薨星会という組織は予想していたより何倍も大きい。いや、お嬢の人脈が広すぎるのか。
悠仁はここ数日、そう身をもって実感していた。どこから聞きつけたのか、お嬢の怪我の具合は大丈夫なのかと見舞いに訪れる人々は両手で数えても足りない。
今日は中学生くらいの少女が、世話係の女性を従えて本邸にやってきた。
「お見舞いじゃ!」
「わざわざありがとね〜」
三つ編みをサイドに結わえ、ヘアバンドですっきりと髪のボリュームを抑えた少女。その名は天内理子といった。
彼女はお嬢がお見舞いのお菓子を受け取ると満足気に笑った。美味しいものに目がないお嬢とは、よくお菓子を持ち寄って女子会を開く仲である。
女子同士の会話に花を咲かせることに楽しみを覚えている理子は、本邸の中をうろつく男たちの存在が、はっきり言えば邪魔だった。罪のない構成員たちへ白けた視線を向け、ため息混じりの声を漏らした。
「相変わらず男だらけでむさ苦しい……」
「そう? 賑やかで楽しいよ」
この環境が当たり前のお嬢は、そう言い切った。しかし、理子の主張も汲み取って数少ない女性の運転手である新田を呼び止める。
「新田ちゃんも一緒に食べよう?」
「いいんスか! それじゃあお言葉に甘えて!」
これでいつもの女子会に近いものになる。ご満悦の理子の横で世話係の黒井は眉を下げるけれど、お嬢の気遣いに甘えることにした。
客間の机を囲んでおしゃべりをしていたところに、悠仁が紅茶の入ったティーポットとカップを持ってやって来る。気を利かせて持ってきてくれたのか。お嬢は礼を言いつつも、新田と自分の間を叩き、一息休憩していくよう促す。
「悠仁くん、朝から働き詰めで疲れたでしょ」
「あー! 貴様のせいかァー!」
理子は「悠仁」という名前に反応したのか、突然立ち上がり、悠仁に向かって叫んだ。
「理子様、声が大きいですよ」
「黒井! コイツのせいでお嬢が怪我をしたのじゃ! グラサンと前髪がさっき言っておった!」
ビシッと悠仁を指差した理子。黒井に「人に向かって指をさしてはいけません」とたしなめられると、しぶしぶ腕を下ろした。
「あれ? 二人にあったの?」
「ここに来る前に天元様のところへ寄ったのじゃ。その時にたまたまな」
五条も夏油も祖父のところへ出向いていたのか。彼らは仕事の話をしに行ったのだろうけれど、お嬢自身は直接連絡を取り合っているものの久しく祖父に会っていない。近々会いに行こうかと思うも、気が進まないのだ。それは祖父に会えば確実にとある相談を持ちかけられるからで……
その相談≠フ内容を思い起こし、お嬢は五条と夏油の話の広げ方に対し零したため息と一緒に吐き出した。
「別に悠仁くんのせいじゃないって言ってるのに……むしろこうやって身の回りのことしてもらってるんだから、ありがたいと思ってるよ」
「確かに、お嬢のことになると話を大袈裟にする奴らだからな」
五条と夏油の普段の様子を思い浮かべた理子は、腑に落ちた様子で相槌を打った。そして悠仁へ「悪かった」と頭を下げる。
悠仁は理子のような反応をされることも多く、すっかり慣れてしまったのか「いいよ、ほんとのことだし」と眉を下げて頬を掻いた。
「理子ちゃんはお祖父ちゃんの手伝いをする家の子で親戚みたいなものなんだ〜」
「へぇー、よく分かんないけどすごいんだな」
初対面の理子のことを悠仁へザックリと説明したお嬢は、彼の淹れた紅茶を啜る。その説明ではよく分からないのもしょうがないのだが、理子は納得がいかず、意義ありと声を上げた。
「一言余計じゃ‼︎ 妾たちは天元様の繁栄のためにお役目をいただいている! そして、その役目を負った者を星漿体と呼ばれておるのじゃ!」
ドヤ顔で「どうじゃ!」と言う理子に、気圧されていた悠仁はハッと我に返り、顔を輝かせた。
「カッケーな!」
「そうじゃろう!」
波長が合うのか二人は意気投合し始めた。お嬢は微笑ましく思いながらも、疑問に思っていたことを理子へ問う。
「そういえば、お祖父ちゃんのとこに行って来たってことは何かあったの?」
「ああ、重大な任務をいただいた」
よくぞ聞いてくれたと言いたげな彼女は、勿体ぶるように前置きをし、真剣な表情でお嬢の顔を覗き込んだ。
「天元様は最近ガラケーからスマホへ機種変したじゃろう」
「うん。やっとメッセージアプリに慣れて来たよね」
「次はショートムービーが見れるアプリに興味を示されてな。だから妾が使い方を教えたのじゃ!」
それが重要な任務かぁ。事情を知らなかった悠仁や新田も含め、自慢げに天元に頼られたことを語る理子へ温かい目を向ける。
「そっかぁ。そのうち流行りに乗って投稿とかしてそうだねぇ」
「なんか愉快な人なんだね」
「うん。悠仁くんともすぐ仲良くなれそう」
お嬢の返答に悠仁は「全然想像つかないな〜」と零す。
その向かいで理子はマドレーヌを頬張りながらも、悩ましげなため息を吐いた。
「天元様はお嬢のことを心配していた」
「え〜? 心配することなんて何にもないのに」
「お見合いのことだって断られたと嘆いておった」
「お見合い⁉︎」
悠仁と新田は示し合わせたように素っ頓狂な声を上げた。しかし、お嬢は呑気な様子で「ああ、あのことか」と呟いた。
「お嬢! それあの二人知ってるんスか⁉︎」
「え? 知らないよ〜。だってその場で断ってるんだから」
祖父からお見合いの話を持ちかけられたのは、まだ大学に入学したてで甚爾とも出会っていない時の話だ。新しい環境には慣れたか、一人暮らしに不自由はないか、金は足りているか、といつものように話していると、来年は二十歳になるし、とそういった話を持ち出されたのだ。
無理強いをする人ではないため、お嬢が首を横に振ったらそれ以上は何も言われなかったが、連絡のたびにその話題を持ち出されたらうんざりもする。きっと彼女を心配するばかりに、そういった行動に繋がっているのだろう。だからこそ、彼女も強くは言えないのだった。
「もう少し考えてみてとは言われてるけどなぁ〜まだ学生だしもう少し先でもいいと思って」
「お見合いの話があった事実がヤバいんスけどね……」
五条と夏油が知ったら何をしでかすか分からない。新田は青い顔をして、今の話は聞かなかったことにしようと心に決めるのだった。
「ちなみに相手って誰だったの?」
素朴な疑問を投げた悠仁へ、理子が己と同じ星漿体の一人だと告げる。
「何度かお会いしたことありますけど、物腰が柔らかで優しそうな男性でしたよ」
「そうなんだ。私理子ちゃん以外とあんまり会ったことないから全然知らなかった」
黒井の言葉にあまり興味がなさそうなお嬢がさらりと流した。
しかし、理子は食い下がり、常にお嬢の近くにいる例の男共を引き合いに出す。
「あの金魚の糞どもに比べたら、断然いい男だぞ!」
「う〜ん、お祖父ちゃんにも言ったんだけど、結婚するなら自分で決めたいんだよねぇ」
好きになった人と素敵な恋の末に、少しベタなプロポーズをされて結婚するのがお嬢の理想だった。ドラマの見過ぎだとツッコまれることなくすくすく育ったせいで、夢みがちな恋愛脳に成り果てていた。
しかし現実は理想だけで上手くいくとは限らない。それは彼女も重々承知している。
「何があるか分からないし、お見合いだけなら考えとく」
お嬢は不確定な先の未来を思い浮かべては、どこか他人事のように軽く息を吐いた。