十九、一挙両失 壱
酷い秋雨だ。吹き荒れる風によって木がしなり、雨が横殴りに大地を穿つ。
まさしく天災に見舞われる中、私は富士の麓に身を隠していた。と言っても隠れるところなどないに等しかった。宿儺様の領域展開によって更地になった無防備な土地は、容赦なく雨風に晒されている。
術師が総力戦を仕掛けてから丸一日ほど経とうとしていた。ほとんどの術師を蹴散らす戦いぶりに恐れ慄き、悪天候も相まってか術師はほぼ撤退している。残った者たちは
領域展開に巻き込まれぬよう、激戦地から少し離れた場所で残党狩りに勤しんでいたが、そろそろ戻っても良い頃合いか。
泥に塗れていることなど気にも留めず、荒廃した大地を蹴り宿儺様の元へ向かう。
刹那、腱に衝撃が走った。脚がもつれたまま泥濘に倒れ込む。見事に呪力を帯びた矢が足首に命中していた。
傷自体は問題ない。ただ、術式の発動によって動きが封じられてしまった。キリリと弓を引く弦音、こちらに斬りかからんと鼓舞する叫び声、背後から忍び寄る者の足音。全てが真っ直ぐに私へ向かってくる。
真っ先に到達したのは得物だった。槍か、と思った時にはもう、咄嗟に庇った手のひらを貫通し、左胸に到達していた。
肉が貫かれる感覚に息が止まった。その瞬間、目の前を暴風が吹き抜ける。
「宿儺様……!」
瞬く間に襲い掛かろうとしていた術師達を一掃する。
ずるり、と胸を貫いた呪具使いが濡れた大地に倒れ込むのと同時に、刃も抜け足元に転がった。
痛い。けれど、すぐに治る。深く刺さったせいか衣を赤く汚すほど流れ出る血に、私にもちゃんと血が流れているのだと実感ができた。
「宿儺様、ありがとうございました。寧ろお手間をかけてしまい──」
そう言いかけて口を噤む。
振り向いた先には血を吐き、崩れ落ちる寸前の宿儺様がいた。
「宿儺様!?」
急いで駆け寄れば、己の胸からはドクドクと血が流れ出す。同時に宿儺様も苦しげな荒い息を吐いた。
どうすれば、助かる。反転術式が効くのなら、すぐにでもかけているはず。外傷がないということは、何かの術式か? それじゃあ、一体どうすれば──
その思考を読んだように、宿儺様は一言言い放つ。
「何をしても無駄だ」
「死ぬ、のですか……」
ポツリ、零れた己の呟きによって呼び起こされた、取り残されることへの恐怖にザッと血の気が引く。
「私も逝きたい、死、死ぬにはどうすれば……っ!」
縋り付くようにそう言えば、宿儺様によって制される。
「お前は
喉の奥が張り付き、声が出せない。
「人であったなら共に連れていったかもしれんが……残念だったなぁ、お前はただの物。心の臓を守る肉の箱だ」
「は……」
心の臓を守る、肉の箱。そう胸の内で反芻し、穴の空いた己の左胸を見る。血は全て出切ってしまったのか、赤黒く冷えていた。
「で、では、依代というのが、宿儺様の心の臓だと」
「ああ、当たりだ」
止まらない動悸に胸を押さえる。何故死ぬのが私ではなく宿儺様なのだ。私が死ねばいい。私が、宿儺様の代わりになることができれば……
溢れ出した涙がパタパタと落ち、宿儺様の頰を伝って消えていく。
「お前が選んだ道だ。何よりも尊ばねばなぁ」
ク、と喉の奥を鳴らして笑った宿儺様に、愕然と座り込んだ。
地鳴りが聞こえる。禿げた山肌が雨を吸い、地滑りを起こしていた。
迫りくる土砂の波を前にしても、動く気力すら湧かない。
……私が、私が殺した。宿儺様を殺してしまった。
もう、何もかもどうだっていい。このまま土の下で共に朽ちることができるなら、それだけで──
押し流されてしまっても離れないよう、宿儺様の身体を抱く。最後に一目だけ、宿儺様の顔を目に焼き付けて、瞼を閉じた。