目は口ほどに



 引っ越すことを決めた。夏油くんがやってくる前に全てのものを捨てて、どこか遠くにでも行ってしまおう。自宅にある叔父のものも、全て片付けたら解放される。……そのはずだったのに。
 荷物の少ない叔父の部屋。その本棚の後ろから出てきたのは、手紙だった。私へじゃない。母へ。弟から死んだ姉への手紙だった。
 決意表明と呼んで良い物だった。犯人に復讐をすることができないのなら、せめて呪詛師の手に渡りそうな呪物、呪具を集めることで、何かが変えられるのではないかという内容。それは力のない非術師が、非術師なりにできることはないかと模索した証だった。
 私は一体何をした。力がないから、と全てに受け身だった。唯一行動したことは、叔父が呪詛師に渡らないようにと必死に集めた物を、呪詛師に──夏油傑に渡したことくらいじゃないか。
 自分では制御できない、手に余るものをひたすら収集した叔父の行動が、正解だったかは分からない。仮に叔父が間違っていたとしても、それ以上に私がしたことは悪だった。全てを水の泡にし、叔父の決意を無下にしてしまった。

「逃げるのかい」

 静寂の中に声が響く。入居直後のような空っぽの部屋の真ん中に、彼が立っていた。

「夏油くん……」
「何から逃げるつもりだったのか、言ってごらん」

 歩み寄ってくる彼に、思わず後ずさった。手の中でぐしゃり、手紙が音を立てる。

「誰から、と言った方がいいかな」

 追い詰められた私は、彼の影の中で喉を鳴らした。
 真実から逃げたかった。夏油くんから逃げたかった。何より叔父さんからも逃げたいと、そう思ってしまった自分から、一番逃げ出したかった。

「君は全部知ったんだ。目を逸らすことは許されない」

 するり、下を向く顎を撫でられる。顔を上げろと促され、私はぎこちない動作で顔を上げた。
 彼の瞳は愛に濡れていた。溢れないよう、零れないよう、慎重に丁寧に扱っているのが分かる。

「私から逃げるなんて、あってはならないんだよ。君には全てを受け入れるしか選択肢はないんだ」

 彼は、愛を言葉にできない。言葉にしてしまったら、過去を、大義を、生き方を、彼の選択してきた全てを否定してしまうことになる。
 今更引き下がれないことを、私が分かっているから。彼は愛を言葉にできないことすらも受け入れろと言うのか。

「分かるかい」

 利益という存在意義を根こそぎ食い荒らされるまで、私は愛を言わぬ観察対象のまま。目は口ほどに物を言うなら、それでいいじゃないか。
 後から振り返れば、自暴自棄になっていたと後悔するかもしれない。あの世で叔父に恨まれることになっても、今はなんだってよかった。
 ゆっくりと頷く。全てを捨てようとした私が信じられるのは、瞳の奥に閉じ込められた愛だけだった。






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永遠に白線