甚爾の姿を見なくなって一週間。お嬢は甚爾の存在を忘れたかのようにケロッとしていた。あの時の表情を見ていた彼らは、ますますわけが分からず首を傾げていた。かと言って自ら甚爾の話題を彼女に振る勇気もない。
 そんなお嬢を連れて五条と夏油の三人は大阪にやってきていた。もちろん彼らの仕事は七海と灰原に押し付けてきた。どうしても五条や夏油でなければならない案件は、伊地知にリスケさせた。その結果、伊地知は胃痛に苦しみながら枕を濡らすことになった。
 賑わう道頓堀の橋の上でグリコポーズをとったお嬢。すかさずカメラに納めた五条の元に、たこ焼き三人前を買いに行っていた夏油が帰ってきた。どこからどう見ても大阪にはしゃぐ観光客でしかなかった。

「たこ焼き、まだ熱いからもう少し冷めるのを待った方がいいよ」
「え〜、私も早く食べたい」
「口の中ヤケドして、後で痛い思いするのはお嬢だよ?」

 川に沿って伸びる通路横に三人並んで座った。熱々のたこ焼きにありつこうとしたお嬢は、夏油の忠告に従い冷めるのを待つ。しかし、横で美味しそうに食べている彼らに我慢ができなくなり、早く冷めるよう息を吹きかけた。
 予想通りというべきか、それまでたこ焼きの上で踊るように揺れていた鰹節がこぼれ落ちる。

「あーあ、お嬢鰹節まみれじゃん」
「ほら、払うからじっとしてて」

 せっせとお嬢の世話を焼く彼らは、口調とは裏腹に嬉しそうだった。何せお嬢に頼られる機会がめっきり減ったのだ。もっと構いたい、構われたいと、一見可愛らしい付き合いたての彼女のような思考回路をしていた。
 目的さえ違えば三人で楽しく旅行なんて最高じゃないか。そう思っていた五条のスマホが鳴った。彼はポケットから振動している物体を掴み出し、画面に表示された名前を確認した。

「もしもし、憂太? なんか進展あった?」

 電話は五条の親戚筋にあたる乙骨憂太からだった。本家の人間は使い物にならないと判断した五条は、五条会の中で一番優秀な乙骨の力を見込んで、禪院会周辺の情報収集を頼んでいた。
 乙骨の「ちょっと厄介なことになってるみたいで……」と漏らした声に、詳細を聞き出した五条は何度か相槌を打ち電話を切った。

「なんだって?」

 夏油に尋ねられた五条は、盛大なため息を吐いた。

「はぁ〜予想通り禪院会、内部抗争が起きてるっぽいよ」
「それじゃあ、一度京都へ戻るかい?」
「いや、その必要はない。伏黒恵は大阪にいる」

 五条はキッパリと言い切った。その隣でようやくたこ焼きにありつけたお嬢は、口いっぱいに頬張りながら首を傾げる。

「一体何しにきたんだろう?」
「それがハッパの買い付けらしい」

 ハッパとは大麻の隠語である。
 驚いた拍子に勢いよく飲み込んだたこ焼きが喉につっかえた。お嬢は胸の中心を拳で叩き、胃まで押し込むと、ようやく顔を顔を上げた。

「どうしてそんなことに……現若頭の対抗勢力として祭り上げるために連れてきたんじゃないの?」
「対抗勢力とはいっても、そもそも派閥が二つだけとは限らない。禪院直哉がトップの座につくのも嫌だけど、除籍した人間のガキ連れてきて頭にするっていうのにも納得できない第三勢力がいるってことだよ」
「なるほど、内情を知らないことをいいことに上手く騙して下っ端の仕事をやらせたわけだ」
「そういうこと。これでボロを出せば伏黒恵を支持する派閥の面子はまるつぶれ。リスキーだけど手っ取り早い」

 一枚岩ではない禪院会の内情に、呆れの混ざったため息を吐いた。組織を安定させる苦労は五条や夏油にも分かる。しかし、ここまで大ごとに発展するまで問題を放置していたことは擁護できなかった。

「売人と落ち合う場所とか分かってるの?」
「当たり前じゃん。俺を誰だと思ってんの」
「調べたのは乙骨なんだろう? 悟の手柄じゃないじゃないか」
「いやいや、関西こっちに人脈があるのは俺のおかげだし」

 声高々に胸を張った五条に、夏油はまぁ確かにと納得せざるを得なかった。お嬢も五条の言葉に同意を示し「ありがとう」と礼を言った。

「じゃあ行こうか」
「まさか、直接乗り込む気?」

 空になったたこ焼きのパックを袋にまとめ、立ち上がった彼女へ夏油が問う。

「だって現場に行かなきゃ何も分からないよ?」
「まぁね。ほんとは他所のシマで他所の厄介ごとに首突っ込むのはよろしくないんだけどさぁ、もう五条を使って嗅ぎまわった後だからぶっちゃけもう遅いわけ」
「そう言われればそうか……」

 彼女の回答に、渋々ではあったものの頷いた五条。そんな彼の言い分を聞いた夏油も、彼と同じような苦い顔で同意した。

「お嬢は結局どうしたいんだよ。会うだけ会って、はいさようならってわけにもいかないでしょ」
「うーん……薬物を持ち込んでる売人がどこの人間かにもよるけど、一番は恵くん自身がどうしたいかによると思う。助けるべきなら助けるし、必要ないならそのままにしておくべきだよね」

 悩ましげに足元に視線を落としたものの、すぐに顔を上げ、問いかけた五条へ視線を向けた。
 何をするにも本人の意思を重んじているお嬢は「やっぱり会ってみないと分からない」と結論づける。

「はいはい、ここまで来たら最後までケツ持たなきゃな」
「ヤク関連なら何とかできる伝手があるから、最悪のことにはならないはずだよ」

 お嬢を見捨てることなど考えつくはずもない彼らは、頼もしい言葉と共に腹を括り、立ち上がる。「行こうか」と声をかけ、彼女の手を引いて目的地へ向かった。






目次


永遠に白線