土足で踏み込まれた日常



 通い慣れた改札を通り抜ける。大学の最寄り駅なだけあって学生と思しき若者が多い。たまたまゼミで知り合った違う学部の友人が、数人ですぐ近くの安いカラオケに消えていくのを見送って、目的地が同じであろう学生の集団の中に入った。
 大学前の信号で立ち止まる。入り口に立っている警備員がしきりに中の様子を気にかけていた。いつもは暇そうにしているのに、と不思議に思っていると、背後から声をかけられた。

「よっ! レポート提出できた?」
「あ〜その節はほんとにありがとう……なんとか無事に提出できたよ」

 信号が青になり、足並みを合わせて渡り出す。
 彼は自由奔放な友人たちの中でも特に面倒見が良いため、他の友人と一緒によく勉強を見てもらうことも多い。ここまで必要な単位を落とさずこれたのも、彼のおかげと言っても過言ではない。
 ありがとう、ありがとうと連呼している私に、彼は一緒に旅行に行くはずだった女友達の名前を出した。

「リサ達も資料送ってただろ。お礼は次の長期休みの旅行計画でいいってさ」
「旅行好きだねぇ、全然いいんだけど金欠って言ってなかった?」
「そこはバイト代でなんとかするじゃねーの?」
「それなら別荘開けるよ、お礼だし」
「別荘持ってんの?」

 そういえば友人達には言っていなかったと思いつつ頷いた。もともとは私のものではないのだから、あまり自由にはできないかもしれない。しかし、そこはどうでも良いらしく、場所を問われる。「熱海」と答えると喜びで「熱海〜!!」と叫んでいた。うるさい。
 ある程度の人目を引いたところで、学内の中を歩いていく。すると、何故だか人だかりができている。警備員が気にしていたのはこれか、と合点がいき、中心にいる人物を見る。

「げ、」

 夏油くん、と言いかけて言葉を飲み込む。完全に目があった。

「知り合い?」
「あー……うん、そんなとこかも」

 友人の問いをいなし、目を背ける。足早にその場を立ち去ろうと彼の背中を押すけれど、モーゼの海割りの如く人だかりがざっと引き、夏油くんが目の前に立ちはだかった。

「楽しそうだね」
「いや、全く……」

 この状況の何が楽しいんだ。遠巻きに見られる疎外感。居心地が悪すぎる。
 彼が人目を引く容姿なのは分かっていたけれど、八割は袈裟のせいだと思っていた。しかし、今の彼はいつもの和装ではなく洋服だった。私服なのだろう、全身真っ黒だったけれどそれすらも似合っているから不審者だと扱いにくかったのかもしれない。
 なんとなく警備員さんの心情を察しながらも、今一番聞きたいことを口にする。

「何でこんなところに……」
「渡したいものがあって。今日は授業だって言ってたから」
「え、そんなこと言ってない」
「それともいつもみたいに家で二人きりの方がよかった?」

 私の発言など無視に近かった。いつも家で二人きりなのは、そっちが押しかけてくるからだろう。誤解されかねない発言のせいで、周囲にいる女子の視線が研ぎ澄まされた気がする。ビシビシと敵意に刺される痛みに耐えながら、私は人混みから逃げ出した。彼は「邪魔して悪いね」と全く悪びれる様子などなく、友人に言い放ち私の後を追ってくる。
 歩き出してどのくらい経っただろうか。普段来ることの少ない研究棟付近までやってきて、ようやく足を止めた。

「あの、教祖って忙しいんじゃなかった?」

 第一声にそれか、と言いたげに彼は苦笑する。そして意地の悪い物言いで、目的を話し出した。

「たまには猿山を見物するのもいいかなと思ってね」
「そんな、動物園に遊びに来たんじゃないんだから……」

 呆れたようにそう言えば、彼は戯けたように肩を竦めた。

「そうかい? 君を観察しに来たんだ、同じようなものじゃないか」
「私なんか観察しても何も面白くないよ」
「確かに面白くはないね」
「じゃあ、何で」

 目を細めた彼は、息を吐く。答えを探すように視線を上げポリ、と親指で眉間を掻いた。

「……さぁ、何でだろう」

 答えは結局見つからなかったらしい。
 本人が分からないのなら、私に分かるわけがなかった。今の私にできるのは「それならもう帰った方がいいよ。[[rb:家族 > ﹅﹅]]が待ってるんでしょう」と少し突き離すように帰宅を促すことくらいだった。

「君に言われなくともそうするさ……と、言いたいところだけどね。これを見てもまだそんなことが言えるかな」

 彼は鞄の中から和綴じの本を取り出した。
 私は一見帳簿のようなそれを受け取り、中を確認するべく数ページパラパラと開いてみる。見覚えのある字。間違いなく叔父の字だった。

「呪具が収納されていた袋の中に紛れていたんだ。早く渡してあげようと思ったのだけど、余計なお世話だったみたいだね」
「あ、ありがとう……!」

 今は嫌味すらどうでもよかった。文字の羅列を目で追っていく。日記のような中身のあるものではなく、何かの名前のようなものが並んでいた。中にはあの壺──[[rb:朝鮮壺 > チョウセンツボ]]の表記もあったおかげで、それらが何か分かった。

「これに書かれてるものが、叔父さんが所持してる呪具、呪物ってこと……?」

 戸惑いがちな事実確認に、彼は鷹揚に首を縦に振った。

「そうだろうね。ざっと確認したけど、あの蔵にあったものと数が合わなかった」
「つまり、やっぱりまだどこかにある……」
「思い当たるところは?」

 そう聞かれて考え込む。自宅はもちろんのこと、祖父母の家も隅から隅まで片付けきっている。その他で可能性があるとすれば……

「実家以外だと、別荘、とか?」

 先ほど友人との話で話題に上がったおかげで思いついた。
 私の返答に、彼はにんまりと口角を吊り上げた。

「それじゃあ行ってみようか」



  ◇◇◇



 錆びついたガレージのシャッターを上げる。鼓膜を引っ掻くような嫌な音が響いた。機能自体に問題はなかったけれど、ひとまずレールの部分に油を差し、何度か引っ掛かりがないか開閉してみる。三回ほど繰り返すとスムーズに上がったので、そのまま開けたままにして別荘の中へ向かった。
 夏油くんには正面玄関から普通に入ってもらい、すでに呪具等の捜索を始めてもらっている。

「懐かしい……」

 リビングの片隅に置かれた複数の写真立て。祖父母の若い頃の写真や母や叔父の子供の頃の写真もあった。その中に私が幼い時の家族写真が立てかけられていた。
 家族で一度だけここに来たことがあった。記憶としてはぼんやりとあるだけだったけれど、しっかりと両親がいた証拠がここに残っている。それが何より嬉しかった。
 薄く埃が乗った表面を手で拭う。そしてそのまま、物音を頼りに彼の元へ向かった。

「夏油くん、何かあった?」

 納戸の床に座り込んでいる彼の手元を覗き込む。そこには鈍く光を反射する大剣が、鞘から顔を出していた。

「じゅ、銃刀法……」

 思わず頭を抱えた。こういう時は確か、警察に連絡しなきゃいけないんだっけ? いや、それよりちゃんと許可が出ているものなのか確かめるべきなのか?
 慌てふためく私の足元に何かが当たった。視線を落とすと、小型な拳銃から猟銃のような大きなものまでよりどりみどり。こんなに大量な武器に許可が出るだろうか。いや、ありえない。銃刀法違反が確定してしまった。

「大丈夫だよ。どうせ警察に連絡したところで結局は呪術師に渡るんだから構わないだろう」
「あ、あぁ、そうなんだ……よかった」

 見つけたのが他の人間だったら、もっと大事になっていたに違いない。
 大剣を納めた彼は、ほっと胸を撫で下ろす私の手元を食い入るように見つめていた。
 
「それは?」
「家族写真だよ。両親が事故に遭う少し前に撮った写真だから、遺影に使ったの」

 仏壇に飾られた遺影と同じ顔で笑っている写真の表面を撫でた。
 彼はその様子を一瞥し、「事故、ね」と呟いた。

「一番初めに記されていた帳簿の日付」
「え?」

 理解が追いつかない私に、彼は手元の帳簿を開いて該当箇所を指さした。

「君の両親が死んだ後からつけられている。つまり、それ以前は呪物収集は行っていなかった」
「それじゃあ、お父さんとお母さんが亡くなったのがきっかけだったってこと?」
「その可能性は大いにあり得る」

 彼はいつになく真剣な表情で頷いた。

「両親の死因、調べてみる価値はありそうだね」






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永遠に白線