二十三、類稀なる 弐



 ──長い夢を見ていた。夢を夢と認識しながらも鮮明に残る記憶を追体験する時は、決まってあの時、あの時代の記憶だった。






 目を覚ますと、薄暗い座敷牢の中。香の匂いが立ち込めるそこが禪院家だと告げられた私は、かさついた声を絞り出した。

「宿儺様は……?」

 傍にいた宿儺様がいない。確かにこの腕で絶対に離すまいと抱いていたはずなのに。
 少しも汚れていない自分の両手に視線を落とす。すると、柱の隙間からす、と書状が差し込まれた。

「……これは?」
「貴女に渡すようにと、先祖代々受け継がれてきたものです」
「先祖代々?」

 訝しげに眉を寄せながらも、色褪せた紙を手に取る。

「私は六代目禪院家当主。平安の世が終わり、鎌倉開府以前に当時の頭領が貴女を掘り起こしてから、三百年あまりになるでしょうか」
「掘り起こす……三百年……」

 呆然と言葉を繰り返す。そして過ぎ去ったあまりの時の長さに、宿儺様が傍にいないことの意味を悟った。それだけの時間があれば人の身体は簡単に土へ還ってしまう。その残酷な事実に、私は柱の向こう側にいる六代目と名乗る男の襟首に掴み掛かった。

「何故掘り起こしたの……! 私は、宿儺様が死ぬのなら、共に朽ちたかった! それなのに、どうして……っ! どうして!!」
「落ち着いて」
「落ち着けるわけないでしょう! ここから出して!! 行かなきゃいけないの……! お願い……っ!!」
「一体どこへ行くというのですか。両面宿儺は行方知れずでしょう」

 冷静さを欠いた私とは対極にある淡々とした物言いに思わず目を見開く。

「行方知れず……? どういうこと?」
「……ああ、語弊がありますね。
呪物となった両面宿儺が・・・・・・・・・・・という意味です。我々術師側に両面宿儺を討ち取った記録はなし。呪物となった数本の指が見つかっているだけで、両面宿儺が死に至る原因と、呪物となった経緯は確認されていない。……と説明すれば分かりやすいでしょうか」

 確かに宿儺様が術師に直接討たれたわけではない。あの場にいた術師が全員その場で死に至ったせいで、何故宿儺様が死んだのか真実を知る者は残っていないということなのだろう。

「近くで見ていた貴女なら分かるのでしょう? 両面宿儺の全てを」
「……分からない。宿儺様の全てなんて、きっと私が一番分かってない。分かりたかったのに、分からなかった……」

 涙で目の前が霞む。私はそろりと手を離し、震える唇を噛み締めた。

「──私が殺してしまったの。私が何もできず、何も分からない出来損ないだったから、死んで詫びることもできずにのうのうと生き残って、もうどうすることも……」

ただの物だと言ったのは宿儺様なのに、物であることを望んでしまった私の選択は間違いだった。
 へたり込んだ膝の上に落ちる雫。止めどなく落ちるそれを拭うことさえせず、左胸を押さえる。
 宿儺様を死に追いやったこと。黄泉への供にさえもなれなかったこと。それらの事実が酷く胸を刺した。まるで宿儺様の心臓を貫いたあの時の痛みを体現しているようだった。

「当時の当主は土砂に埋もれた貴女を幾年もの時間を費やして探し出したそうです。そして、ようやく見つけ出した貴女が目を覚ますまで、禪院家が所有する呪具≠ニして保管するよう遺言を残した。……何故そこまで貴女に固執したのか分かりませんが、理由はきっとそれに書いてあるのでしょう」

 それ、と示された書状を拾い上げる。破らぬようゆっくりと開いていくと、それはあのタキからの文だった。
 宿儺様に捨てられたら、拾ってもらえる。術式を使いこなせるようになったら、彼が私の主になる。私の浅はかな勘違いにより、そう彼と約束してしまった。守れないことを謝りはしたけれど、投げやりだったことは否めない。だから、当然恨まれていると思っていた。──それなのに。

『本当はお前の主になりたかったわけではない。だが、主となればお前を悩ませず、苦しませずにいられると思った。とにかく宿儺の存在に囚われているお前を救ってやりたかった。
幼少よりその使命感に駆られて修行に励み、それが淡い恋慕でもあったのだと懐かしみ晩年まで生きてきたが、救いの道を残すのは今からでも遅くはないはずだ。
目を覚ました暁には選べ。この禪院をお前の居場所にするか、主亡き世で新たな居場所を探すかを』

 今は亡き彼が何故私にそこまで手を尽くしてくれていたのか、ようやく理解できた。震える手で先の文字をへと目を運ぶ。

『もし前者を選ぶのなら、もう一枚の文を当主に渡すこと』

 重なっていたもう一枚の紙を見る。そこには、縛りによりタキと同じ術式を持った者を私の主とすることが書かれていた。
 何度も何度も読み返した。そして、己がどうするべきかを考えた。
 縛りなぞ結んだ覚えはない。これは私が確実にこの家に居られるよう、居場所を確立するための優しい嘘だ。彼は彼の寿命の中でやれるだけのことをやり、己が死んだ後も私に希望を見せようと必死だったのだ。
 宿儺様はいない。私が、殺してしまった。どうしても死ねない身体で、今後たった一人でどうやって過ごせば良いのだろうか。
 空虚な私に残ったのは、宿儺様を手放してしまったことへのやるせなさと、生前のタキへ何もしてやれなかったことへの罪悪感。いつか私という存在が消滅することを願って、ただ時をやり過ごすだけならば、平安より取り残されたった一人になってしまった私に残してくれた道を歩むのも悪くはないはずだ。
 私は握りしめた一枚の紙を差し出す。


「──縛りにより、禪院……いえ、十種影法術を持つ者に従います」






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永遠に白線