5.理由はすべて愛 I



「アッハッハッハッ! そんな不幸体質な人ほんとにいるんだ! なんか取り憑いてんじゃない?」
 ジュース片手に涙を浮かべて大爆笑を続けていた五条くんは、急にサングラスを取り払って目元に手をやり「ハッ、六眼で見えないってことはまさかその呪霊、僕より強い……ッ⁉︎」と迫真の演技を披露する。五条くんより強い呪霊なんて洒落にならない。そんなのに憑かれたら、わたしなんて既に死んでいるに違いない。
 労う気持ちなんてこれっぽっちもないのは分かってはいたけれど、茶番に付き合わそうとするのはやめて欲しい。
 缶酎ハイを空にしたわたしは、机の上に広げた数種類の乾物の中からあたりめを選び、口の中に放り込む。
「取り憑いてるだけだったらどんなに良かったか……不運は祓えば済む話じゃないからねぇ」
 世知辛い……と呟いて次のお酒を探していると、向かいで白ワインを嗜んでいた七海くんが同じものを勧めてくる。
 会社から高専に戻りメソメソしながら硝子の元に転がり込むと、たまたま待機していた七海くんとばったり遭遇し、晴れて無職になってしまったわたしを宥めるために酒盛りを開催してくれた。……わけなのだが、多分二人とも私に同情する気持ち半分、飲みたかった気持ち半分だったのだろう。すでに酒の瓶が空きすぎている。
 それでも気の利いた後輩だと感心しながら、七海くんと同じものをお願いする。彼は適量を注いだグラスを手渡したついでに「それで、どうするんですか?」と尋ねてくる。
「うん? 何が?」
 首を傾げて白ワインを堪能していると、隣で空になったおちょこに日本酒を注ぐ硝子がこちらを見る。
「彼氏がいないのはいいとして、家なし、職なしはマズいんじゃない?」
「硝子……彼氏なしはよくないんだよ……いい人がいれば結婚、専業主婦コースで家なし、職なしも解決できるんだから」
「そんなこと軽々しく言うもんじゃないよ。アイツに聞かれてたら取っ捕まるぞ」
 眉根を寄せて嫌な顔をした彼女は、やだやだと言いながら注いだ酒を飲み干した。
 わたしは恐々と硝子が指し示す人物について問いかける。
「ちなみに、アイツって……?」
「ここにはいないヤツ」
 現在この部屋には五条くん、七海くん、硝子、わたしの計四名だ。その他で私と関わりがあるのは伊地知くんと、灰原くんと、あともう一人。
「……なんとなく思い当たるんだけど、その言い方だとまだ他にもいるからさ。希望としては灰原くんあたりでお願いしたいなぁ」
「いや、どう考えても夏油しかいないよね」
 また夏油くんの話か、とわたしも彼女と同じく嫌な顔を作る。
「下手したら専業主婦という名の自宅監禁でもされかねない」
「もうそれ犯罪者じゃん……」
 夏油くんの言う「好き」が得体の知れないものな以上、あらゆる恐怖が拭えない。とにかく現状を脱するには、新しい非術師の彼氏! それしか道はない。
「ってことで、七海くん〜! 脱サラというアドバンテージを活かしてわたしにいい人紹介して!」
「嫌ですよ」
 即答でバッサリ切られてしまったわたしはガックリと項垂れる。「断られてやんの〜」とやじを飛ばす五条くんをキッと睨みつけ、すかさず七海くんに縋り付くように前のめりで抗議する。
「なんで! いろんな人脈あるでしょ? 一人くらい紹介してもいいかなーって思う人いない? ほら、よく思い出して!」
「思い当たったとして紹介する義理はありません」
「可愛い後輩だと思ってたのに、全ッ然可愛くない……!」
 こんなに冷たくされると思わなかったと悲しくなりながら、チータラをつつく。意外と白ワインに合うなと味わっていると、正面で特大のため息を吐かれた。
「可愛いわけないでしょう。私もあの頃から変わりましたからね」
「社会の荒波に揉まれてスレちゃったのか……」
「そうですね。リスクヘッジできる良い大人なので。私もまだ死ぬわけにはいきません」
「リスクって何よ。別に七海くんに付き合ってって言ってるわけじゃないんだからさ」
「当たり前のこと言わないでください。私も命が惜しいんですよ」
「もしかして、七海くんは殺される予定でもあるの……?」
 必死さが滲み出る様子のおかしい彼に、わたしは恐る恐る尋ねた。
「そうですね。状況によっては」
「そ、そっかぁ」
 流石のわたしも後輩に命を差し出せとは言う人でなしではない。それ以上追求することも出来ず、静かにモヤモヤした気持ちをワインで流していく。
 ちょうど蚊帳の外になっていた五条くんが早くも飽きていたようで「話終わった〜?」「興味なさすぎるだろ」「金ロー見てた方が面白いでしょ」と硝子と話しながらテレビのチャンネルを変えている。
「懐かし〜、これ傑が録画してたのをみんなで見たやつだ」
「あー時かけじゃん。ちょうど学生時代に流行ったよね」
「確かに。再放送とかも何回かやってるの見たことある」
 青春もののSF映画だったよな、と話の概要を思い出しながら、鮮やかな映像を流し見る。
「はぁ〜七海くんっていう最大のアテが外れたとなると……職と家を探さなきゃいけないのか……」
「それじゃあもう呪術師に戻ればいーじゃん。出戻りの先輩もここにいることだし」
 項垂れているわたしを前にそう言ってのけた五条くんは「ねぇ、七海」と絡み出し、「やめてください」と引き剥がそうとする七海くんという構図が出来上がる。
「えぇ……」
 わたしが不満げにそう漏らすと、五条くんはいつになく真剣な表情を作った。
「戻るのが嫌なのは知ってるし、君が望むものはここにはないってことも知ってる。僕らはそれで良いと思ってるけど、ぶっちゃけた話、呪術師以外に君ができることって何?」
「え、いや。ここまで普通に一般人として生きて来れたし、呪術師以外の才能あると思うけど」
 蒼い瞳でじっと見つめられる。六眼によってわたしの呪力から術式まで、全て観察されているようで居心地が悪い。
「それ、本当に自分の力だけで一般人やれてたと思ってる?」
「……ど、どういうこと? 違うの?」
「ところがどっこい、いつでもこっちに引き戻されててもおかしくなかった。君の見てた自由は、誰かによって与えられていたものだったってこと!」
 言葉を失った。戯けたように言った五条くんだけが笑っている。
 わたしはこれまで、この自由は自分の努力で手に入れたと思っていた。それが誰かの手によって、だなんて考えたこともなかった。そして何より、その誰かなんて到底思いつきも────
「こんなところで同窓会してるなんてね。もっと早く呼んでくれれば、灰原と別れずに一緒に来たのに──って、何? この空気」
 唐突に戸が開き、任務を終えた夏油くんが入ってくる。静まり返った室内に違和感を覚えたようで、身構えるようにその場に佇んでいる。
 わたしは五条くんを見た。語らずとも目が合うと彼が何を言いたいのか分かってしまった。
「ねぇ、嘘でしょ」
「さぁ? どうだろうね」
 眉を上げ肩を竦める彼はそれ以上何も言わなかった。
 わたしは酒が回った重たい身体を起こし立ち上がる。
「ごめん。今日はとにかくいろんなことがあって混乱してる……復帰の件はもう少し考えさせて」
 そう言い残して部屋から出ると、案の定夏油くんが後を追ってくる。
「部屋まで送るよ」
「大丈夫だよ。別に酔って具合が悪くなったから出てきたんじゃないから」
「そう? お酒を飲んでたわりには顔色が悪いけど」
「そんなことないよ」
 首を振るけれど、彼にはついてこないという選択肢はないらしい。
 わたしは諦めて重たい口を開いた。
「あのさ……夏油くん、わたしのこと好きなんだよね? ずっと前から」
「そうだよ。間違いなく」
「それなら、手段を選ばなければわたしをここに留めることなんていくらでも出来たよね? 当時、わたしも夏油くんのことが好きだったから余計に簡単だったはず。なんでそうしなかったの? 夏油くんなら出来たはずなのに」
 そう、夏油くんならばわたしに縛り付けることも、自由にすることもできていた。あの告白の返事次第でわたしの気持ちをコントロールすることすらできていたのだ。
 五条くんのあの反応から、夏油くんが関わっていることは確実だ。やはり彼の言うように、実際にわたしは自由になるように操られていたのかもしれない。
 わたしが探るような視線を向けると、夏油くんは足を止めた。
「心外だな。手段を選ばず無理やり、だなんて私がすると思うかい?」
「え……うん。昔からちょっと強引なとこあるし。正直私の家壊したのも狙ってたのかなって思ったし」
「悲しいなぁ、そんなふうに思われてたなんて」
 大袈裟にため息を吐く様子が余計に怪しい。訝しげに眉を寄せるわたしを、彼は柔らかい眼差しで見下ろした。
「まぁ、私が君に関わるのも関わらないのも、理由はすべて愛だからね」
「ほんとに意味が分からないんだけど……」
 彼の大仰な言い方は聞き飽きた。もう怒る気にもなれない。それに何故彼が核心をつく言い方をしないのかの方が気になり始めていた。
 わたしは呆れた声音から真剣さを含ませて、彼をまっすぐに見つめた。
「でも、ちょっと夏油くんのこと理解してみようかなって思ってる。だから夏油くんもわたしが理解しやすいように歩み寄って欲しいな」
 そんなに好きだって言うならさ、と言うと彼は意外にも丸くした目を輝かせ、わたしの両手を包み込むように握った。
「本当に?」
「う、うん」
「そうか、分かった。善処するよ」
 前のめりな彼の勢いに気押されてしまったけれど、もしかしてわたし、選択肢間違えた……?
 そんな漠然とした不安に苛まれるけれど、何故か嬉しそうにしている夏油くんに嫌な気はしなかった。