「恵くんはどうしたい?」

 彼女に問いかけられた張本人は、この場において何と言って立ち回るか頭を悩ませながら、視線を惑わせた。

「禪院が内部抗争をしてる以上、この件に関与していたことが警察にバレれば恵くんの立場を保証できないと思うんだよね」

 恵自身に大きな罰が課せられなくとも、警察が介入すれば彼が禪院会のトップに立つ日は来ないかもしれない。それは望んでいることなのか、お嬢は彼の真意をはかりかねていた。
 恵はしばらく口を噤み、ようやく口火を切った。

「……金さえ手に入れば後はどうなってもいい」

 頭になれば金など腐るほど手に入るというからわざわざ禪院までやってきたのだ。それが約束されないなら、今すぐにでも大阪を飛び出して未だに目を覚まさない義姉の元へ帰る心づもりだった。
 お嬢は投げやりにも聞こえる恵の言葉に「本当に?」と念を押した。彼は迷わず頷いたので、拍子抜けした様子で口を開いた。

「それなら一番簡単だよ」
「どういうことだ」
「禪院会の体裁を気にしないでいいなら、お金なんていくらでも手に入れられるよ」

 さも当たり前のようにそう言った彼女。五条は嫌な予感しかしなかった。

「今度は何する気だよ……」
「元凶を取り除けば全て解決するんでしょ? じゃあ、先に禪院会に潜り込んでた男を向こうに送り渡せばいいんだよ」

 向こう、とは孔経由で甚爾へ依頼した韓国マフィアのことである。つまりは甚爾が殺した売人の死体と一緒に、一番憎い相手である禪院会へ潜り込んだ男をとっ捕まえて引き渡そう! という作戦らしい。

「うちの人間に迷惑をかけたって事で、大々的にバックにつけば示談金と報酬でお金なんて何倍も膨らんで返ってくるんじゃない?」

 我ながら良い案を思いついた、と満面の笑みを振りまくお嬢へ、夏油が頭を抱えながら問いかけた。

「念のため聞くけど、うちの人間≠チて誰のことかな?」
「え? 恵くんのことだけど」
「ほらぁ! だと思った‼︎」

 心の中では諦めがついていたものの、五条は叫ばずにはいられなかった。
 その横で、結局こうなるのかと言いたげな夏油は額にうっすらと青い血管を浮かべている。

「お嬢、この前私たちが言ったこと覚えてるかな?」
「え、えぇ?」
「すぐに人を拾うなって言ったよね?」
「で、でも、今はそんなこと言ってられないし……」

 今さら恵のことを見捨てられない、と潤ませた瞳で訴えるお嬢。じー、と上目遣いでおねだりするように見つめられると、夏油はぐ、と喉を鳴らした。結局根負けした彼は、甚爾へ視線を移し「この男に、悠仁、その次は息子まで拾うって……」とぼやくしかなかった。

「ちょっと待て。悠仁って、虎杖のことか?」
「うん。今うちにいるんだけど、恵くんのこと心配してたよ」

 友人の名前が出てきたことに驚きつつも、もっと衝撃的な事実に、恵は恐る恐る甚爾を見つめた。

「それに、息子って……」
「…………」

 バツが悪そうに視線を逸らした甚爾。対して五条は、そんな彼へ白けた目を向けた。

「まぁ、こんだけ似てて血が繋がってない、なんてことないでしょ」
「正直、親なんてどうでもいい。これまでもいないのが当たり前だったからな」

 淡々と語る恵に、甚爾はそうだろうなとしか思えなかった。
 禪院会と関わりを持たせないようにわざと遠ざけた息子が、何の因果か己の存在を飛び越えて禪院会にいいように扱われた。恵を置いていった選択が、皮肉にもならない無意味な気遣いに成り果ててしまった。それが何とも言えない寂寥感を胸に生んだ。
 お嬢は甚爾の落ちていく思考を引き止めるように袖を引いた。

「ねぇ、トウジはどうしたいの?」
「どうしたいって、何をだよ」
「……例えば、私たちの契約が切れた時、トウジはどうする?」

 唐突な問い。甚爾は彼女へ言葉の先を促すように黙り込んだ。

「詮索しない、縛らない。それが居心地よかったから私のところにいたんでしょ? でも、今回トウジが戻って来なくてやっぱり寂しかったんだよね。そう思っちゃったら、もう元の居場所ではいられないと思うの」

 彼女は何の相談もなしに姿を消した甚爾に対し、何かしてしまったのかもしれない、このまま帰ってこなかったらどうしよう、とひたすら逡巡した。それは己と甚爾の間にあった確かな信頼≠自ら手放してしまったのと同じだった。最後まで彼を信じることができなかったことへ、彼女は慚愧の念に堪えなかった。

「……どうする? 伏黒甚爾さん」

 契約という名の鎖で繋ぐペットとしてではなく、一人の人間として問いかけた。
 お嬢は「私はこれまで通り傍にいてほしいと思う」と言う。今度こそ最後まで信じて待てるようになりたい。甚爾に選択権を委ねながらも、自分の意思を真っ直ぐ伝えるように見つめ合った。
 そんな二人の間に「ちょっと待った」と五条が割り込む。

「ねぇお嬢、何口説いてんの?」
「口説いてないよ。もし大切に飼ってたペットが逃げ出していなくなっちゃったら悲しいでしょ? だから戻ってきて欲しいなって思ってるだけだよ」

 五条と夏油は、お嬢と甚爾のただならぬ雰囲気が充満する二人だけの世界をかき消すように焦った声を上げる。
 しかしそれは、今まで沈黙を守っていた甚爾によってかき消された。

「確かにお前の所にいたのは、楽だったから以外に理由はない」

 お嬢はうんと相槌を打ちながら甚爾へ視線を注いだ。

「でも、それだけならお前を連れて逃げるなんて面倒なことなんかしない。ましてや常に監視の目に晒されるあんな屋敷に移る前にバックれてる」
「……うーん、確かにそう言われたらそうかも」

 共にいた理由が、住む場所として居心地がいいからというものなら、あの屋敷の居心地は最悪だ。それが嫌になり逃げ出したいと思うなら、今までにいくらでも機会はあった。
 甚爾が大人しく行動を制限されることを受け入れていたのは、もっと違う理由があったから。

「お前だからだ」

 端的に甚爾が発した言葉は、彼女の胸の内に燻っていたものをザッと洗い流した。

「何にも考えてなさそうな顔して手を差し伸べるお前だから、傍にいたいなんて思う奴もいんだよ」

 真っ直ぐに彼女を瞳に写した甚爾は「もう契約はいらないだろ」と不敵な笑みを浮かべた。それを受けて、彼女は驚いたように目を丸くする。

「ずっと一緒にいてくれるの⁉︎ 嬉しい!」

 感情のまま甚爾へ飛び付こうとしたお嬢。しかし、後ろにいた夏油によって両肩をガッチリと固定されていたことにより、一ミリたりとも動くことはできなかった。

「はーい、勝手に盛り上がるのはやめようね」
「なぁ〜突然現れた父親が女子大生といちゃついてるの見る気分ってどんなカンジ⁇」
「……強いて言えば最悪ですね」

 五条に肩を組まれた恵は、若干鬱陶しそうに眉を寄せるけれど、目の前で行われていることのほうがよっぽど理解に苦しむ。
 流石に恋愛的な意味ではないだろうが、自分の子供と近い年頃の少女へ永遠を約束する絵面というのは、筆舌に尽くしがたいものがあった。
 それでも、彼女の心の底から溢れ出た笑顔を向けられてしまえば、苦い気持ちを取り払うしかない。

「じゃあ、取り敢えず恵くんに指示を出してた人を捕まえなきゃいけないけど、連絡取れたりする?」
「この後落ち合う予定なので、そこに行けば会えると思いますけど」

 恵は指示された場所をスマホで示す。それなら話は早いと、お嬢は恵の手元を覗き込んだ。

「京都の方なら悟くん詳しいし問題ないね!」

 五条は丸投げじゃんと思ったけれど、もう何も言うまい。今さら何を言ったところで遅いのである。
 頼りにされた大人たちは顔を見合わせた。彼女の考えた大それたプランを完遂しなければならない。

「……それにしても禪院の人間をうちの人間ですって主張を通すの、かなり無理ないか?」
「向こうもほぼ人さらいみたいなものだし、先にうちと……というかお嬢と交流があったことにすればなんとか誤魔化せるんじゃない?」

 五条と夏油は耳打ちしあって、ハァと大きなため息を吐いた。

「まぁ、禪院会はこれから忙しくなるしね。男がすでに所持してる薬物に関しては、知り合いの 麻薬取締官 マトリへ情報を流しておくよ」

 先を行くお嬢と恵。それに続く死体の入った袋を担ぐ甚爾。己が言えることではないが、どこからどう見てもアンバランスな組み合わせだと、夏油は額に手を当てた。






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永遠に白線