2.一途な愛 II
夏油傑は今も昔も変わらず特級術師である。おまけに職業は教師ときた。わたしに構うほど暇があるわけがない。あるわけないはずなのに。
「……なんでここにいるの」
「会いに来るって言っただろう?」
「言ってませんね」
そんなことも覚えていないのか、と言いたげなわざとらしい困り顔の夏油くんに頭を抱える。
また明日とは言っていたけれど、わざわざ押しかけられるとは思ってもみなかった。
どう考えたっておかしい。まさか毎日来るなんて言わないよね……?
それこそそんな暇はないはずなのに、いかにも自分が正しいと主張するような堂々とした態度に執念のようなものを感じる。……一体何が彼をここまでさせるんだ。
わたしは机の上に置かれたペットボトルのお茶を飲み干した。カウンターの向こうからは人の良さそうな男性がニコニコと微笑ましそうにわたしたちを見ている。
心機一転、半同棲をしていた家を引き払うため、新たな家を探しに不動産屋にやってきたのだが、我が物顔で隣に座っている夏油くんのせいで完全に結婚前提にお付き合いを重ねている男女に間違えられている。
その証拠に担当の男性に「お二人で同居をお考えですか?」と聞かれてしまった上に、「いえ違います」と即答するわたしと「そうです」と食い気味に割り込んできた夏油くんでしばらく口論を繰り広げてしまった。
担当の男性の生暖かい眼差しを見るに、確実にカップルの乳繰り合いだと思われている。
「それではお部屋の条件などお伺いしてもいいでしょうか?」
「やっぱりできるだけ駅近がいいですね。電車通勤なので」
「そうだね、その上でオートロックモニター付きで二十四時間監視カメラがあるところが最低条件かな。駅近と言っても治安が悪かったら意味がないからね。住みやすい住宅街がいいと思うよ」
「夏油くんは黙ってて」
彼のおかげで全く話が進まない。結局条件に当てはまるところの物件を探してもらって、情報をプリントアウトしてもらっただけで終わってしまった。
不動産屋を出て足早に駅へ向かいながら、未だに後ろからついてくる夏油くんに文句を吐き出した。
「もう! なんで着いてくるの⁉︎ 夏油くんが邪魔しなかったら今日中に内見できて早く新居を決められたかもしれないのに」
ヒールに蹴飛ばされたアスファルトがカツカツと鳴る。
「一人じゃ寂しいかと思って」
怒りを乗せていた音は、夏油くんの言葉によって止まった。
「な……っ、子どもじゃあるまいし、そんなこと……」
不意を突かれて口籠もる。わたしは静かに今日一日を振り返った。
何故自分が引っ越すのか。それは元彼との思い出が残るあの家に居たくないからで、時折訪れる幸せだった頃のフラッシュバックから逃げるため。虚無感に襲われることから一刻も早く抜け出したかった。
一人でいる時に不意に訪れるその感覚を、今日一日だけは一度も感じていない。
「……あったかもね」
自分が情けなくなり、そう吐き出す。肩を落とすと、ポンと頭の上に彼の手が乗った。
「やっと素直になったね。相変わらず君は頑固だから意地を張って自滅しないか心配なんだよ」
「心配……? なんで?」
「そんなの好きだからに決まってるだろう」
ただただ真っ直ぐな眼差しが肌を撫でた。真剣な瞳が、始まりそうで始まらない恋愛一歩手前のあの熱を呼び起こした。
こんなに鼓動が高鳴るものだったのか。ここ何年も感じていなかったせいで忘れていた。
「……冗談じゃなかったんだ」
「当たり前じゃないか。冗談ならわざわざここまで来ていないよ」
そっか、としか言えなかった。今のわたしには彼の甘い言葉は効きすぎる。だからこそ感情より理性に頼るしかない。
「呪術界を捨ててのうのうと生きてきた私のこと、今さら好きだなんてどう考えたっておかしいよ」
「そう? それこそ君が求めてる絶対に裏切らない一途な相手≠フ証明になると思うけど?」
首を傾げた夏油くんは、それにと言葉を続ける。
「君は呪術師にはならないだろうと初めから思っていたから、特別驚きもしなかったよ」
「それ、弱かったっていう嫌味?」
「いいや、君は決して弱くはなかったよ。私は君の強さを信じていた。その想いに君も応えてくれたから今がある。私は君の強さに救われた」
そんなことがあっただろうか。
学生時代は常に呪術師という立場に絶望していたから、余計に夏油くんを救った覚えは全くない。
こめかみを押さえ、ううんと唸る。
「ごめん、全然覚えてない」
すっぱりとそう言えば、彼は恨み言を言うわけでもなく軽快に笑った。