれど、それ以上踏み込むことを彼は拒絶していた。詳しいことは端から話す気はないのだろう。それはきっとわたしを疎ましく思っているからではなく、先のことを考えた上でそうした方が良いと思ってのことだろう。彼はわたしの身に悪影響を与えてしまったのではないかと気遣ってくれるくらいなのだ。それでなければ何だと言うのだ。わたしの乏しい社交性ではそれくらいしか思いつかない。
わたしは彼の牽制の笑みから逃げ出すように言葉を探した。
「……夏油様は、いつも一人で依頼を受けているんですか?」
「一人の時もあれば、他の呪詛師と手を組むこともあるね。そもそもこちらの利にならないものは初めから関わらないし、時と場合によるかな」
話の流れを無視した問いに、彼は嫌な顔一つしなかった。きっと彼にとっても好都合だったのだろう。
真昼の空がすぐそこで晴れやかに見下ろしている。差し込んだ日差しは真夏のような鋭いものではなく、穏やかに足元に落ちていた。
「良かったです」
「何が、かな?」
「夏油様が無事で良かった」
何気なく言ったわたしの言葉に、彼は陽を受け煌めいた瞳をより一層丸くしていた。軽率な発言だったと気づくまで時間を要した。耳が痛いほどの静寂が、早く何か言えとわたしに発言を急かした。
「あ、その……夏油様は、きっとわたしが心配する余地なんかないほど強いんでしょうけれど、危険な目に遭うことも多いんじゃないかと思って」
言い訳を述べるわたしに降り注ぐ彼の視線は真夏の日差しのように痛かった。表立って逸らすこともできず、かと言って見つめ返すこともできなかったので、彼の喉仏のあたりをジッと見つめれば、小さく上下に動いた。その後すぐに「時にはそういうこともあるね」と同調する彼の言葉が降ってくる。わたしは心を落ち着けるように、そして意を決して大きく息を吸った。
「貴方がわたしを気に掛けてくれたように、わたしも貴方のことを気に掛けていました。……生意気、ですね。すみません」
尻窄みになっていく言葉に、彼は頭を振った。
「謝ることじゃないよ。ただ、少し驚いたと言うか……私は君を傷つけたと思っていたから、心配してくれていたなんて少しも思い付かなかった」
手が伸びて来る。髪を掠め、頬に触れる。耳のふちに触れる指先がくすぐったい。わたしは唇を結び必死にその行為に耐えた。わざとやっているのではないかと彼の顔を見上げるけれど、そこにあるのは柔らかい眼差しだけで、わたしの気が触れてしまっただけなのではないかと錯覚する。「ありがとう」と微笑んだ彼の言葉は、徐々に近づいて来る足音の持ち主たちにかき消された。
「あー! 見つけたー!」
「裏庭だけって言ったのに!」
勢いよくこちらに駆け寄ってくる双子達に抱きとめて、視線を合わせるように膝をつく。
「ごめんね、つい話に夢中になっちゃって」
「誰かに攫われちゃったかと思った!」
「大人だから大丈夫だよ」
「大人でも攫われないとは限らないよ」
鋭い追撃に「た、確かに」と唸るしかなかった。
「呪霊とかだったらおねーちゃん区別つかないじゃん! 油断しちゃダメだよ」
「おっしゃる通りです……」
子供とは言えど的を得た意見に居た堪れなくなる。こんな歳の離れた子達の方がしっかりしているなんて、と落ち込んでいると頭上から押し殺したような笑い声が降ってくる。
「二人と遊んでくれていたんだね」
「すみません、仕事サボってしまって……」
「いいんだ。私は四六時中一緒に遊んであげられないからね。実のところを言うと、君が遊び相手になってくれて助かってるよ」
彼はわたし達三人の顔を順に目で追って、再びクスリと笑みを零した。
「何だか姉妹みたいだ」
「姉妹、ですか」
両隣に居た双子の頭を撫でた彼は、悪戯っ子ように楽しげに目を細める。
「美々子、菜々子、大きな妹ができたね」
「わっ、わたしが妹ですか!」
思わず立ち上がったわたしに、彼は声をあげて笑う。完全にわたしが姉だと思っていたことに、恥ずかしいやら情けないやらでどんな顔をしていいか分からず、ただただ顔を赤らめた。その横で双子達は嬉しそうに「わたしが守ってあげるからね!」としがみつくので、完全に立場を無くしてしまった。
「確かに、呪術に関しては二人の方が先輩ですけど……」
「ふふ、すまない。微笑ましくてついね」
不服そうにしている私の肩を軽く叩いた彼は「美々子と菜々子をよろしく」と言い残して室内に引っ込んでしまった。頼られたと言って良いのか分からないが、その小さな信頼がとても嬉しかった。……一生大切にしたいと思うほどには。
「……かくれんぼ、続きする?」
足元の双子に問えば「する!」と元気の良い答えが返って来る。子供の体力は底なしだ。明日筋肉痛になることを覚悟して、詫びとして今日はとことん付き合おうと小さな姉達と共に走り出した。