蛍光灯が瞬く少し薄暗い院内。家入はお嬢の足首に手を当て可動域を確認した。何度かその動作を繰り返した後、顔を上げてふぅ、と息を吐いた。

「完治おめでとう」
「やったー! これで一人で歩ける!」
「まったく。一切歩かせなかったなんて、馬鹿どもの考えそうなことだ」

 家入は喜ぶお嬢の後ろで頭を抱えている五条と夏油へ冷たい視線を向ける。

「ウワァ〜〜‼︎ 治っちまった〜〜‼︎」
「いや。誤診ってこともあるし、セカンドオピニオンだ」
「最低だなお前ら」

 治ったことを素直に喜べ、という家入の言葉に、彼らは泣く泣く診察室から退却した。
 お嬢は待合室の皮が剥がれかけた長椅子に腰掛けていた甚爾を連れて病院を後にする。

「やっと歩けるようになったし、少し遊びに行ってくるね」
「遊び? どこに」
「うーん、渋谷とか? いろいろ買い物したいし」
「じゃ俺も」
「私も」
「二人はこの後仕事なんでしょ? ほら見て、伊地知泣いてる」

 病院の目の前に停めた黒塗りの車の中。ずっと待機していた伊地知が、半泣きで時計の針と五条たちの様子を窺っている。

「いい加減可哀想だから早く乗ってあげて」
「でもお嬢、散歩って言ってもまた何かあったら大変だ」
「大丈夫だよ。甚爾も一緒だから」
「それが信用できないつってんの〜分かる〜?」
「ふーん。じゃあもう一人で行くー」

 お嬢は塩対応で五条と夏油を突き放す。ここしばらくベッタリだったせいか、振れ幅が大きすぎて彼らに大ダメージを与えた。
 スタスタと歩き出した彼女へ、縋り付き「ごめんごめんごめん」と繰り返す美丈夫たちの何と見苦しいこと。
 根負けした五条と夏油は「五時の鐘が鳴る前には帰り着くようにね」と小学生に言い聞かせるような約束事を交わし、お嬢と甚爾の背中を見送った。

「それで? 本当はどこに行くんだよ」
「何でそう思ったの?」
「さぁ? 何となく」
「何となくで嘘だってバレちゃったのか〜」

 苦笑しながら最寄り駅の改札を通ったお嬢は、ちょうどホームに滑り込んできた地下鉄に乗り込んだ。
 人がまばらに座っている座席から、ちょうど真ん中部分が空いているところに並んで腰掛ける。対面する窓ガラスに反射した自分たちの姿を眺めていると、お嬢と甚爾の目が合った。彼女は反射的にニコ、と笑みを返す。そして窓ガラスから目を離し、横にいる甚爾の方を向いた。

「これから人に会いに行く予定なんだ」
「へぇ、珍しいな」

 お嬢はそうかな、と首を傾げるも少し逡巡し、確かにそうかもと同意を示した。
 ここ最近は甚爾や悠仁のような、偶然の出会い方をすることが多くて、わざわざ初対面の人を訪ねることはなかった。
 彼女はポケットに入れていたスマホを取り出し、メモしていた住所を甚爾に見せた。

「今からここに行くの」

 彼女が会いに行こうとしている人物は、悠仁の友人だった。恵の居場所について何か情報を持っているかもしれないとのことで、足が治ったらすぐにでも訪ねようと決めていた。
 あちらは彼女が来ることを知らない。もしかしたら無駄足で終わるかもしれない不安を抱えつつ、テキストの横で点滅するカーソルを見つめていた。
 悠仁からの情報では、恵には血の繋がらない姉がいて、彼女が患った病気を治すために金を稼いでいるらしい。話を聞いたお嬢は健気過ぎて泣いた。

「ふぅん……じゃ、駅の近くで時間潰しとくわ」
「一緒に来ないの?」
「ドアの前までは送ってやるよ」

 興味を示さない甚爾に、お嬢は曖昧に頷き返した。本音を言えば、甚爾に息子を探していることを知られたくはなかったからちょうど良かったのだ。それでも何故わざわざ外で時間を潰すと言った理由が分からず、腹の中にモヤが渦巻く。
 しかし、それを今ここで聞き出すのも間が悪い。そう思った彼女は、後で聞けばいいかと思い直し、目的地のアナウンスに席を立った。
 住所通りにやってきた単身向けのマンションは、建って間もないのかとても綺麗だった。宣言通り甚爾はお嬢をドアの前まで送り届け「終わったら迎えに来るから連絡しろよ」とだけ言い残し、背中を向けて去っていった。
 怪訝に思う気持ちは飲み込んで、インターホンを押す。「どちら様?」という女性の声に悠仁の友人だと告げれば、すぐに扉は開かれた。

「虎杖の友達が何の用?」
「少し聞きたいことがあるの。いろいろあって今悠仁くんウチにいてね。そこでまたいろいろあって」
「ちょっと待て。そのいろいろを教えて欲しいんだわ」
「話せば長くなるんだけど……」
「いいわよ。座ってゆっくり話しましょ」

 お嬢が訪ねたのは一時悠仁や恵と生活を共にしていた釘崎野薔薇という少女だった。悠仁が引き取られた先から飛び出し家なき子となったように、野薔薇も田舎から逃げるように上京していた。東京初心者の二人は行き場を探しているうちに偶然出会った恵を介し、三人で過ごすようになった。一ヶ月も満たない短い期間だったが、今思えば貴重な時間だった。野薔薇は昔近所に住んでいた沙織と巡り会い、今は彼女の家に身を寄せている。そのことが決まった頃に悠仁が姿を消し、恵とも連絡が取れなくなった。少なからず心配はしていたけれど、連絡を取る術はなく、唯一悠仁たちに伝えていたのは自分の居場所だけだった。お陰でこうしてお嬢が野薔薇の元までやって来れたわけだが、まさか悠仁の友人を名乗る彼女がそちら側の人間だとは驚きを隠せなかった。
 悠仁がお嬢の厄介になっている経緯や、お嬢が恵に会いたがっている理由を知った野薔薇は、深い深いため息を吐いた。

「最早どっからツッコめばいいんだよ……ま、でも単刀直入に言えば、私も伏黒の居場所は知らないわよ。虎杖がヤバい事に巻き込まれてたのも今知ったくらいだし」
「そっか……何か手がかりとかも思い当たらない?」
「あー、もしかしたら臓器でも売ってる可能性があるわね」

 野薔薇は纏まった金が必要になった、と零していた恵の姿を思い浮かべた。その向かいでお嬢は、大まかな臓器のレートを高い順から思い浮かべていた。

「臓器かぁ。部位によっては値段変わるよねぇ。高く買ってもらえてるといいんだけど」
「冗談をさも当たり前かのように受け取るな! なんでそんなこと知ってるのよ!……って聞きたいとこだけど、あえて聞かないわ……」

 ただそれくらいしかねないというたとえでしかなかったのに、本気にしたお嬢の規格外な脳みそに頭を抱えた。野薔薇はこめかみのあたりをグリグリと押さえる。そして気を取り直してお嬢へ視線を向けた。

「伏黒のお義姉さん、病気だって聞いた?」
「うん。悠仁くんから寝たきりだって聞いてる」
「私は容態が急に悪くなったってことは聞いたわ」
「だから何としてでも治療費が必要ってこと?」
「そういうこと」

 臓器を売るだけで済んでいればいいけれど、お金欲しさにもっと危険なことをしているかもしれない。お嬢はしばらくう〜んと唸った後「三人で生活してた場所に手がかりとかないかな?」と尋ねた。

「ないとは思うけど、戻ってる可能性もあるし調べてみる価値はあるかもね」

 確証がないため何とも言えない野薔薇に対し、お嬢はそうと決まれば行動あるのみと迷いはなかった。
 お嬢は「ありがとう野薔薇ちゃん」と手を取って、今度うちに遊びに来てねと声をかけた。頷きかけた野薔薇は彼女の家にはヤクザしかいないことを思い出し「あーうん、そのうちね」と曖昧に頷いた。






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永遠に白線