伊作の説教の段 その一
※伊作視点後日談
──いつも柔和に微笑んでいるその顔が、青白く血の気の引いたまま、ぴくりともしない様に、心底肝が冷えた。
伊作が小菜乃と共に足を運んで手に入れた薬によって、中毒症状を起こしたと気づいたのは、彼女が忍術学園の医務室に運び込まれた後のことだった。
これまで幾度となく死体の山を目にしてきたというのに、親しい人間が死に脅かされている光景というのは、いつまで経っても見慣れることはない。
小菜乃は頼れる姉のような存在だった。見上げていた顔が段々と近づき、追い越した今でもそれは変わらない。だからこそ、彼女の弱りきった姿に動揺してしまった。
ふと、己の気持ちから目を逸らすように、伊作は視線を投げた。
彼女の脱力した四肢を抱いた、雑渡の力んだ手。
さすがは百人の忍者を束ねる組頭と言うべきか、顔には一切の動揺は見えない。ただ、跡でもついてしまうのではないかと思えるほど、彼女の柔肌へ静かに食い込む指先に気づいてしまった伊作は、どうしてもその光景から目を離せずにいた。
雑渡ほどの男の必死さを目の当たりにしてしまえば、嫌でも最悪のことを考えてしまう。その命を取りこぼす鮮明な想像に、ゾクリと肌が粟立った。
そしてこうも思ったのだ。
──ああ、彼女も人の子であったのだと。
どこか手の届かないと感じさせる、心許ない関係だからだろうか。
特に学園関係者というわけではない小菜乃との繋がりというのは、彼女自身が望まないと繋ぎ止められないものだった。プロ忍である彼女が本気で姿を眩ませ連絡を断ってしまえば、いくら最高学年の六年生といえど見つけ出すのは相当難しいだろう。
手放したくない縁。しかしそれは命あっての物種。
まさか己が勧めた薬によって、命の危機に瀕することになるとは思わなかった。
その恐怖を感じると同時に安堵が押し寄せた。自分には縁を繋ぎ止めることはできずとも、命を繋ぎ止めることができる。
伊作は巡る想いに目を瞑り、ただ医を志す者として、淡々と処置にあたったのだった。
「本当にもう大丈夫なんですか?」
「その節はお騒がせしました……」
すっかり体調を取り戻し、お礼と詫びを伝えにやって来た小菜乃は、肩を竦め、心底申し訳なさそうな顔で「迷惑かけてごめんなさい。助けてくれてありがとう」と頭を下げる。
「体調が戻ったなら何よりです」
伊作は顔を上げるよう促しながら、笑顔でそう告げる。
真昼の陽光が差し込む医務室で、ようやく二人の視線が交わった。
「……嘘ついたこと、怒ってない?」
「嘘?」
チラリ、と彼女の探るような仕草に、伊作は首を傾げた。
その反応を見て、何故薬を多用していたのか、本当の理由を伝えられていないことを、即座に察した彼女は「なんでもない」とブンブン首を横に振った。
流石の雑渡も、まさか房中術を極めすぎたせいで自分にだけ乱れるようになってしまったことを、忍術学園の良い子たちに伝えるのは気が引けたのだろう。
「小菜乃さんは昔から秘密が多い方ですね」
伊作は笑みを浮かべたまま息を吐き、湯呑みに口を付けた。
忍びであるなら秘密があるのは当然ではあるのだが、それが彼に心許ない関係だと思わせる理由の一つだった。
実のところ、彼女がタソガレドキの忍びであることを知ったのも、割と最近の話なのだ。
あの時の衝撃も凄まじいものだったと、伊作は懐かしげに目を伏せた。