伊作の説教の段 その三









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 小菜乃は秋の空に似ていた。暑さが和らいだ日差しに誘われて、心地よい思いで澄み渡る青空へ手を伸ばしてみても、その高さを思い知り、涼やかな風が指先を掠めていくだけ。
 どこか遠い人のような気がしていた。今もその印象は変わらないが、結ばれた縁を手繰り寄せれば、確かにこちらへ振り向かせることができる。不安が織り混ざりながらも、その想いは間違いなく自信へと形を変えていた。

「今日小平太くんは?」
「実は実習に行っていて……」
「そっか、もう六年生だもんね。忙しいのは良いことだよ」

 しみじみと彼らの成長を噛み締めた小菜乃は、ぬるくなった茶を飲み干し、残った渋味を舌の上で転がした。

「伊作くんは行かなくていいの?」
「はい、今回はろ組だけでの実習なので。それに、近々六年全員でこなさなきゃいけない課題もありますし……ああ、それまでに薬草の仕分けと、保健委員の後輩たちに任せる仕事を振り分けておかなきゃなぁ」
「大変だねぇ」

 組織の長として後輩の面倒を見ながら、己の研鑽に励むというのは、なかなかできることではない。
 少なくとも、己に向き合うために故郷から出ることを決めた小菜乃にとっては、幼い頃から組織の中で切磋琢磨する環境の忍術学園は少し羨ましく、そこで学ぶ忍たまたちには尊敬の意を抱いていた。
 そんな小菜乃は、徐に懐を探り、手紙を取り出した。

「これ、小平太くんに渡して」
「分かりました」

 先日遊びの誘いを断ってしまったことへの詫びと、次の約束を取り付ける内容のものだった。
 彼がいないことを考慮して手紙を書いてきてよかったと安堵しつつ、彼女は再び懐を探った。

「……そしてこっちは土井先生に」
「あれ? 土井先生ならいらっしゃいますよ?」
「それがその、土井先生とはなるべく……いや、私から渡すにはちょっと気まずい内容だから」

 果たし状
 差し出された書状にでかでかと書かれた文字。
 伊作は苦笑いを浮かべる。

「これって」
「そう、尊奈門から」

 いつものお決まりだ。タソガレドキの面々は尊奈門に苦言を呈するものの、彼の好きにさせているし、巻き込まれる土井もやれやれと眉を下げながらも律儀に応じ、彼の攻撃を華麗に交わし返り討ちにしている。
 今回も敗北した上に、保健委員の伊作に手当てされて帰ってきた尊奈門が、簿っちゃんだのチョーくんだのとからかわれる様子を目撃することになるのだろう。
 もはや珍しくもない光景だ。小菜乃は懲りないなぁ、と肩を竦めながら、伊作に果たし状を手渡した。

「どちらも渡しておきますね」
「ありがとう」

 日が西へ傾きかけている。
 用も無事に済んだことだし、そろそろタソガレドキへ帰る頃合いか。
 それじゃあ、と腰を上げかけた小菜乃。
 その肩を伊作はむんずと掴んだ。そして、言葉を被せるように言う。

「それじゃあ、今から講義をします」
「え?」

 突然の伊作の宣言に目を白黒させた小菜乃は、肩を押し戻され、再び彼の前に座らされることとなった。……正座で。

「保健委員会委員長として薬の正しい知識をしっかり教えるよう、雑渡さんからお願いされましたから」
「いつの間に!?」

 数日前。夜更けに伊作の元へやって来た雑渡は、タソガレドキでの療養にて小菜乃の体調が元に戻ったことを知らせていた。
 
『うちは皆、どうしてもあの子に甘くなってしまうからね。伊作くんにお灸を据えられた方が身に染みるだろう』

 頰に手をあて、どうしたものかと小首を傾げながら言った雑渡。
 伊作はその言葉を思い出しながら、真剣な面持ちで小菜乃に詰め寄った。

「いいですか? 頓服にしろ内服にしろ、決まりがあります。用量を間違えると今回の小菜乃さんのようになります」
「あの、伊作くん……やっぱり怒って」
「分かりましたか?」

 有無を言わせぬ物言いに、彼女は「は、はい」と頷くしかなかった。








 あたりが赤く染まり始めた頃。カアカアと烏の鳴き声が響いた医務室前の廊下には、伊作の説教もまたくどくどと響いていた。

「あの優しい伊作先輩を怒らせてるなんて……」

 保健委員の乱太郎を筆頭に、ちょうど通りかかったきり丸やしんべヱ、その他一年は組の面々が、いつもと違う雰囲気を醸し出す医務室を覗き込んでいる。
 一体何をしたら伊作の説教を受けることになるのだろうか……?
 一同、顔を見合わせるが、答えが出るはずもなく、肩を竦ませ小さくなっている小菜乃に視線を注いだ。

「コラコラ、お前たち! 見せ物じゃないんだから帰りなさい」
「え〜?」

 見かねた土井が呆れ混じりに一年は組の良い子たちを促すと、一斉に声が上がる。

「だってこんなこと珍しいじゃないですかぁ」
「僕たち気になるんです!」
「土井先生は気にならないんですか〜?」
「気・に・な・ら・な・い! さっさと帰るんだ!」

 食い下がる子供たちに少々ムキになって言い返す土井。その背後にサッと気配が落ちた。

「それには及びませんよ」
「いらしてたんですか、雑渡さん」

 雑渡は軽く土井に会釈し、医務室の中の様子を目の端で捉えた。

「忍たまの良い子たちに見られている方が罰になりそうだ。どうかこのままで」

 子供たちの無垢な視線に晒され、ますます小さくなる彼女。恥ずかしいやら、居た堪れないやらで、顔が熱くなっていく。 

「小菜乃さん? 聞いてますか?」
「はい……すみません……」

 静かな怒気を孕んだ伊作に詰め寄られ、大人としての情けなさに赤面しながら唇を噛みしめている彼女を、雑渡は舐めるように見つめ満足気に目を細める。
 土井はその横で雑渡の隠された口元が弧を描く気配を感じ、そっと肩を竦めたのだった。














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永遠に白線