タソガレドキ忍軍お家騒動の段 その八







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 盃の中に満月が浮かんでいる。それをぐい、と飲み干した山本は、ついため息を吐いた。
 月見酒を、と言い出したのは黒鷲隊の小頭、押都長烈だった。ここのところ機嫌が悪い雑渡の息抜きになればという気遣いから、山本陣内と高坂陣内左衛門の烏帽子親子も巻き添えとなり、雑渡の部屋でしっぽりと飲み会が行われていた。
 
「あの子、修行に出る前に言ったんですよ。雑渡様は戻るって。貴方が生死の狭間を彷徨ってる時にですよ」

 当時のことを思い出しながら、山本はしみじみと雑渡に声をかける。

「だから、充分信用されてますよ」
「それなのに、狼隊ではなく黒鷲隊にと願い出るなんてね」

 ようやく戻ってきた小菜乃の口から飛び出した主張。雑渡の腹の虫の居所が悪いのは、これが原因だった。

『これはこの数年己と向き合った結果、タソガレドキに最大限報いるための答えです。修行に出していただいた手前、得たものを余す事なく全て役立て、成果を出すのが筋かと』

 そう言い放った彼女の言葉を思い出し、一同頭を抱えた。

「ぐうの音も出ませんな」
「おっしゃる通りで」

 押都と高坂のやり取りに相槌を打ちながら、山本は雑渡に問いかける。

「どうするんです、小頭」
「どうと言われてもね。……ご指名の黒鷲隊の見立ては?」

 どこか棘のある言い草を気にすることなく、押都は雑面の下へ盃を運んでから口火を切った。

「そもそも修行前も如響忍として優秀でしたからね。彼女があの地で集めた情報のおかげでいち早く高坂が屋敷に辿り着けた上に、混乱に乗じてタソガレドキが領地を刈り取ることができた。……間違いなく黒鷲隊が適任ではと」

 その答えだけでは納得できなかったのか、雑渡は山本へ視線を移す。

「陣内は?」
「あの場では渋りましたがね。『高坂の主張が通るのに?』とキョトンとした顔で言われちゃ、烏帽子親としては何も言えんですよ」
「ププ、言われてるよ。陣左」
「……くっ、今さら蒸し返すなと言っておきます」

 とっくりを握り締め、怒りと恥ずかしさにプルプルと震える高坂。
 その場の大人たちは『どうしても雑渡さまが小頭を勤めておられる狼隊に入れていただきたい』と家を飛び出した過去の高坂の姿を思い出し、ひとしきり声をあげて笑った。
 ゴホン、と咳き込み、話を元に戻すように促す高坂は己の考えを述べた。

「ただ、あのまま……あそこに居たままなら、家の断絶は間違いなかった。小菜乃が無事に戻ってきたからこそ浮上した話であるならば、より彼女の意向を汲んでやって欲しいと思います」
「……甘いねぇ。あの子がなかなか修行から戻って来なかった時も、『もう少ししたら絶対帰ってきます』ってみんなして庇ってたし」
「定期的に連絡は取れてましたからね。彼女の真意を聞いた上では、命令ではない限り誰も無理やり連れ戻せますまい」
「ここにはあの子に強く出れる者なんてそう居ませんよ」

 何も分からないまま、存在すらしない人間に成りすまし敵地に嫁げと命じ、その間に唯一の家族を失わせてしまった。そんな彼女にこれ以上、無理を強いるのは心が痛む。皆そう思っているはずだ。
 しかし、雑渡は頑なだった。
 
「この件に関して、私は完全に反対だけどね」
「何故です?」
「だって黒鷲隊に行っちゃったら、直に面倒見れないじゃない」

 雑渡の答えに、一同ポカンと口を開けた。

「小頭こそ甘いのでは……?」
「甘すぎなどころか完全な私情だな」
「そんなことで反対してるんなら、さっさと組頭になってください」

 頭を抱えた山本の言葉に、雑渡はニヤリと口角を吊り上げた。

「言うね、陣内。名案だよ」

 もともと組頭になる予定ではあったが、火傷の治療期間や身体を慣らす時間も加味し、そう急ぐことではないと未だ小頭のままだった。
 しかし、指示系統のトップになれば、今回の件は何も問題はない。
 押都の胃は心配だが、とひっそりと思う山本の横で、機嫌良くした雑渡は高坂に注がれた酒をあおる。

「いつか腹を割って話したいね」

 何故さっさと侍大将の娘を嫁にしなかったのか、小菜乃は何も知りはしない。
 全てを話す日が来るのだろうかと、雑渡は軒下から覗く満月を見上げた。












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永遠に白線