「わざわざ付き添ってもらってありがとうございます」

 恵は行き交う車の騒音に掻き消されないよう、少し声を張った。
 関西で巻き込まれた一件は、すでに収束していた。恵へ指示を出していた男は呆気なく捕らえられ、売人の遺体と共に孔へ引き渡された。
 その場にお嬢もやってきたことに、孔は心底驚いた。しかし驚きはそれだけでは終わらない。お嬢が孔に要求したのは「少しだけ韓国マフィアの人たちに会わせてほしい」という主旨のことだった。学生が手にするには少し高いブランドのバッグを可愛らしくおねだりするように、可愛らしく首を傾げたお嬢に孔は「正気か?」と三度は聞いた。そして冗談ではないと分かった孔は、何があっても責任を取らないという条件のもと、彼女をクライアントに引き合わせた。とにかく無謀にも思える手段を取ろうとする彼女のことが怖かった。
 後日、彼女が五条と夏油の付き添いの元、韓国へ乗り込んだのはまた別の話である。結論からいえば「そちらが最後まで処理しなかったせいで、友人が厄介ごとに巻き込まれました。こちらで処理してもよかったんですが、敢えてそちらへ身柄を渡します。最後までケツを持てない極道なんて、極道じゃないですよね?」という旨のことを伝え、圧をかけたのである。そして甚爾への報酬とは別に、示談金をたっぷりぶん取って帰国した。もはや華麗な詐欺師の手口だ。
 そのまま全てのお金を手渡された恵は狼狽した。仕方がない。一生でこんな大金を見る機会なんてそうそうないのだから。
 必要最小限の金額で大丈夫です、と言った恵に、彼女は「必要な人に使われないお金なんて価値がないから」と真の金持ち発言をかましたので、全て受け取らざるを得なかった。
 恵の言葉をしっかりと拾ったお嬢は、ゆっくりと首を横に振った。

「ううん。こっちこそお見舞いできてよかった。連れて行ってくれてありがとね」
「……手術が済んでも、津美紀に会いに行ってやってください。きっとアンタと気が合う」

 もちろん、と笑いかけた彼女は恵と並んで帰路へつく。
 恵は今、悠仁と同じく彼女のもとに身を寄せている。一時的なものではあるけれど、予想以上に平穏な日々を過ごしていた。……時折、五条と夏油が煩いけれど。
 家の門が見えてきた。帰り着いた、と思った彼女は、門の前に見慣れぬバイクが停まっていることに気づく。誰のものだろうか。バイクを趣味にしていた人なんていたかな。そう頭の中で構成員たちの顔を思い浮かべていると、敷地の中から出てきた一人の女性が声をかけてきた。

「やぁ、大阪でお転婆してきたんだって?」

 好奇心旺盛な眼差しを向ける女性へ、はじめましてと言えば彼女は「麻薬取締官の九十九由基だ」と名乗った。

「あ! 傑くんから聞いてます。今回はいろいろお世話になりました」

 麻薬取締官は厚生労働省の管轄であるため、警察とは別の組織になる。今回は警察に頼ると歌姫が煩そうなので、マトリへ情報を提供した。表向きには薨星会は禪院会へ干渉していない扱いである。そのためには外部から介入してもらわなきゃならない。情報を渡す代わりに、薨星会の立場も守るという取引が、九十九と夏油の間でなされていた。

「こちらこそ夏油くんと五条くんには世話になったからね。お礼をしに押しかけたんだ」

 押しかけたのか、と思う恵だったが、首を突っ込むことはせず、お嬢の傍で沈黙を守っていた。
 九十九は「自由に生きるのが一番だ」とウインクを飛ばし、バイクに跨った。

「お嬢ー! 電話ー!」

 玄関から叫ぶ悠仁の声が響く。振り向いたお嬢は、九十九に手を振り屋敷の方へ駆け出した。

「誰だろう?」
「関西弁の若い男の人だった。早くお嬢を出せって、名前教えてくれなくてさ」

 関西、と繰り返した彼女は恵と顔を見合わせる。親しい人なら直接電話してくるはずだ。わざわざ誰が出るかわからない固定電話へかけてきたということは、そこまで交流がない人の可能性が高い。
 彼女は親機の前に立ち、恐る恐る受話器を取る。

「……もしもし」
「他所様のシマでよう暴れまわってくれたなぁ」

 開口一番に嫌味を言った声。彼女には確かに聞き覚えがあった。

「あ、もしかして直哉くん?」
「名前で呼ぶなや! 五条会の連中がかぎまわってたんは割れてんねん。五条会を簡単に動かせるのは悟くんだけや。ほんならお宅が関わってないわけがないやろ」

 彼女が「難しくて分かんない〜」ととぼけると、電話の向こうで直哉が喚いた。しかし、関西弁に慣れていない彼女には、直哉の罵倒は刺さらず右から左へ流れて行った。

「でも、直哉くん命拾いしたんじゃないの?」

 そう一言、彼女が言えば、直哉は押し黙った。

「恵くんが禪院で頭になる、なんてことになったら、直哉くんが大変でしょ?」
「こんのクソ女ぁ……調子に乗りおって」

 ギリィ、と歯を食いしばる直哉は、負け犬のごとく吠えた。

「悟くんだけやなくて、甚爾くんまで自分のものにしよって、どんだけ強欲やねん!」

 直哉は新宿で甚爾に会った際、禪院会へ戻らないかと声をかけていた。自分が頭になれば甚爾の除籍などどうとでもできる、と。しかし、除籍が会と甚爾自身の双方の意志によって行われていたことを直哉は知らない。そのせいで甚爾には見事に振られていた。

「あ、直哉くんってもしかして、二人のこと好きなの? それなら直哉くんもうちに来る?」
「ざけんなや! 誰が行くねんドブカスが!」

 割と本気だったのに。と思うお嬢は、強制的に切られた電話口でため息を吐いた。しかし、これでよかったのかもしれない。直哉まで、となると流石にあの二人に怒られる。
 彼女はツーツーと無機質な機械音が鳴る受話器をそっと置いた。

「大丈夫? なんか怒鳴り声聞こえたけど」
「うん。多分ストレス発散したかっただけなんだと思う」

 心配そうに眉を下げる悠仁は「それ本当に大丈夫なん?」と再度尋ねた。お嬢をストレスの捌け口としてサンドバッグにするなんて、五条と夏油が聞いたらブチギレるに決まっている。
 兎にも角にも、目先の事は全て丸く収まった。それら全てはお嬢一人だけでは成し遂げられなかったし、お嬢がいなくとも今の結果にはなっていない。
 波瀾万丈な彼女の人生に巻き込まれる全ての人々は、紆余曲折あれど最後は皆笑っているのではないか。彼女によって人生を変えられた悠仁と恵はそう確かに思うのだった。










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『その後、五条と夏油とお嬢はどうなったのか』
と言う話を書き下ろした番外編を収録して書籍にします!

文庫サイズ/カバーあり/全162P

2022/01/15開催の夢箱に新刊として持っていきます!
BOOTHのページは作ってあるので、
入荷お知らせメールを登録いただければ、
入庫後に通知が行くのでご活用ください。

こちら からどうぞ!



ここまでお付き合いいただきありがとうございました!
悠仁世代も出しましたが、五条世代の星漿体任務に関係したみんなが、せめてifの世界線では幸せになってほしい思いで書きました…
いずれくるはずのアニメ二期で鬱にならないように、明るい話がかけてよかったです〜!












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永遠に白線