地道な調教の段
※2025.03.16忍フェス無配
最近、恋人がよく目を瞑るようになった。
睡眠が足りていないのかと思ったが、尊奈門の「小菜乃さん眠いんですか?」と言う問いかけに「いや、そう言うわけではないんだけど……気にしないで」とバツが悪そうな顔で言い訳を並べていた。実際に、話の内容はちゃんと聞いているようだし、しっかり受け答えもできているので、寝ているわけではないらしい。
だったら何故、彼女は視線が合いそうになると目を瞑るのだろうか。
雑渡はふむ、と頬に手をやり首を傾げる。ちゃぶ台を囲み、待機という名のティータイムに興じていたタソガレドキ忍軍の者共。たわいない会話が飛び交う中、目の前に座る彼女は目を伏せている……というか、完全に目を閉じている。
──これはもしやアレ≠ゥ。
雑渡はそう思い立ち、口布を下げるのと同時に彼女の顎を掴み、深く深く唇を重ねた。
「ん゛ん……ッ?! ぷはっ、い、いきなり何するんですかッ!?」
「え? 口吸いして欲しいのかと思って。違った?」
「違いますぅっ……!」
いわゆるキス待ち顔≠セと思った雑渡の行動に、小菜乃は互いの唾液で濡れた唇を拭い、またしても辱めを受けたと赤面しながら脱兎の如く逃げ出していった。
「精神統一らしいですよ」
少々呆れ混じりながらも、冷静に言う高坂。
彼女の勢いに呆気に取られている雑渡は、はぁ、と間抜けな声を上げた。
「会話してる最中に精神統一ってするもん?」
「組頭への煩悩を断ち切るためらしいので、必然的にそうなってしまうのでは」
「なるほどねぇ」
自分で言っていて何がなるほどなのかは分からないが、彼女なりに色々と考えて必死に対策していることだけは伝わった。
……また変な方向に突っ走らなければ良いけれど。
一瞬よぎった雑渡の予感は、見事に的中した。
ある日の昼時。黒鷲隊がいる食堂を訪ね、彼女の傍に近寄ろうとした瞬間、彼女を囲むように座っていた五条・椎良・反屋は無言で湯呑みに入った水をビシャリと彼女へ浴びせた。
「ハ、? なにごと??」
「驚かせてしまってすみません、組頭」
「俺たちも心が痛いんですが、小菜乃さんの頼みで……」
「頭を冷やすために水をかけて欲しいって。ね、小菜乃さん?」
雑渡を目の前にするとのぼせきってしまう頭を冷やすため、ビショビショに濡れることも厭わない。その覚悟を込めて、彼女は雫を滴らせながらしっかりと頷いた。
「うん。あ、組頭はお気になさらず」
「いや、どう考えても気になるよね?」
至って冷静なツッコミをした雑渡に「そうですか?」とよく分かっていなさそうな様子で彼女はコテンと小首を傾げる。
「とにかく、風邪ひくからやめなさい……」
惚れた弱みとは怖いもので、どれだけトンチキな行動をとっていても可愛いものは可愛いのである。雑渡はそれ以上何も言えず、手ぬぐいで彼女の顔を拭った。
これ以上、奇行が過ぎると全体の士気に関わるかもしれない。初めにキス待ち顔と間違え、皆の前で羞恥プレイを強いてしまったのがよくなかったのだが、流石にコレはない。
雑渡は目の前の光景に目を見張る。少人数で行われた軍議の最中、後ろで控えていた高坂が唐突に馬用の鞭を取り出し、同じく横で控えていた彼女の背を打った。前につんのめった彼女は四つん這いで痛みに耐えている。その表情が妙に艶かしいのがなんとも言い難い。
「なんか、そういうプレイ……?」
「失礼しました。気が緩んでいたようなので」
「痛みの方が早く身体が覚えるかと思って、今度は高坂にお願いしました」
雑渡の問いに、高坂と小菜乃は息を揃えて言う。
仲が良いのはいいことだが、急にSMプレイを繰り広げないで欲しい。あと、普通に嫉妬する。
水責めプレイの次は鞭打ちか……と疲労と困惑により働かない頭のまま、雑渡は言う。
「ただでさえ敏感なのに、そっちの癖がついたらどうするの。陣左も止めてくれなきゃ」
「止めたんですが、座禅の要領とだいたい同じと説得されまして」
「……それ禅僧が聞いたら怒り狂うと思うけど」
地図を囲んでいた山本と押都は、自分の身内・部下ながら本当に勘弁してくれと頭を抱えた。どうなってしまうんだタソガレドキ忍軍。このままでは公衆の面前で痴態を繰り広げる色呆け集団だと噂されかねない。
その可能性が頭をよぎった雑渡もまた頭を抱える。
「溺愛してた妹がこんな様じゃ、園人も地獄で泣いてるよ」
「お兄様、可哀想に……不出来な分、引き続き一所懸命改善に努めます」
「お前ねぇ」
地獄にいることは否定しないのか、と思いながらも忍びという業を背負っているのであれば、皆極楽浄土へ行けぬことは語らずとも同じ認知なのだろう。
雑渡は彼女へ嗜めるように言いつつも、己に向けたため息が漏れる。
「……今度、謝りに墓参りへ行こうか」
「はい……!」
この常に真っ直ぐで一所懸命な恋人を変な方向へ歪めてしまったのは、間違いなく己だ。彼女の兄にも申し訳が立たない。
互いに踏み込まぬまま長い時間を過ごしてしまったのは、ある意味放置プレイだったのだと気づき、雑渡はごめんと心の中で手を合わせる。
だ〜から早く嫁にしておけと言っただろ!! と怒鳴り声が聞こえた気がした。